99、湖畔の町防衛戦20 side真砂子 ~妄執と怒号~
本日、三回目の更新。
――この世界はな、我々のいた世界とはまた違った理で出来ておるのだ。
――鎧は幾ら傷めようとも、耐久値というものが無くならない限り機能し続けるし、防具で攻撃を凌いだとしても攻撃力が防御力を上回っていれば、生命力にダメージを負う。
――その生命力がゼロになった瞬間、如何に致命の一撃を受けてこなかったとしても、この世界での生命活動は停止するのだ。
そう語ったのはバルムブルクであったか。
真砂子が使っていたのは、『鎧通しの槍』と呼ばれる槍で、防御力に関係なく固定のダメージを相手に与えるものだ。
強く突こうが、弱く突こうが、一定のダメージが必ず相手に入る。
真砂子は鑑定スキルで得た情報により、そこから相手のHPを削り尽くすまでの手数を逆算した。
その回数を数えながら、ただひたすらに少しずつダメージを与えていったというわけである。
ちなみに、弓矢には元々そのような特性があり、真砂子は割と好んで使っていた。
(一応、効率の面を考慮して、鎧通しの槍以外の攻撃力高めの武器も用意していたけど……。ゲンガンさんには、どうやらコレが一番効率的のようなのよね。それだけ、恐ろしく防御力が高いということなのでしょうけど……)
どちらにせよ、これで終わりだ。
ゲンガンのHPは本人の知らぬ間にゼロになった。
決着は付いた――はずだった。
「ヌゥオオオォォォーーッ! 根性~~ッ!」
「……は?」
片膝を付いていたゲンガンが立ち上がる。
真砂子は慌てて鑑定スキルを発動するが、ゲンガンのHPは依然としてゼロのままだ。
(まさか固有スキル? 見逃していた?)
だが、鑑定で『視た』結果の中に、そんな固有スキルはなかった。
だとしたら、彼のコレは一体……?
「……まさか、精神が肉体を凌駕した、ということなの?」
運動部の顧問などを受け持ったりすると、たまに生徒の中でそういった現象を見せてくれる者たちがいる。
肋が折れているにも関わらず全力でプレーを続けたり、本来なら倒れてもおかしくないような状態で、ずっと走り続けたり――。
普通はそういったものは精神に抑制されて、もうこれ以上は……となるものだ。
だが、一部の者はそういった精神の抑制の箍を外す。
それが、真砂子が言う所の『精神が肉体を凌駕』といった状態なのだろう。
どちらにせよ、この状態になってしまったものは、後で不幸な結末が待ち受けている。
……少なくとも真砂子が知る生徒にはそういう者が多かった。
(まぁ、もう死んでいる相手にこれ以上の不幸は訪れそうにないでしょうけど……)
せいぜいが体が砕けるなどといった状態になるのではないだろうか?
真砂子が渋い表情を作っていると、ゲンガンは荒い息を隠しもせずに真砂子に殴りかかってくる。
その攻撃は今まで真砂子が見てきた攻撃の中でも最も稚拙であり、遅く見えた。
(もしかして……)
真砂子は、再度、ゲンガンの能力を鑑定する。
そのステータスのほとんどはマイナス補正が付き、種族名に至ってはアンデッドにまで変わっている。
そこにはかつての十二柱将の姿はなく――。
「俺は、ベリアル様に忠誠を誓った男……! この程度の攻撃で倒れるわけにはいかん……! お前を倒し、必ずこの町を落としてみせる……!」
――妄執に引き摺られた哀れな死霊がいるだけであった。
「そうね。いいわ」
真砂子はステータスを見るのをやめる。
もうその必要もなくなった。
何故なら、ゲンガンのステータスは彼女のあらゆるステータスよりも低くなってしまったのだから――。
――だから、格下相手に正々堂々と正面から戦ったとしても、さして問題はない。
「私も少しむかっ腹が立っているから、憂さ晴らしさせてもらうわよ? 教師という立場で言えば、あまり良いことではないんでしょうけど……、教師という以前に、私も人間だからね……」
そう言って、真砂子は弓を投げ捨て、収納スキルから特大の両手剣を取り出す。
色んな冒険者たちにアドバイスを送るために身に着けた、様々な武器スキルはこんな時ばかりは役に立つ。
そう。
頭にきた相手に、怒りのままに巨大な質量をぶつける時などに――。
「……私の可愛い生徒たちに手を出してっ! 何が忠誠よっ! 人様に迷惑を掛けない範囲でそういうごっこ遊びはやりなさいよねッ! 反省しなさいッ! このォ!」
超質量がゲンガンの脳天を直撃し、彼の頭部の甲殻が破砕される。
やはり、ステータスで真砂子が上回っている分、彼女の方が優位に立ち回れるようだ。
(このまま力押しで何とかゲンガンさんを倒して、後は皆を助けて――)
真砂子の頭の中では、その一瞬で冒険者の実力による救助の優先順位が組み上がる。
伊達に冒険者ギルドに所属している冒険者たちの全能力を把握しているわけではないのだ。
後は、力任せにゲンガンを打ち倒すのみ――。
「せ、先生! 新手です! 新手が来ています!」
「……え?」
「方向から察するに、他の門からの敵が此方に押し寄せているように見えますけど、どうしましょう!?」
(――別の門が落ちた!?)
真砂子が即座に考えたのは、最悪の事態であった。
ゲンガンの攻撃を避けて、その胴を大剣で薙ぎ払いながら真砂子はすぐさま頭を働かせる。
――別の門が落ちたという報告は、まだ本部からは受け取っていない。
――だとしたら、あれは魔族側の伏兵ということか?
――その場合、緊急の連絡を本部に入れる必要があるだろう。
――どちらにしろ、本部には一度念話による連絡を入れた方が良さそうだ。
真砂子は瞬時にそれらを判断して、生徒に指示を出す。
「本部に連絡を取るわ! 貴女は今まで通りに此処の門を守って!」
「は、はい!」
怒鳴られた生徒はやや気後れしたような表情を見せる。
その間にも、真砂子は本部に対して念話を行使しようとして、その手を止めていた。
「伊角先生……?」
「大丈夫……。どうやら、援軍みたい」
謎の集団の上空には椅子を浮かせたまま座る少女の姿がある。
その姿が見知った者であったからこそ、真砂子は念話スキルの使用をやめたのだ。
八大守護が一人、アスタロテ――。
彼女の下にいる魔族の集団は、彼女の指揮下にあるかのように統率の執れた行動をしている。
一瞬、彼女が裏切ったのでは、という思いも抱いてしまったが、それであるのなら、あんなに統率の執れた行動を指示する理由もないだろう。
隊列を組まずに、全力で真砂子の隊を襲わせれば良いだけだ。
そんな事を考える真砂子の元に、安心させるためか、アスタロテからの念話が届く。
《……お待たせ致しましたわ。アスタロテ隊三千、イスミセンセイの援護に回ります。どこか重点的に叩いておきたい戦場の箇所はありますかしら?》
《有難うございます、アスタロテさん。でしたら、私の指示通りに動いては貰えないでしょうか? 多分、それが一番効率良く相手を撤退に追い込めると思いますので》
アスタロテからの念話が一瞬途絶える。
多分、彼女は少し驚いたような、興味深そうな、そんな表情を浮かべたのだろう。
何せ、戦場の中でわざわざ【天魔】に意見を述べる者なんて、そうはいなかったのだから。
だから、彼女は喜ぶようにして穏やかな笑みを刻む。
《ふふっ、遠慮なく仰って下さいな。私は貴女の手足となって敵を屠りますわ》
《では、遠慮なく言いますので、お願いします》
その後に告げた、真砂子の敵の殲滅の仕方があまりにも無駄がなく効率的であり、アスタロテは二度驚くことになるのだが――。
――今はただ、彼女たちは剣を振るうことに注力するのであった。