98、湖畔の町防衛戦19 side真砂子 ~貫き通す姿勢~
そして、本日二度目の更新。
それは、真砂子の戦いを見ていた、町の冒険者が感嘆の溜息を吐き出す程だ。
「伊角センセーって、あんなに強かったんだっけ? っていうか、前に見た時は剣を使ってたと思うんだけ……っとっとっと!」
魔族の振るう大鎌を危なっかしく躱しながら、冒険者の少女は山羊頭の魔族の手元を狙って剣を振るう。
伸び切った腕を安全な位置から狙ったつもりであったが、安全マージンを多少取り過ぎたか。
思っていた以上に踏み込みが浅くなったせいもあり、山羊頭の魔族に大したダメージは与えられていないようだ。
そして、その貧弱な攻撃に山羊頭の魔族はケラケラと笑いながら鎌を振り上げるのだが――。
その山羊頭が、次の瞬間には横合いから飛んできた短剣によって撃ち抜かれる。
「南さん! 軽率な攻撃は逆に危ないです! 攻める時は攻める! 守る時は守る! 行動にメリハリをつけなさい!」
「は、はい! 伊角先生! 頑張りまふっ!?」
「よろしい!」
俺を無視するんじゃねぇ~っという、ゲンガンの怒号が響く中、真砂子は飛刀を投げ放った体勢からすかさずゲンガンとの距離を取っていた。
十二柱将の一人を相手にしながら、真砂子はどうも周りの様子もちょくちょく気にしているらしい。
冒険者たちが苦戦するのを見れば、何処からともなく飛び道具を取り出して投擲し、生徒の危機を悉く救っていく。
相当な実力がないとできない離れ業にしかみえないが、真砂子にとってはそれが普通なのだから仕方がない。
昔から、視野を広く持ち、物事の全体を見渡すことが得意なのだ。
それは、スケジュール調整の技巧だけに及ばず、戦闘においても何ら変わらない。
そんな特技があるせいか、真砂子の戦闘方法はひたすらに特殊だ。
その不可思議さに関しては、冒険者たちも気付いてきたのか、時折、真砂子の様子を見ては首を捻る。
「真砂子センセー普通に戦えてるんだよね? それとも、まともに戦ってないの? 良く分からないんだけど?」
「というか、最初の鑑定で『視た』けど、十二柱将とステータスに結構差があっただろ!? それで、何で伊角ちゃんが渡り合えてるんだよ!?」
「いや、まともに渡り合えてないよ! でも、戦えている! いや、何だこれ? 何か変だ!」
冒険者たちは真砂子の動きに違和感を覚えるが、それが何かについては良く分からない。
(まぁ、正解は『噛み合わせていない』だけなのだけどね)
真砂子は心の中で、そう嘯く。
相手に勝つための道筋を考える時、真砂子はまず如何にして相手に実力を出させないかを考える。
自分の力を押し付けて勝てるような相手なら、そんなことを考える必要もない。
だが、相手が自分よりも格上であるのなら、正々堂々と正面から戦うことはまず避ける。
(勿論、圧倒的な格上というのなら、まず戦うことを避けるのを考えるのだけど……)
相手の土俵で、相手と同じように戦っても勝ち目が薄いのなら、相手とは違う土俵で戦う。
それは、彼女が教師生活の中で幾度となく見てきた光景から導き出された結論だ。
スポーツが得意な子が勉強まで他の子を圧倒しているというわけではない。
逆もまた然り。
真砂子が着目したのはまさにそこだ。
相手――この場合はゲンガンだが――彼の土俵に付き合って戦う必要性はまるでないと考えている。
見る者がみれば、面白くない戦い方だとなじられるかもしれない。
だが、自分の命が懸かっている場面で、面白みなど微塵も求めたくはない。
彼が近接格闘がメインで、しかも力任せの攻撃しか能がなく、非常に高い防御力を有しているのだとすれば――。
彼女は中間距離を保って戦える槍を武器として選択し、攻撃を受け流す役割を持つ盾を持ち、ひたすらに細かなダメージを刻んで戦うことを選択する――。
それは、相手の実力を出させずに勝つということに傾倒しているのだろう。
その戦い方は、ある意味理想であり、普通の人間にとっては憧憬の念を抱くような戦い方だ。
何故なら、現実の戦いの中では、自分自身にも相手にもミスはあるだろうし、相手の行動が突飛に過ぎることもあるだろう。
それに、状況にイレギュラーが起こることだって十分に予測されるからである。
そんな中を、相手の行動を予想して、全て完封して勝つというのは、想像以上に難しい。
……それこそ、スケジュール調整に関して天才的な真砂子でもなければ不可能だ。
(十二、十一……。ゲンガンさんの攻撃には殆ど工夫がないので、読むのに苦労しないのが有り難いですね。あれ? フェイントを少し混ぜてきている? これは少しスケジュールを調整しないと……)
ゲンガンの攻撃パターンにフェイントの有り無しを加えて、真砂子はその場合の行動の管理をしていく。
結論としては、決着がつくまでに三十秒前後の遅れが出ることが予想された。
仕方がないので、真砂子は少しだけ槍の穂先に魔力を上乗せすることで、追加ダメージによる終着点の誤差を修正。
ゲンガンの慣れないフェイントを何とか見切りながら、距離を取って安全な位置から槍を突き出していく。
その攻撃は、ゲンガンの堅い甲殻に弾かれるが、その攻撃によるダメージは確実に蓄積されていく。
(十っと……)
ゲンガンは人間には分かり難い怒りの表情のままに、真砂子に対し掴みかかってくる。
どうやら近接戦闘になりさえすれば勝てると思っているのだろう。
……その想像は正しい。
だから、真砂子は捕まるわけにはいかないとばかりに槍を投擲する。
それをゲンガンは右手で弾く。
(九……)
接近するゲンガンだが、真砂子はそれを見て、構えずに一気に距離を取って逃げ出す。
捕まるぐらいなら、鬼ごっこに移行した方が良いと言わんばかりだ。
「ふざけるな! テメェ! ちゃんと戦え!」
「言われなくても、そのつもりです」
そう言って、真砂子が取り出したのは小型の短弓だ。
それを続けざまに三連射。
決して、達人の技というわけではなかったが、スキル自体は取ってあるのか、その矢は見事にゲンガンの甲殻に三度当たる。
(六……)
「この野郎……ッ!」
「残念ながら、私は女なので野郎という言葉は不適当ですよ。それとこれが私の戦い方なのだから、ふざけてなんていないわ」
真砂子は風の魔法を使って、ゲンガンを狙う。
「馬鹿が! 俺の甲殻は魔法防御にも優れているんだ! そんな攻撃が効くか!」
いや、正確にはその狙いはゲンガンの足元だ。
大地に着弾した風魔法はその場で土煙を撒き散らし、ゲンガンの視界を塞ぐ。
その間にも五度の攻撃があり、衝撃がゲンガンの甲殻を揺らす。
「えぇい! 鬱陶しい!」
右腕の一振りでゲンガンは土煙を払う。
その膂力に一瞬で砂煙は散らされる。
確かに、彼の膂力や防御力は他の魔族と比べても抜きん出たものであろう。
だが、そんなものは当たらなければどうとでもなるし、防御だって全ての攻撃のダメージをゼロにすることはできない。
……ゲンガンの背を突如として寒気が襲う。
「!? 何だ!? コイツは、戦闘前にもあった……!?」
「どうやら、計算通りに事はなったみたいね。本当、色々なスキルがあるけれど、私には鑑定が一番性にあっているみたい」
「何を言っている!?」
「終わりました、って話です」
「だから、何――……」
全てを言い終えるよりも早く、真砂子は隠し持っていたナイフをゲンガンに向かって投げつける。
だが、ゲンガンの硬い甲殻は真砂子の攻撃を全く通さない。
それは先程から何度も見た光景なのだが――。
――そのナイフを機に、ゲンガンの目がグルンと白目を向きかける。
そして、彼の体は突如として噴出してきた痛みに耐えかねたのか、地面に片膝を付いていた。
「何だ……? 体が動かねぇ……?」
「どうやら、魔族の方はあまり気にしないみたいですね。ステータス画面を」
そして、真砂子は実に飄々とした態度でこう言い放つ。
「……貴方、HPゼロになっていますよ?」