懺悔
切り裂きジャックの恐怖が幕を閉じ、数年。
ジャンはサーカス団と並行しながら、今まで貯めていた金を使って小さな孤児院を開いた。
犯罪行為を繰り返し続ける子供達を保護し、勉強を教え衣食住を与えた。
忙しい仕事を終え、家に帰れば十数人の子供達が出迎える。
「ジャンさん、おかえり!」
つい数か月前まで廃れた生活をして居たとは思えない笑顔が、開けた扉の先一面に咲く。
「ああ、ただいま」
ジャンは子供達の笑顔を見て、安堵し、子供達と共に夕食の用意を始める。
今日の食事は何にしよう、そう子供達に聞けば様々な答えが返ってくる。
ドリア!パスタがいい!ハンバーグは?
続きから続きへと料理の名前が飛び出してくる。
「ハハ、どれか一つだぞ。よく話し合って決めなさい」
若干苦笑しながら子供たちに手を振って、懺悔に向かう。
キッチンと寝室を通り過ぎて、目的地の懺悔室に着く。
過去の自分の過ちを悔い、神に懺悔する。
「神よ、私を赦してください…」
瞼を下ろし、指を組んで懺悔する。
過去に犯した殺人を、母を殺してしまったことを。
そして、自分が世話をしている子供たちの罰を自分がすべて受け、子供たちの幸運を願う。
一通り行うと、今日の料理のリクエストが決まったらしく、子供の呼ぶ声が聞こえる。
「ジャンさーん!今日はハンバーグ!」
「おー、じゃあ早速作るか!」
ジャンが服の袖を捲りながら、キッチンに向かうと子供たちは材料を持って待ち構えていた。
「よし、俺が切るからティアナ達は捏ねろ。で、アンク達が形を整える係な」
ジャンの簡単な指示に子供たちは声を合わせて、返事をし作業に取り掛かる。
ジャンは手慣れた手つきで、軽くナイフでジャグリングをする。
「わわわー!ジャンさん危ないよ!?」
「なぁに、これが仕事なんだからへまなんてしねえよ」
目を手で覆い、その指の隙間から恐る恐る覗き見る子供たちに、ジャンは笑って芸を見せた。
「こんなことも出来るぞ」
そう言ってジャンはナイフを飲み込んだ。
そして、そのナイフをズボンのポッケットから取り出した。
「すごーい!」
「やり方は秘密な、さーハンバーグ作っか!」
ジャンは料理の前に自身の得意なマジックを見せていた。
それは子供たちを喜ばせるためであり、自分自身を明るく保つためであった。
夕食後、子供達とトランプゲームや最近教えたチェスなどを終えると、子供達を寝かせ、彼はまた懺悔室に歩みを進める。
そして、聖書を読み、深く懺悔し祈るのだ。
「…それで私は、我顔を主なる神に向け、断食をなし、荒布を着、灰を被って祈り、かつ願い求めた。 即ち私は、我神、主に祈り、懺悔して言った、「ああ、大いなる恐るべき神、主、己を愛し、己の戒めを守る者のために契約を保ち、慈を施される者よ…」
「ジャンさん…?」
聖書を読むのを止め、起きてしまった彼女に目を向ける。
「どうした、怖い夢でも見たのか?」
彼女の目線に合わせ屈み聞く、すると彼女は泣きだした。
「あのね、ジャンさんがね。悪いことしてないのに、警察の人に連れていかれちゃう夢見たの…」
悪い事をしていない、その言葉が胸に刺さる。
その言葉は、罪なのだろうか、罰なのだろうか、彼はそれを認知することなく消し去った。
「大丈夫、俺は連れて行かれないよ。早く寝なさい、明日一人で起きることになるぞ」
精一杯の笑顔でティアナを送り出す。
「おやすみジャンさん…」
「おやすみ」
欠伸をしながら廊下を歩いていくティアナを見届けると、ジャンは聖書ではなく母の形見の指輪と自分の指輪を眺める。
「ハハ…母さん、俺捕まるのかなぁ。捕まっても可笑しくないことして来たんだけどね…」
二つの指輪を握りしめ、声を殺してジャンは泣いた。
前は、警察姫捕まったとしたらその場で舌を噛み切って死ぬつもりだった。
しかし、今では自分を慕ってくれる子供たちがいる。
守ってやりたいと思える存在がいる。
「絶対に捕まれないな…」
そう言ってジャンは明日の用意をし、寝床に着いた。