最後の殺人
今日もジャンは娼婦を狙っていた。
今夜は翠の瞳に美しく黄金に輝く髪。
今まで殺した女の中で、一番美しい女であった。
そして、誰かによく似ていた。
「こんばんは、お兄さん。今から私とどうかしら?」
媚び諂う女の罠にあえて足を踏み入れる。
押し当てられる胸に対し、満更でもない顔をすれば女は更に押し付けてくる。
「そうだな、アンタみたいな綺麗な女なら一晩くらい付き合うぜ」
そう笑って答えれば、娼婦は年季の入った演技のような笑顔で笑う。
それも上品に。
「もう、お世辞が上手いんだから」
笑顔とは裏腹に、声には若干の悲しみが含まれていた。
売られて堕ちてきた女なのだろうだが、ジャンからすれば娼婦は皆同じだ。
しかし、その声が鼓膜を震わせた瞬間に、ジャンの中で不思議な感情が廻った。
懐かしさ、切なさ寂しさ悲しさ。
感情の波が心を襲う。
視界が一回転するような気持ちの悪さで、思わず口を抑える。
これはいったい何だろうか。
理解のできない感覚に戸惑いつつも、懐から相棒であるナイフを取り出す。
早く、早く殺さなければ。
この女を早く殺さなければ、自分自身がおかしくなってしまう、そう思った。
人が通りそうな開けた道だったのだが、ジャンは娼婦の腹に隠し持っていたナイフを深々と刺した。
「❘っ…!」
柄を強くつかんで横引き、裂く。
それからいつものように殺したつもりだが、記憶が曖昧だった。
刺したときに、女はジャンの頬を愛しげに撫でた。
そのため、頬は紅く汚れていた。
曖昧な記憶を無理矢理に、逆再生する。
そして、あの懐かしさたちの理由が分かった。
あの女はジャンの名を知っていた。
しかし、ジャン何て名前の男は周りにいる、きっと母でないはずだ。
だが、もし先ほど殺した女が母だったら、そう思うと居てもたってもいられなくなる。
この女が母ではない証拠を探すことにした。
薄れた記憶の中で残っていた記憶、両親と一緒に同じ指輪を買ったこと。
今ではジャンは、その指輪を鎖につないで首にかけていた。
この女が母であれは持っている、母でなければ持っていない。
極論で調べる。
「違ってくれ。違え」
独り言を自分に言い含めるように呟く。
一本一本指を確認していく。
左手にはなかったと、安心して右手を見る。
「あ…あ…母さん…」
ジャンは右手を見て崩れた。
徐々に思い出されていく過去を思いながらジャンは泣く。
後悔がジャンの心を染め上げる。
こうして、切り裂きジャックの恐慌は幕を下ろした。