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7話 「魔法」

 木の上から眺めは絶景だった。


 サントラム家をぐるりと囲む塀は、目視はできないが魔法による結界も張られている。塀の物理な守り以外に魔法も用いるのは、暗殺者や戦時化における防衛だけでなく、魔法による盗聴などの干渉を防ぐためである。


 塀は小国同士の領土争いや下克上が頻発していた時勢のものだ。

 合併統合され下克上の起こりにくい制度が整えられた現在では、他国のスパイや貴族間で送られる暗殺者や間者対策用の防御結界が防衛の要となっている。


 塀に囲まれているといっても、十分に広い庭があるため窮屈に感じることはない。しかしルーシーはずっと思っていたことがある。

 


 ―――あの塀からの眺めは素晴らしいに違いない。



 それは王都に初めてきた時。王都中央にある王城手前にある貴族街はすこし小高くなっている。中でもサントラム家は高い場所にある。そこから街を見下ろしたなら。かねてからそう考えていた。


またとないチャンス、とアシルを導きながら塀よりも高い木に登り、二人並んで枝木に腰掛ける。



立ち並ぶ家々の間を縫うように走る道と、そこを行き交う人々は小さくて模型のように見えるのに、その様は活気に溢れている。さらに目線を遠くに送れば、王都をぐるりと囲む壁があり、その奥には緑豊かな平原が広がっている。一本スラリと街道が伸び、その周辺にはポツリポツリと動物の群れがみえる。


 魔物避けの施された街道付近に生き物がいるのは珍しい。

 いたとしても野うさぎや鹿なので、通行に害は全くなくのどかな風景の演出に貢献している。


 街道から10メートル程だろうか離れたところに大きな群れが6つ形成されている。距離があるため白い点にしか見えないが、おそらく野うさぎだろう。しかし、以前はこんなに大量であっただろうか。


 よくよく見ればうさぎにしては大きすぎるような気もする。

 サントラム家の塀から王都を囲む壁までは10キロはあるため、普通の野うさぎであれば目視すら難しいはずだ。近くに対比物がないため大きさを測りかねていると、隣に座るアシルが木の上だということも憚らず立ち上がった。



 「あれは、シザーラビット!?」

 


 シザーラビットとはうさぎの姿をした魔物で、その名の通りウサギの姿をしている。しかし全長150センチ前後と大きく、鋭利なハサミを持っている。

 1メートル程のハサミは私たちが使うものと遜色ない出来栄えで、人間の骨は断てないが肉ならば容易に切れてしまう。刃こぼれすれば、その大きさをいかして殴打武器として使ってくる厄介な存在だ。



 そもそも魔物というのは奥深い森にある「魔力溜りの泉」に生息している。

 強烈な魔力干渉を受けた動物が魔物になったとされるが、断定はされていない。わかっているのは強い種ほど「魔力溜りの泉」近くに生息し、それらの中には人語を操るほど知能の高いものもいるということだけだ。


 シザーラビットはその肉の美味しさや毛皮の有用性、他の魔物よりははるかに狩り易いのも手伝いすぐ狩られてしまうため、人間の多い王都付近でこんなにいるなんて珍しい。


 「野うさぎじゃここからは見えないだろうし、シザーラビットかもしれないね」


 大量発生した場合は国が騎士や冒険者で討伐隊を結成し駆除する。あれくらいの数ならば、商隊が一日足止めを食らう程度で大きな問題にはならないだろう。


 ルーシーは呑気にそう考えていたのだが、隣のアシルは違うようで「ど、どうしよう、」と不安定な木の枝の上だというのにわたわたと慌てている。



 「一旦落ち着こう、アシル」


 落ち着けるために優しく声をかける。

 高所でパニックになるのは危険だ。

 シザーラビットの対処をするにも落ち着かねば正しい行動は起こせない。


 「だって早く報告してどうにかしないと、街道が塞がれ商隊が出入りできなくなってしまう。商隊が王都に入れなければ食料が足りなくなってしまうかもしれないじゃないか!」

 「危な……ッ!」


 勢いよく立ち上がったアシルの腕を掴もうと手を伸ばす。が、手は直前までアシルの腕があった空を切った。


 足を滑らせ落ちていくアシルの姿がスローモーションのように見える。


 私とアシルのいる枝は地上から10メートル。3階建ての屋上ほどあり、落ちては無事では済まない。



 「アシル……ッ!」



 手を伸ばす。

 それでも、届かない。



 (届け届け、届け……!!)



 身を乗り出して伸ばしてもアシルとの距離は開いていく。



 (だめ、絶対……!)



 強く願ったその瞬間。

 心臓の裏側からせり上がるように生まれた熱が全身を駆け巡って指先に集結する。


 この感覚は魔力だ。

 魔法適性で感じたのと同じ感覚に胸が弾む。

 これなら、いけるかもしれない。


 

 指先に意識を集中させる。想像する。


 風だ、風がいい。

 重力に引かれるアシルを優しく包み込んでくれるような。


 お願い、アシルを助けて。


 強く念じながらも、数秒先の未来を想像してしまい目を閉じる。



 するり。

 指先に溜まっていた魔力が、爪先から小川ように流れ出ては風になっていった。


 風はアシルを素早く捉えると、落下速度がふわりとしたものに変わり、同時に周囲には凄まじい暴風が吹き荒れた。7歳の子供といえど落下速度を和らげるのにはそれだけの力が必要だ。アシルを掴もうと半分身体を乗り出す形で手を伸ばしていた私が暴力のように強い風に耐えられるはずもなく、呆気なく枝から投げ出された。


 突然訪れた浮遊感にお腹の奥がゾクリと疼いて気持ちが悪い。


 ゆるゆる落ちるアシルが私に気付いて必死に手を伸ばしてくれている。

 私も手を伸ばしたって届かない距離。数秒前の私もあんな顔をしていたんだろうか。

 目を見開いて大きな声で叫んで顔を歪めて、恐怖と不安が混じったような顔を。


 このまま落ちればタダでは済まないだろう。

 でも、それもいいのかもしれない。

 母さんと父さんにまた、会えるなら。


 諦めと両親に会えるという嬉しさにゆっくりと瞼を閉じようとしたところで、アシルのとは違う声に呼ばれた。



 「おいバカ!諦めんな!」



 ボロボロのローブを脱ぎ捨てたルイがデッキから身を乗り出して、こちらに手を伸ばしていた。



 「【暴風相殺(アンチ・ウェンディ)】!【水玉(ウォーターボール)】!!」



 ルイの声と同時にアシルを包む風とその周りの暴風がパタリと止む。

 重力に従い身体が急降下してすぐ、ぼよん、と弾力のある何かに触れて、ゆっくりとソレに沈んでいく。地面に背中がつくとソレは蒸発するように消えていった。


 そのまま地面に横たわり、手を見つめる。

 ここから、魔法が出たとは思えない、いつもの自分の手だ。


 なんだか酷く眠い。鉛のように思い瞼に逆らえずそのまま閉じる。


 ふわり。懐かしい匂いに抱きしめられた、そんな気がした。




 



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