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5話 「アガット夫人」

後半はアガット夫人視点になっています。

 三日も眠り続けていたらしい。

 ぼんやりする頭で起き上がった私に抱きついてきたアシルが、そう教えてくれた。しばらくするとルイも見舞いにきてくれた。


 「ごめん」


 後悔に眉根を寄せたルイが、つかつかと歩いてきて開口一番に言った。


 「ルーシーに適性はないと高を括っていたせいで対処が遅れた。俺のせいで傷つけた。どうすれば許してくれる?責任を取れというなら喜んで取るよ。なにか欲しいモノがあるなら工面するし、なにか命令したいならなんでも言って。だからお願い、嫌わないで、怖がらないで……」


 俯いたルイの表情は前髪で伺えない。それでも、ふるえる声に白くなるほど握り締めた拳から、どれだけ彼が後悔し反省している気持ちが伝わってくる。

 すぐ隣にいるアシルも当然といった風に傍観を決めたように動かない。


 ルイは傷付けたなんて言うけれど、お腹が透いているくらいで体調はすこぶるいいし、小さな切り傷一つもない。大抵の人が適性ないのだから、ルイがうっかりしたのも仕方ない。そもそ暴走させた私が悪いのだ。ルイに非はない。


 「なんでもいいの?」

 「うん、なんでもする」


 意地悪くきけばすがるようにルイが答えてくれる。


 「じゃあ、私の友達になって」


 「そうだと思った」と苦笑的に笑うアシルに、信じられないと目を見開くルイ。


 少しの沈黙のあと。


 「ごめん、それは、できない」


 辛そうにそう絞り出したルイはうつむいたまま走り去ってしまった。

 訳が分からず混乱していると頭を撫でて「ルーシーは間違ってないよ」とだけ残してアシルも部屋を出てしまった。

 何が悪かったのかな。間違ってない、ってアシルは何か知っているのかな。それとも単純に私と友達になるのがそれ程嫌だったのか。故郷にいるときはそれなりに友達がいて、こうして拒まれたことはなかった。モヤモヤとしたものを抱えながら、その後は療養のためと部屋から出してもらえず一日を終えた。






 爽やかな朝。あれから一週間が過ぎた。目覚めた翌日から令嬢修行が始まり、少しずつ自由時間がもらえるようになっていた。

どうしてルイと顔見知りだったのかとアシルに詰め寄られたら嘘を付けるはずもなく早々に白状した。その次の朝からはアシルも一緒に早起きして教えてくれるようになった。


 しかし、ずっと滞在しているらしいルイと顔合わせることはなく、メイドやアシルにきいても濁されるばかりで様子がさっぱり分からない。様子を見に行きたい。でも、またあんな風に拒否されてしまったら、そう思うと扉をノックする勇気はしぼんでしまった。




 「上の空は相手に失礼よ、フランボワーズの妖精さん?」


 貴族令嬢だった母さんはその美しさから「フランボワーズの女神」と呼ばれていた。娘の私も母さんと同じラズベリー色、フィナンツ語でフランボワーズ色の瞳だから夫人はこう呼んでくれる。私は母さんのように美しくない。性格だって好かれる性格ではないことがわかったばかりだ。


 ダンスとマナーの講師をしてくれているアガット夫人は、おっとりとした物腰の壮年の女性だ。社交好きな彼女の人脈は広く、王女さまともご友人なのだという。彼女を仲介して結ばれることも貴族も多く、昔仲介頑固な公爵様も頭の上がらないのだとか。つまりは貴族令嬢として生きていくならば絶対に逆らってはいけない人物なのだ。


 「あっ、その、すみませっ」

 「申し訳ありませんアガット夫人。お叱りならばルーシーの悩みを晴らせぬ俺に」


 ダンスの相手役をしてくれていたアシルがサッと、私を背に隠すようにアガット夫人の前に立った。夫人は驚いたように「まぁ」と漏らした後、上品な女性の笑みを浮かべる。貴族女性のお手本のような優しい笑みなのだが、どこか怖い。


 「あの泣き虫ちゃんが、すっかり騎士さまのようね」

 「ルーシーは俺が守ります。サントラムの名にかけて」

 「そうね、ルーシーの王子様が現れるまではね」


 ふわりと慈しむように笑って私たちを見た夫人は、きっと私をみていない。父さん似の私だが、目を細めれば母さん劣化版くらいには見えなくもない。だからきっとこの人も私越しに母さんを見ているんだろう。それならアシルを騎士と例えたのも頷ける。


 「ルーシー。どんな悩みでも、すべきことがわかっているのに躊躇っているならば早くやってしまいなさい。わからないなら相談すればいいわ。笑顔の曇った女の子なんて可愛くないもの。でもね、相談する相手は選ぶのよ。親切なメイドが貴女のために死んでくれるわけではないのよ」


 アガット夫人の言葉は重い。

 彼女の人生が詰まっているからなんだろうか。彼女の意図はわからないが、この言葉は大切にしなきゃいけない、そう思わせる不思議な力がある。


 貴族令嬢は何かと命をねらわれやすい。訓練している令息と違って弱く攫いやすい。だからこそ、弱みを他人にみせてはいけないし、そば付きメイドだってスパイかもしれない。そうやって疑っていかないとこのして生き残ることはできなかっ…大きいね…?




 ◇ ◆ ◇



 「フランボワーズの女神」。

 彼女が平民になって七年がたった。それでも社交界の話題から彼女がいなくなることはなかった。皆、彼女が大好きで私も好きだった。花屋を営んでいるという話をきいたが幸せにしているだろうか。そんなことを思った時だった、遠縁のフランシスから連絡が来たのは。


 「お久しぶりです、アガット夫人」

 「綺麗な礼ね。合格だわ、アシル」 


 馬車から降りれば、桃色のくせっ毛を風にふわふわと遊ばせる可愛らしい少年が、宝石のように輝いたラズベリー色の瞳を浮かべて愛らしく笑った。一年ぶりに見た彼は、すっかり見違えていた。マナーとダンスを教えたのだが、泣き虫で中々レッスンが進まなかったのだ。大変だったが、こうして綺麗な礼と挨拶をみると、歳のせいか目頭が熱くなってしまう。


 「夫人、これを」


 さっと、ハンカチを渡してくれるアシルは、まだ7歳にもならないのにやはりフランシスの息子ねと一人納得してしまう。彼の父、フランシスは眉目秀麗で、知性的で物腰柔らかく、女性の扱いが上手く、婚約前はそれはそれはモテたものだ。社交界に出ればこの子もそうなるだろう、と想像して頬が緩む。

 

 「ルーシア、ご挨拶を」

 「伯爵夫人さま、お初にお目にかかります。ルーシア、サントラムです」


 アシルに促されたどたどしく挨拶したのは、ここに来た目的の少女だ。腰まで伸びる髪はストロベリーブロンドでそよ風に揺れ、ダークラズベリー色の瞳は緊張からか濡れていて今にも零れてしまいそう。小さな口から発せられる音は鈴が転がるよう。健康的に日焼けしたその姿はまさに森で遊ぶ妖精。彼女を見てブランソワーズの女神の娘ではないと否定する者はいないだろう。


 「アガットと呼んで頂戴。ルーシアちゃん」

 「あっはっはい……!」


 にっこりと笑って上げれば、花が咲いたようにルーシアも笑った。人懐っこい笑い方は彼女の母とうりふたつだ。この年まで平民としてすごしたから、マナーや作法、教養はないが、擦れていない純粋な彼女がそれらを身につければ社交界で怖いものはないだろう。これを見越して、国王も無理を通して殿下に会わせるのだろう。狡猾な王にため息が漏れそうになるが、生徒たちにそんな姿を見せるわけにはいかない。こんなに素晴らしい原石はそうそうお目にかかれない、気を引き締めねばならない。時間がない。




 ルーシーの飲み込みは恐ろしく早かった。彼女のことだからさりげなく仕込んでおいたのだろう。勉学も優秀で三日であの馬鹿長い建国史を覚えてしまったとか。一度教えたことは消して忘れないし、正解を教えてあげれば完璧に真似つつ、自分のものにするのだから恐ろしい。

 しかし、注意してもなおらないことがあ一つだけあった。


 「上の空は相手に失礼よ、フランボワーズの妖精さん?」


 七つで両親が目の前で殺されたかと思えば、突然貴族にされ厳しいレッスンを強いられる生活だ。気持ちが落ち込むのも無理はない。それでも、この状態まま殿下のパーティに行かせるわけにはいかない。社交界では弱みをみせてはいけないのだ、ここで甘やかすのは彼女の為にならない。


 「あっ、その、すみませっ」

 「申し訳ありませんアガット夫人。お叱りならばルーシーの悩みを晴らせぬ俺に」


 厳しく言えば、彼女を庇うようにアシルが前に出た。

 一年前、同じように躾けた彼は泣き虫で、私に正面から意見出来るような子ではなかった。今は、やや怯えながらも、しっかり彼女を守っている。


 「あの泣き虫ちゃんが、すっかり騎士さまのようね」

 「ルーシーは俺が守ります。サントラムの名にかけて」

 「そうね、ルーシーの王子様が現れるまではね」


 もしかして、とからかえば的中していたようだ。一人称が「僕」から「俺」に変わったのは、少しでも男らしくみせようとしていたからか。泣き虫ちゃんの成長に頬が緩むが、ルーシアが養子に入った彼らは姉弟。残酷だが、初恋とはそんなものか、と老婆心で忠告だけして放っておく。賢いアシルが間違いを起こすことはないでしょうから。


 さて、殿下のご生誕パーティまで残りわずか。ルーシアを立派な令嬢にいたしませんとね。










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