3話 「故郷」
書きかけのものを誤って投稿してしまいました。
消してしまうとややこしくなるかと思いますので、そのままにしております。
(そのため短くなっています)
部屋の明かりを消して、可愛らしい天蓋付きのベットに入る。
目を閉じれば思い浮かぶのは両親の幸せそうな笑顔に、それを受けて笑う自分の姿。
まさか両親がそんな出会いをしていたなんて思いもしなかったけれど、もう聞けないと思っていた両親の過去をきけたのは嬉しかった。今度フランシスさんにも母さんの話を聞いてみよう。
貴族として生活を初めて一ヶ月半がたった。あと半月経てば、殿下の誕生パーティだ。王家の方々に謁見できるなんて、町の皆がきいたらどんな反応するだろう。
アンおばさんはびっくりしたあと「失礼のないようにね」とか言って背中に喝を入れてくれそうだ。よく遊んだ男の子達には信じてもらえないかも。
毎日男の子のような服を着て木登りをしていたから、メイドさんが選んでくれる可愛らしい服で会っても、私だって気付いてくれないかも。気づいていない皆に「ルーシーだよ」って種明かししたらどんな顔をするだろう。想像すると面白くって自然と笑みが漏れた。
廊下に繋がる扉からコンコン、とノックが響いた。
側付きのメイドさんならノックせずに入ってくるし、こんな遅くに誰だろう。警戒しつつ扉に近付くと声がきこえた。
「ルーシー、遅くにごめん」
「……アシル?」
「うん」
すぐさま扉を開けると、身長とそうかわらない大きな枕を抱えたアシルがいた。
「ねぇ、一緒に寝よう?」
「なっ、えっ!?」
素っ頓狂な声を出してしまった。いや、誰しも驚くはずだ。それにこういうのは平民より貴族の方が厳しく言いつけられていると思うのだけれど、何かあったのだろうか。
「ダメ、かな…?」
自分の身長と同じ程の大きい枕をぎゅっと抱きしめて、しょんぼりと肩を下げ、眉を八の字にさせるアシルは明らかに落ち込んでいる。心なしか瞳がうるうると揺れている。
「ぅっ…、わ、わかった…」
たった一つしか年齢の変わらないアシルは、教養に加えて紳士的で優しい性格も相まって歳上に感じるほどだった。なのに突然こんなの事をされて断れるだろうか。いや、断れない。
2人で仲良く布団に入る。天蓋付きの可愛らしいベッドは子供二人が横になっても十分余裕あるクイーンサイズだ。
「ねぇ、アシル。両親と一緒に寝ないの?」
貧しい平民は一つのベッドで寝たり、体の大きい男性は一人で寝て、母親と子供は一緒に寝ることが多かった。それなりに裕福な家庭ならば違うのだろうが、ルーシーの家では前者だった。
サントラム家に来てからは自室で一人で寝ていたのだが、怖い夢を見た日には、父のたくましい胸板と母の優しい匂いが無性に恋しくなった。てっきりアシルは両親と寝てるものと思っていたが、今日の様子を見れば違うのだろう。
「ずっと一人だよ」
赤子の間は乳母がついていてくれたらしいけれど、それでは彼女が休めないからと3歳になる頃に断ってしまったらしい。
「怖い夢を見た時はどうするの?」
「朝を待つんだ、明るくなれば皆起きるから」
それが当たり前かのようにアシルは言ってのけた。
でも、そんなはずはないと思う。こんなに広いおウチで、こんな広い部屋で、寂しくないはずがない。辛かっただろう。怖かっただろう。寂しかっただろう。なぜアシルが両親と眠れないのか理由はわからないけれど、想像するだけで胸が締め付けられた。
「どうして?」
アシルに問われる。意味がわからない、そんな顔をしている。
「え?」
「とても悲しい顔をしているよ」
そっと伸ばされたアシルの手が頬に触れて初めて気づいた。知らぬ間に顔が強ばっていたことに。
「え、あ、その、ごめんなさい、」
「もう、どうしてルーシーが謝るの。それに僕は幸せだよ。両親に愛されているし、僕も愛している。今はこうしてルーシーがそばにいてくれる。……ね?」
「うん……」
私何かがどれだけアシルを幸せにできているんだろう。サントラム家後継として学ぶことが沢山あるだろうに、令嬢修行に付き合わせてしまっている。迷惑ばかりかけている。そう、自覚してしまい自然と声色も落ち込んでしまう。
「――ねぇ、ダンスの時なにを考えていたの?」
急な話題変換だが、アシルなりに気を使っていくれたのかもしれない。しかし、心当たりがなく首をかしげると「上の空だったでしょ?」と拗ねたように言われる。頬を膨らませ、唇を小さくつぐみ、目は伏せ気味に逸らされる。
(なにこれ、可愛い……!)
伏せられたラズベリーの瞳には、桜色の長い睫毛が影を落としている。同じ布団に入って気付いたのだが、アシルからお花の匂いがする。ずっとアシルの容姿は天使のようだと思っていたが、桜色の髪とラズベリーの瞳にお花の匂いなのも手伝って、お花の妖精にも見える。尊いほど可愛い。
令嬢修行中は優しいお兄さんのように紳士に教えてくれるのに、こうして弟のように子供っぽく甘えたり拗ねてみたり。もう可愛すぎてわけが分からない。
このまま成長すればさぞ素敵になるのだろう。平民の女の子たちが夢見る王子さまのようになるに違いない。
そんなことを考えていると、至近距離で見つめ合う形になっているアシルが疑問符を浮べて首をかしげた。悶絶したい気持ちを必死に押さえつつ思考を巡らせる。
ダンス中は、ステップを踏むのに必死でずっと集中していたはずだ。――――そう言えば。隠すことでもないので素直に話す。
「故郷のこと。小さな田舎町だったけれど、とても素敵な町なの。あとは友達や近所のおばさんのことを思い出していたの」
そう言えば、ラズベリー色の瞳は、素敵なおもちゃを目の前にした子供のように大きく開かれキラキラと輝いた。もしかして、アシルにとっては平民の話が珍しくて面白いのかもしれない。
どんな生活をして、どんな遊びをしていたか。どんな人たちに囲まれていたか。そんなことを話した。特に遊びについては詳しく話した。森を探検していたら迷った上に魔物と遭遇して大変だった話に、木から降りられなくなった猫を助けるためにてんやわんやした話、夏にする川遊びに冬の雪合戦。話していくうちにどんどん蘇る楽しい思い出をそのまま話す。まとまりがなかったり、話が前後したり、聞きづらかったろうに、アシルは目を輝かせて相槌をうってきいていた。
相槌がなくなってきたと思えば、アシルは夢とうつつの間でウトウトとしていた。布団をかけ直してあげると、ふわりと笑って。
「いいなぁ。とっても、楽しそう……」
そう残してアシルはスヤスヤと眠ってしまった。
アシルはこの敷地から出たことがない。貴族の子供たちは、貴族としての教養や作法、マナー、意識ができるまでは、家族と使用人意外とは会えない。だから知らないのだ。友達と遊ぶ楽しさを。
でも、アシルはまだ、7歳にもなっていないのに。遊ぶ楽しさを知らないなんて悲しすぎる。あと10年もすれば成人して、仕事に付き、結婚してしまう。そうなれば、子供らしく遊ぶことも、気の置ける友人をつくるのも困難になってしまう。貴族とはなんて悲しいものか。アシルがそんなことになるのは嫌だ。
それにサントラム家は代々政に携わってきた貴族だ。少しでも平民のことを知っていた方がいいだろう。
よし、決めた。
アシルに遊びを、楽しいを伝えよう。
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