2話 「父と母の出会い」
投稿ミスがあり、編集中のものを上げてしまっていました。
既にお読みだった方も申し訳ありませんが、後半に加筆部分ありますので
ご再読頂けると幸いです。
たった3日で私の自室が用意された。
部屋は家具やカーテン、タオルやカーテンに至るまで全て白と薄桃色に統一された女の子らしいものだった。広いテラスに繋がる大きな窓もあり日当たりも良好。専属のメイドさんまでつけてもらった上に、備え付けられた衣装部屋には沢山のお洋服とアクセサリーが並び、高級そうなお菓子も食べ放題。
朝起きて湯浴みしてから可愛いお洋服に着替えて、美味しいご飯を食べる。そのあとは本を読んだり、お庭を散策したり。お腹がすいたら東屋で軽食を摘みながら紅茶を楽しんだ。午後は夕食までアシルとボードゲームやお話しをする。アシルはとても物知りで色んなことを教えてくれた。知らないことを知るのが楽しくって、美味しい豪勢な夕食の時間が疎ましくすら感じていた。
少しずつ貴族の生活にも慣れてきた、そんなタイミングだった。
フランシスさんに呼ばれアシルと二人で彼の書斎を訪ねた。優しく招き入れてくれたけれど、どこか表情が優れない。
「就寝前にすまないね、二人共。実は国王から手紙が来たんだよ」
疲れた様子でいうフランシスさんに、アシルと目を合わせる。
サントラム家は伯爵家だ、国王から手紙が来たとてなんら可笑しくはない。何故わざわざ自分たちにそれをいうのか。
二人共そう考えていたのか、同じく疑問符を浮かべたアシルと目が合う。その様子が可笑しかったのか少し笑った後にフランシスはこう続けた。
「ひと月後に第一王子殿下のご生誕を祝うパーティーが催される」
「その件でしたら先日伺いましたが……」
アシルがそう返せば、フランシスさんは頭を振ってラズベリー色の瞳で私を見つめた。
「国王が是非ルーシーにも来て欲しい、とね……」
そういうフランシスさんは哀れみに満ちた顔だ。
この間まで野山を駆け回り、読み書きが辛うじて出来る程度しか教養のない元・平民の少女にいきなり殿下の誕生パーティなんて似が重すぎる。
それも、まだ婚約者のいない殿下の誕生パーティーとなれば着飾ったご令嬢たちが火花を散らす様は目に浮かぶ。
「父さまもご存知でしょう、ルーシーはまだ礼儀も作法もダンスもできません。裸で戦場に行けというのですか」
国王直々に招待された令嬢が何の礼儀作法も知らない、ダンスもできない、何の教養もないのが露見したら、どうなるか。想像に難くないが想像したくない。アシルも同じく思ったのか抗議してくれたが、その声音は怒りを孕んで聞こえた。物腰柔らかなアシルのことだ、きっと気のせいだろう。天使のようなアシルが父親を睨みつけているなんて目の錯覚に違いない。
アシルも両親同様、私にとても良くしてくれている優しい子なのだ。それが容姿も相まって天使にしか見えない。
ちなみにルーシーは以前の名前だが、愛称としてこう呼んでくれている。これが少し嬉しかったりする。
アシルの抗議の声に困ったように苦笑しながらフランシスさんが話す。
「明日の朝には先生方が到着されるし、ルーシーは物覚えのいい子だからきっと大丈夫だよ」
「しかし、そのような付け焼刃ではご令嬢方に看破され、心無い言葉を浴びせられるかもしれません」
なおも食い下がるアシルにフランシスさんは片眉をあげていたずらっ子が挑発するように言った。
「約束を忘れたのかな、アシル?」
すると剣呑だった顔が途端にきりりと精悍なものになった。男の子の顔だ。
「ルーシーは僕が守ります。片時も離れず、必ず」
伯爵位では国王に逆らうなどできない。
しかし付け焼き刃でもなんでも、裸で戦場に行くよりはボロでも着た方がマシだろう。
アシルが話をきいてから今まで時差があったのも、フランシスさんはなんとか断ろうと尽力してくれたに違いない。
このひと月フランシスさんとも奥様とも沢山話した。二人共わが子のように甘やかし、時には叱ってくれた。いずれ社交界にでなくてはいけないが、十分に貴族教育をしてから、と考えてくれていたことだろう。
急にこんな事を言われ憤りも感じたが、アシルが抗議してくれたおかげでそれも解消された。この優しい家族のために私にできることはなんだろう。たぶん、貴族令嬢として立派な令嬢になって良い家に嫁ぐことだろう。平民同士の恋愛結婚をするものだとばかり思っていたけれど、こうなってしまっては難しいだろう。今のうちに覚悟しておかねばない。
まずは殿下の誕生パーティーだ。隣に立ってくれるアシルが恥ずかしくない令嬢にならなくては。
サントラムの人々はとても綺麗に笑う。見ているだけで幸せな気分にさせるような柔らかくって暖かな笑み。
私はそれがとても好きだ。記憶の中の母さんも父さんも、そんな風に笑っていた。今の私が同じ笑みを上手に浮かべられている自信はないけれど、この気持ちを伝えるには笑うことが最良に思えた。
いつか私もそんな笑みを浮かべられたらいいなぁ。きっと今私が浮かべているのはぎこちない笑顔になっていることだろう。少しでもこの気持ちが伝わればいいな、と願いを込めて笑みを浮かべて言う。
「フランシスさん。先生方のご用意ありがとうございます」
「アシルもありがとう。私、頑張るね」
翌朝。さっそくいらした先生方に挨拶すると、すぐに授業が始まった。
礼儀作法、マナー。算学に歴史などにの勉強、他の貴族の名前そして剣術とダンス。
昔から暗記は得意だった。礼儀作法や勉強、貴族の名前はすぐに覚えることができた。他の貴族に関しては実際に会って顔も合わせて覚えねばならないが、それもなんとかなるだろう。
順調に進んでいるように思えた令嬢修行だが、3日目になると壁にぶつかった。
パーティを行う際に用いられるらしい豪奢なホールには、優雅な舞踏曲がピアノによって奏でられていた。
そんなホールの中央でくるくるとまわる小さな姿が二つ、アシルとルーシーがいた。微笑みを浮かべ優雅にリードするアシルとは対称にルーシーの顔は真剣そのものだが、ステップを踏む足はたどたどしい。
(あっまた踏んじゃっ……)
「ルーシー。もっと食べなきゃだめだよ」
アシルの足を踏んでしまい慌てて顔を見れば、微笑みながらそんなことをさらりと言ってのけた。貴族令息という生物は6歳でこんな言葉がさっとでてくるのか、と尊敬すると同時に憧れる。
私も貴族令嬢として、こんな気の聞いた言葉を呼吸するように吐けるようにならねば、と密かに気を引き締める。
それと同時に、ほんの数ヶ月前までよく遊んでいた近所の男の子たちを思い出す。貴族のアシルと比べるのも申し訳ないくらい粗野だし容姿も優れないけれど、追いかけっこや騎士ごっこをしたり楽しかったなぁ。
そんなことをぼんやりと思っていると、誘うような優しかったリードがぐいっと荒々しくなり強制的にターンさせられる。突然のことにたたらを踏み、アシルに抱きしめられるような密着した姿勢になってしまう。
「ア、アシル……っ?」
自分よりも小さくて小柄なはずなのに、しっかりと抱き抱え固定される感覚に驚く。容姿は天使そのものだし、年下だけれど男の子なんだなぁと実感させられる。
ピアノを弾く先生にきこえないように小声で、でも驚いて上ずってしまった声で名前を呼べば、至近距離でアシルと視線が交わった。アシルはいたずらの成功した子供のように満足そうに笑うと、ぐいっと頭を引き寄せられ、耳にアシルの唇がやんわりと当てられる。
「今は僕だけに集中して?」
ダンスレッスンが終わる頃には私だけがぐったりとしていた。
久しぶりの運動に身体も疲れているのだが、精神的な疲労が大きい気がする。平民の男の子達にはあんな風に扱われたことはなかった。そこまで激しいダンスでもないのに心臓が強く打った。密着したアシルの伝わっているんじゃと思うと、ソレはより強くなった。あまりに酷いようならお医者さまに相談したほうがいいかもしれない。
夕食の席で心配してくれているフランシスさんと奥様に、令嬢修行はなんとかなりそうだと伝えると、二人共手を取って花が咲いたような笑顔を見せてくれた。アシルも今日の様子を楽しげに報告している。ふと会話が途切れると、ふと奥様が言った。その視線は私に向いているはずなのに、私越しに別の何かを見ているようだった。
「ふふ、《フランボワーズの女神》の再来ね」
「フランボワーズってなんですか?」
奥様の含みのある視線と言葉に、貴族として生活していた頃の母さんのことだろうと予測はしたが、聞いたことのない言葉だったので素直に質問する。貴族になったのだからなんでも知っておいたほうがいい。きいて恥ずかしいのは一瞬だけど、きかないのは一生の恥だって何処かで聞いたことがある。
なにより、私の知らない「貴族としての母さん」について知りたかった。
どうやらフランシスさんにも知っているらしく、大切な記憶を思い出すように目を細めた。
「姉さんが昔そう呼ばれていたんだよ」
「まだフランシスと婚約する前だったけれど、覚えているわ」
フランシスさんのお姉さん、つまり私の母さんということになる。アシルも気なるのか黙って耳を済ませている。アシルに倣い、奥様の話の続きを待った。
「彼女は社交界でもとびきり美しかったの。容姿もだけれど、その仕草やダンス、人柄もよ。頑固な公爵も、内向的な令息も気の強い令嬢も、誰もが彼女を認め愛していたわ。美しいラズベリー色の瞳が宝石のように綺麗な彼女をご覧になったフィナンツ王国の第四王子様が跪いて彼女の手を取り、こう話しかけたのよ。
「あぁ、美しきフランボワーズの女神よ。貴女の名前は?」
フランボワーズはフィナンツで《ラズベリー》を指す言葉よ。フィナンツ王家といえば、燃えるような赤い髪と瞳が素敵なの。継承権を破棄されて騎士志望の第四王子の鍛えられた身体と意志の強い瞳がとても男性的な方でね。その二人が並んだ様はお伽噺の一ページのようだったわ。王子はすぐに求婚したけれど彼女はそれを蹴ると社交界から姿を消してしまったのよ」
奥様から話されたお伽のような話に思考が止まりになる、たしかに母さんはとても綺麗だったし、いつも笑っていてご近所でも噂の気立てのいい美人だった。その様が容易に想像できるのだから、母親だから麻痺しているだけで母さんはとても美しいのだろう。
「他国の王子の縁談を断ったために平民へとなられたのですか?」
アシルの質問にやんわりと首を振ると、奥様は遠くに思くを眺めながら答えてくれた。
「王子は彼女を責めなかったわ。貴族といっても伯爵家では身分の問題があったもの。もっとも彼女の気持ちもあれば押し通せたでしょうけれどね。実は彼女は恋をしていたの、王子の侍従に。侍従は伯爵相当の貴族位を持っていたから、身分は釣り合っていたけれど王子の件があったため公にはできない。それでも思いあった二人は貴族位を捨てて、愛を選んだ。--そうして愛を貫いた二人から生まれたのがあなたよ、ルーシー」
驚いた。父さまが王子様なはずないと思っていたが、その侍従さまだったなんて。それでも、不思議と納得できた。貴族位を捨てるのがどれほどの決意なのか私にはわからないけれど、二人の愛はとても深さは間近で見てきた。
あの日の朝、冷たくなった二人は手をつないでいた。傷だらけの父さんに覆いかぶさった致命傷だけの母さん。
きっと、死に間際まで父さんは母さんを守ったのだろう。そうして果てた父さんを母さんが守ろうとしたのかもしれない。致命傷を負っても僅かにある意識中で二人は互を求めた。もう二人は動かなかったけれど、たしかにそこに愛がみえた。
思わず瞳を伏せると、奥様は優しく頭を撫でてくれた。母さんのしてくれたのとは違うけれど、どこか懐かしくって涙が出そうになった。サントラムの人々は優しすぐるから、涙が勝手に流れようとする。それを必死に押しとどめる。
「奥様、お話しありがとうございました。明日も早いので失礼します」
なんとかそう言って夕食の席を後にした。まだデザートを食べていなかった、と思い返すもその理由で戻るのは令嬢として失格だろうと諦め部屋へ向かった。
ここまで知っても私はまだ気付かなかった。
着々と恐ろしい物語が進んでいるということに。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
わあああ導入部にも関わらずブックマークありがとうございます!
引き続きお読み頂けると幸いです。