6. 月夜は静かに
「・・・さん、真咲さん!」
鋭い痛みで私は我に帰った。
青い顔をした圭吾が私の頬を叩き、心配そうに覗きこむ。
どうやら私はつかの間、呆けていたようだ。
「ごめんなさい、ちょっと呆然としてしまって」
震える膝を抑えながら私は立ち上がった。
「北川さんとパウロさんを呼んできます」
圭吾は早口でつぶやくように言葉を発すると、
震える足を奮い立たせようと自身の太ももをつねった。
そして彼が再びキャビンの方へ向かおうとした時
北川とパウロがゆっくりとこちらへやってくるのが見えた。
パウロの不安と焦りが入り混じったような表情を見て
私と圭吾は何となく察しがついてしまった。
彼らも私たちと同じような状況に、出くわしてしまったのだろうと。
パウロはギャレーの中をほんの少し覗き見たのち、瞬時に目をそらした。
「こっちもか、くそっ」
彼は忌々しげにそう吐き捨てると、歯をぎりりと噛み締めた。
「こちらも似たような状況ですか」
北川がずれた眼鏡のブリッジを直しながら冷静な口調で言う。
私たち3人とは対照的だ。妙に落ち着き払っている。
「似たようなとは、一体どういう事です?」
圭吾は恐る恐る北川に問いただす。
なんとなく予測はついているのだろう。
それでも彼の口から真実を聞くまでは信じたくない。
そんな表情だった。
「・・・コックピットでは副操縦士が死んでいましたよ。
殺されたこの二人と大差ない状態でね」
北川は吐き捨てるようにそう言ながら眼鏡をはずすと
スーツの袖でレンズを拭きだした。
圭吾はごくり、とつばを飲み込んだ。
予測もつかない状況に置かれ、
私は何をどう整理すべきか判断できないでいた。
「自分の目で確かめてきます」
唐突に圭吾は言葉を発すると、コックピットの方へ駆けて行った。
圭吾を止める者は誰もいなかった。
日常ではありえない状況だ。
自分の目で見たものしか信じられない、と思うのは仕方のないことである。
「貴方は行かなくても良いのですか?」
北川はちらりと横目で私を見ながらそう言ったが
視線はすぐにギャレーの中へと戻って行った。
「圭吾さんに任せます・・・」
胃の奥が苦くなっていく不快さを感じながら私は答えた。
北川は私の言葉に何も返さず
またちらりと横目で私を見たのち、今度は窓の外に視線を向けた。
圭吾が戻ってくるのに、そう時間はかからなかった。
全身を震わせ、汗を滝のように流しながらこちらへと歩み寄る。
円首のTシャツの首元は汗に濡れて、妙にみすぼらしい印象を与えた。
「き、北川さんたちの言うとおりでした」
圭吾は振り絞るような声でそう言うと、うつむいた。
北川の言うとおりということは、コックピットの中もさぞ凄惨な状態なのだろう。
圭吾に同行しなくて良かった・・・と心底思った。
もう一度あんな光景を見たら、今度こそ気を失ってしまうだろう。
「なぜこんなことに・・・」
私の問いに答えられる者はいなかった。
みなが口をつぐんだ。
「とりあえず外に出て、状況を整理しませんか」
圭吾は顔を上げて私たちの方を見た。
一刻もこの場から立ち去りたかった私は
素直に圭吾の言葉に従いキャビンへ引き返し、足早に外へ出た。
他の3人は、私が外に出たのち、少ししてから外へ出てきた。
夜も更けてきた所為か、外は涼しかった。
遠くで鈴虫が鳴いている。
なにをどのように整理すればいいというのか。
そもそも着陸した場所がどこなのかすらわからない状況なのだ。
おまけに搭乗員が3人も何者かに殺されている。
空を見上げて私たちは呆然と立ちつくす。
月夜は恐いほど静かだった。