5. 死との邂逅
機内は凄惨な状況を極めており、あまりにも非現実的だった。
遡ること5分前。
キャビンへの出入り口が開いていたため、
私たちはそこから機内へと足を踏み入れた。
キャビンの中は特に目立った変化はなかった。
私たちは口々に誰かいないかと声を掛けながら辺りを見回す。
掛け声も空しく、声に応えるものは居なかった。
私と圭吾はギャレーへ。
北川とパウロはコックピットへと二手に分かれることにした。
圭吾はギャレーへのドアを開け、中を覗くと
即座にガクガクと震えだし、歩みを止めた。
この状況を必死に把握しようとしているのだろうか。
圭吾は大きく深い呼吸を繰り返す。
彼の吐き出した吐息さえも震えている。
私は圭吾の肩越しに中の様子を窺った。
ギャレーの中は、特にこれと言った変化は見当たらない。
私はゆっくりと床の方へと視線を落とした。
その瞬間、異様な光景に思わず腰を抜かし、座り込んだ。
ガタガタと身体が震え、力が入らない。
冷たい水が背筋を這うような感覚。
徐々に視界が狭くなり、霞んでゆく。
今の状況を即座に把握できる筈もない。
なぜなら、二人のCAが血の海に横たわっていたのだから。
二人とも濁った瞳で宙を仰ぎ、半開きの口は何かを訴えているようだった。
防御創だろうか。
二人の手首囲から肘囲までの部分の制服はズタズタに切り裂かれていた。
首には鋭利な刃物で掻き切ったような傷がある。
死因はおそらく、頸動脈を掻き切られての失血死だろう。
二人を殺した犯人は、何の躊躇もなかったということか。
ひと思いに掻き切ったであろう、赤い、赤い深淵。
死のにおいだ。
父が死んだ時と同じにおい。
会社からの帰宅途中、父は死んだ。
横断歩道で信号待ちをしている最中に、車にはねられたのだ。
事故当時、父は仕事に追われ、帰宅が深夜になることが多かった。
不運なことに目撃者もおらず、犯人が捕まることはなかった。
父の亡骸と対面した時、私はまだ12歳だった。
病院の霊安室のベッドに横たわる父からは、血のにおいがした。
よほど損傷が激しかったのだろう。
顔までも包帯で覆われていた父。
亡骸にすがりつく母を引き離すのに
親戚たちが手を焼いていたのを、私はぼんやりと見つめるだけだった。
私と父の最期の思い出は、血のにおいと母の慟哭だった。