1. 帰路へ
中国の大連から成田行きの航空便に搭乗していた私は
満足感と疲労感の入り混じった、何ともいい難い感覚と共に帰路へ。
長期休暇が取れた幸運を、私はしみじみと噛み締めた。
初めてのアジア旅行は、大満足だった。
言葉の壁は愛想笑いでどうにか乗り切れたように思う。
また明日から単調な日々を送ることになるだろうが
暫くの間は旅行の思い出を糧に、仕事に精を出すこととしよう。
悪天ではあったが、問題なく旅客機は上昇していく。
同乗していた乗客たちもリラックスした様子だ。
機内食は洋食をチョイスした。
中華は旅行中に十分満喫したためだ。
ここは日本食にしたいところだが、明日から嫌というほど食べられる。
やけに長いメニュー名さえ気にしなければ、食事も満足だった。
機内食はまずいという話を聞いていたが、私にはそう感じられなかった。
人生初のアジア旅行という名目が、旨味成分として加味されていたのだろうか。
それとも私が単に味覚音痴なのか、どちらかに違いない。
独り暮らしを始めるまでの私は、
キャベツとレタスの区別もつかないほど食に対して無頓着だった。
ああ、奮発してビジネスクラスにした甲斐があった。
食事を終えた私は心の中でそうつぶやいた。
背もたれに深く寄りかかり、文庫本を開く。
学生の頃何度も読み返したSF小説だ。
長旅のせいでやはり疲れていたのか
暇つぶしにとわざわざ持ってきていたそれを
私は5ページも読むことなく眠りについてしまった。
まどろみながら見た夢は
幼馴染や近所の子供たちと、公園の遊具で遊ぶ幼いの頃の自分の姿。
当たり前のように将来の夢がお嫁さんになることだったあの頃。
32歳になるこの歳まで私は、伴侶を探そうとしなかった。
周囲には独身でいる訳を
仕事が忙しい所為で出会いがない、と理由付けて誤魔化していた。
今となっては幼馴染が忘れられないのか
単に新しい出会いが億劫になってしまったのか、それすらもわからない。
夢の中で幼馴染の名を呼ぶ私。
幼馴染は振り向き、少しはにかんで手招きをする。
「真咲ちゃんもこっちにおいでよ」
幼い頃の私は、嬉しさを隠しきれず笑顔で祐司に駆け寄った。