夜明け前、一番暗い時間に(後編)
◇
樹とかりんは、栞の家に戻る道すがら互いの持つ情報交換をしていた。
「オジサンの話を聞いてイマイチ納得できないところがある。栞は自分が仲間殺しの容疑者として疑われている、自分が足手まといだと言っているけど、ボクらはそんなことを言った覚えがないんだ」
「その言葉は信じよう。栞は勘違いをしたんだ。でも、なぜだろう」
「昨日の夕方、私たち3人は学校が終わった後に合流して秘密基地に戻ったんだ。秘密基地といっても恵さんがセーフハウスとして借りている普通のマンションだけどね。最初は何も異常がないように見えた。でも、キッチンでボクらは見つけてしまったんだ。首のない……恵さんの死体を」
深夜、郊外の道を歩くオジサンと体操着の女子中学生。他人が見たら何だと思うだろう。それに真冬だというのに、この子はそんな服装で寒くないのだろうか。そんな疑問も、次から次へと明かされる衝撃的な事実を前に忘れてしまっていた。
「首のない死体だって!?」
「そうだよ。首から上は見つからなかった。でも、あれが恵さんだったのは間違いない。確かに恵さんの服を着ていたし、恵さんの綺麗な爪、指。ボクが間違うはずがない」
「その……恵さんの遺体は今どうなっているんだ」
「消えてなくなってしまった……。ボクたちが恵さんを見つけて少し経ってからかな。突然、耳をつんざくような不快な音がしたのだ。そうしたら突然、恵さんの体が砂糖細工のようにどろどろに溶けてしまった。恐ろしい光景だった。栞がアレを見なかったことは良かったと思うよ。そして、続けざまに何か破裂音のようなものも聞こえて、ボクらはそれが敵の攻撃だと気付いた。ボクの知らない全く未知の攻撃だ。ボクらは秘密基地を後にして、とにかく距離を稼ぐことにした。幸い、それ以上敵は追ってくることはなかったんだけど」
「栞が言っていた仲間殺しというのは、その恵さんのことなのか」
「それしか思いつかない。確かに恵さんの首は鋭利な刃物で切断されていた。その傷跡から栞のナイフを連想することは簡単だ。でも、それはあまりに短絡的だし、他の可能性だっていくつもあるんだよ。だいいち、そのあと、ボクらは他の仲間に連絡を取ろうとしたけど取れなかったんだ」
「君たちは3人だったんだよな。ナツという子は今どこに?」
「うん、それはね。ナツは騎士王という人の派閥に属している。ナツはその伝手を辿ることにした。そのときは、まだ厄介な災夢が現れた程度にしか思ってなかったから、すぐに応援を呼んで戻るといったナツをそのまま送り出してしまったんだ」
「ナツって子は大丈夫なのかい」
「何度か連絡があったよ。彼女の方は問題ない。ボクと栞は朝まで警戒して一緒に居たんだけど、夜が明けたので別行動を取ることにしたんだ。災夢は、夜しか活動しないからね。一人になったボクは、とにかく他の仲間に連絡を取ることに専念して何とか友人の一人と電話をしたのだけれど、そこで事態の異常さに気付いた。どうやら、魔法少女同士の内紛のようなことが起こっていて仲間同士が殺し合っているみたいなんだ。今はとにかく派閥の仲間同士寄り集まって安全なところに籠っているのが一番だと、その友人は助言をくれたんだけどね。そういうわけで味方の救援は期待できない。ボクは栞にとにかく自分の身を守ることだけを考えろってメールしたんだ。ボクには師匠のところに行くって手段もあることは説明したよね。けれど、ナツが派閥と話しをつけてくれたらボク達3人揃って匿ってもらおうと考えてはいるんだ」
「仲間殺しがいると、足手まといになる。栞がいると匿ってもらえない。栞はそう考えたということか。君たちがと別れた後、栞は警察に補導されてしまった」
「そんなことは普段は絶対ないことだけど、恵さんの死を見て動揺してしまったんだろうね」
樹の疑問は深まった。かりんの話をいくら聞いても、栞の行動を説明できない。それに、彼女たちを襲った敵は今どこにいるんだ。
その答えは、もう一人の魔法少女の行動にあるように思われた。
「警察から解放された後、栞は君たちと合流するためにあの雑居ビルに行ったみたいなんだ。そう指示したのはナツ君からのメールだよ。おそらく、そこで君たちが自分を疑っていると勘違いした」
「まずいよ。まずい。ボクはそんなメールは知らない。栞はいったい誰と会ったんだ。いや、それだけじゃない。ナツの携帯電話は、いつ奪われたんだ。ボクが騙されていたってこと?」
そんな会話をしているまさにそのとき、樹の持っていたクローン携帯電話がメールを受信した。
「発信者:藤壺宮 南月
件名 :今すぐ来てください
本文 :栞、大変なことが分かりました。今すぐ来てください。
かりんには絶対に連絡を取らないでください。
彼女は利用されているのかもしれない。
私たち二人だけで作戦を考えないといけませんわ」
「これって……」
敵が仕掛けてきたのだ。栞はこのメールを読んだのだろうか。
思考の猶予も与えられず今度は、かりんの電話がなる。
「ナツからだ……」
不安そうに俺の顔を覗くかりんに、俺は黙った頷いた。
「もしもし、ナツ。どうしたのだ」
「「かりん、直ぐに来てください。敵を追い詰めたんです。栞も一緒ですわ」」
それが嘘であることは明らかだ。問題はこちらがどう対応するかだ。
「わ、わかったよ。ナツ。今すぐ行くのだ。」
「「お願いします。電話はこのまま繋いでおいてくださいましね」」
樹は、かりんにそのまま繋げておいて欲しいと合図を送ると、自分の携帯電話を確認する。そこに表示されたのは地図と明滅する点。
(栞が移動している)
樹は、栞の携帯電話に発信器を付けていたのだった。雑居ビルにいる彼女を見つけることができたのも発信器のおかげだった。
樹は、かりんに受話器を塞がせると、今度は自分の携帯電話を鳴らした。
「もしもし、俺だよ。樹だ。樹って誰だって? 俺だよ、俺。オジサンかって? いや、俺はオジサンじゃないけど、そのオジサンだよ。ああ、面倒だ。かりん君とは合流できた。君の所に届いたメールのことも知っている。事情は俺が全部説明してやる。今すぐ合流しよう」
ナツから栞に届いたメールは山手の建設中のホテルへと誘導していた。
ナツからかりんへの電話は、港の倉庫街へと誘導している。
二カ所は全くの反対方向である。
「この声は間違いなくナツの声だ」
かりんは言う。しかし、それだってあてにはならない。敵は魔法少女なのだ。
(古典的な攪乱工作か)
敵はこちらを分断しての各個撃破を狙っているようだ。
それはつまり、両者にそれほどの戦力差がないことの裏返しだ。
「ナツ君が今どうなっているか分からない以上、逃げるという方法はないな。これからみんなの命をテーブルに載せて危険な勝負に挑んでもらうことになる。みんなが助からないと誰一人幸せになんかなれない、そう思うからだ。帰るときは絶対みんな一緒だ」
かりんは少し感心した風に樹を見つめる。
「オジサン。張り切っているところ悪いけど、戦闘に関してはボクらの方がプロだからね。あんまり無理はしないで欲しいのだよ」
「はっきり言わせてもらうが。俺はオジサンなんかじゃないぞ」
いよいよ、戦いが始まる。




