表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

夜明け前、一番暗い時間に(前編)

章 夜明け前、一番暗い時間に


 魔法少女であるという衝撃的な告白の後であるが、栞はそれ以上の説明をするつもりは無いようだった。家に帰ることには了解し、なんとか家に辿りつくと倒れるようにして眠り込んでしまった。


(魔法少女と言われも、どういう仕組みなんだよ。具体的な能力は? どうやったら魔法少女になれるんだ? 俺も魔法少女になれるの? 何が目的なんだ? あの化け物みたいな奴はどこからやってくるんだ? 早く設定を把握しないと俺死んじゃうんじゃないか?)


 正直、樹の頭の中は疑問符だらけで、直ぐにでも彼女を質問攻めにしたくてたまらなかったが大人である以上、紳士の振る舞いを忘れてはいけない。

 

 樹と栞は、この日が初対面だったのだが二人の関係は少々特殊だった。

 樹は、栞の叔母から後見人代理として彼女と同居して家族として過ごせと命じられていたのだ。

 栞は両親を失ってからずっと一人で生活していた。最初の3年間は寮生活だったが1年前、突然生家に戻るといい、自分ですべての手続を済ませ今いる家に移っていた。

 家といったが、四方を生垣に囲われ、温室のある大きな庭やプールが敷地内にある屋敷である。中学生一人で生活するには広すぎるし、実際、屋敷の中は最低限のメンテナンスが施されているだけで生活感というものが感じられなかった。かろうじて彼女の部屋には女子中学生らしい家具やら小物で溢れてはいたが、やはり彼女がここで毎日を過ごしているという空気は感じられなかった


(魔法少女の仕事が忙しいってことなのかな)


 自分で言っておいて頭が痛くなる台詞だが、そういうことなのだろう。

 栞の叔母は最近になって『不良の真似事を始めて困っているのよ』と親代わりを探し始め、そしてなぜだか樹に白羽の矢が立った。いきなり顔も知らない女子中学生の親代わりになれという無茶苦茶な無理難題を押し付けられたわけだが、それでも栞の叔母は樹の恩師でもあったので拒否することなど考えさえしなかった。

 栞は学校には真面目に通っていたし、成績も優秀。特に問題らしい問題はなかった。それが昨日突然警察に補導されたという連絡が入り、急遽予定を早めて駆けつけたのだった。

 状況から推測すると彼女は1年前に『魔法少女』になり夜な夜なお勤めをこなしていたということになる。

 『よかった、栞ちゃんは不良なんかじゃありませんでしたよ』と無事に叔母には報告できるが、それどころじゃない。

 『でも、彼女は魔法少女で、しかも仲間が殺されてその容疑者として疑われているんです』なんて言えるわけがない。


 樹は次の決断をした。栞を一人眠らせておくことは不安であるが、彼女のそばにいてもできることはないだろう。栞が心の底から死を望み魔法少女の力をふるえば、樹の手の届かないところに行くことは容易だろう。それだけではない。栞たちの命を狙う存在に抗う力を樹は持たない。今ここにいるべきなのは栞の仲間たちなのだ。

 仲間をここに呼ぶことを栞自身が忌避しているのだとしても、樹がすべきことはそこにある。


 樹は警官から栞の所持品を返還してもらう際に密かに携帯電話の全てのデータを抜出しクローン電話を一台作製していた。思春期の女の子相手に、こんなことがばれたらタダでは済まないだろう。

 しかし、樹も男である。女の子が嫌がることは面白いに決まっている。仕事のために必要とあれば容赦はしない。

樹は、栞を部屋に寝かせるとさっそく携帯電話の中に秘蔵されたデータ群から彼女の交友関係を調べた。

 なお、樹に知る由もないのだが『魔法少女はトラブル防止のためSNSやブログ類の利用を禁止されています』(魔法少女のしおり55頁)ということで栞はそのようなものを利用していない。

 件の親友はすぐに特定できた。彼女たちは日課のようにお互いの写真を撮っていたので、すぐに顔と名前を把握することができた。膨大な写真はそれだけの時間、彼女たちが一緒にいたということの証明でもある。手作りのパンケーキ、道端に咲く小さな花、ウサギと戯れる少女たち。どれも樹の生きていた世界にはないものだ。そして、その何気もない風景から恥ずかしくなるくらいに幸せそうな気持ちが伝わってくる。


『蜂屋敷かりん』 『藤壺宮 南月』 『恵さん』


 樹が目を付けたのは三人のうち蜂屋敷という少女である。栞とのメールのやりとりも群を抜いて多かったし、なにより金髪で体操服という奇抜なファッションから見つけるのが容易いと思ったからだ。


 とりあえず、樹は自分の携帯電話から栞の親族だと正直に名乗ってメールを送ってみたものの案の定返事はなかった。

 蜂屋敷という少女は調べれば調べるほど、どうやらかなりの有名人だということが分かってきた。彼女は『希望ヶ丘ハニカム』というインターネット番組を配信していた。彼女が自作の映像を流しながらコメントをするというシンプルな構成であったが、そこで扱われる情報はかなりの多岐にわたる。希望ヶ丘市のグルメ情報やデートスポットの紹介という身近なものからアニメのカルト的クイズ、都市伝説の真相解明、国会議員の汚職追及と思いつくままの話題を取り扱っているように思えた。

 番組中では仮面をかぶっている彼女だが、金髪のベリーショートという髪型と冬でもブルマの体操着という奇抜なファッションでいつも街をうろつきまわっていることから、この街で知らない人がいないほどの有名人らしい。街をうろついているのは彼女自身の取材活動という側面もあるが、同時にこの街の至るところに彼女の情報提供者がいるということだ。純粋に彼女のファンであったり、彼女という媒体を利用しようとする者であったり、ただの金目当ての輩もいる。

 樹は何人かの情報提供者と接触に成功し、何通りかの連絡方法を手に入れることができた。

 樹は手に入れた連絡先をどうするでもなく,ぼーっとこれを眺めていた。


(可愛い女の子と友達になるには追いかけるばかりが能じゃない、アイツっていってたなぁ)


 大学時代の友人の言葉を思いだす。

 時刻は午前3時を迎えようとしていた。

 鳴り出したのは、樹の携帯電話だった。

   

 ◇


 そして真夜中の廃工場、樹は畳の上で正座させられていた。

 懐中電灯の頼りない灯だけが、そこにあるものの姿を露わにする。大きさは学校の体育館ほど、もう数年は人の管理を離れている様に見える。金目のものはすべて運び出されており、僅かばかりの錆びた機械と使いようのない廃材だけが取り残されていた。コンクリートの床は泥と礫に汚れていたが、中央にぽつりと真新しい3畳の畳が敷かれていた。


『廃工場の畳で正座してマテ』


 樹の携帯電話の液晶画面には奇妙な指示が映し出されている。

 樹はこの奇妙な指示と工場の位置を示す地図データを受けった。

 覚悟を決めて静かに座して待っている。


(用心もほどほどにしてそろそろ出てきておくれよ)


 過ぎた時間は数分とも数時間とも思える。

 樹は靴を脱ぎ畳の上に正座をして、震えながらひたすらお目当ての少女が来るのを待った。


「君は誰なのだい」


 工場に澄んだ少女の声が響く。樹は慌てて懐中電灯の灯を走らせるが少女の姿を補足することができなかった。


「それが哲学的な問いかけだったらごめんよ。つまらない答えだけど俺の名前は貴宮樹。影咲栞の親族だ」


「はじめまして。ボクのことを探しているみたいだね」


「蜂屋敷かりんちゃん。君は栞の親友だね」


「答え合わせより、オジサンがボクを信用させる方が先かな」


 また、オジサン扱いである。スーツの上に黒いトレンチコートという服装が悪いのだろうか、樹は思った。しかし、そんなことより大事なことがある。

 少女は核心部分には触れようとせず、ただ曖昧な応答を繰り返すだけだ。しかし、そんな腹の探り合いをする時間はない。


「栞は魔法少女だ。そして君も。俺は栞を助けたい」


「魔法少女? 面白いこと言うね。それから、それから」


「君が警戒するのもよく分かるけど、駆け引きするつもりは無いんだ。頼むから姿を見せてくれないか」


 錆びたタンクのような機械の陰,金髪の少女が現れた。

 と同時に彼女の手からパァと強い光が照らされる。少女の姿は逆光に紛れ込んでしまった。


「俺の知ってることは全部言ったよ。俺には何もわからないんだ。魔法少女のことも、今何が起こっているかも。今すぐ一緒に来てくれ」


「オジサンがボクたちのことを知っているってことは、栞に変身する必要があったのだね。栞は大丈夫なの?」


「とりあえずは大丈夫だ。ネズミの化け物と戦ったけど怪我一つしていない」


「レミングかな。だったら栞が後れを取るようなことはない。安心だよ。栞はボクなんかよりずっと強いんだ。もし、逃げるなら彼女一人の方がずっと有利なはずなのだ」


「違う。違うんだよ。栞は……彼女は死のうとしたんだよ。自分が足手まといにならないように」


 樹の言葉にかりんは激しく動揺した。腕の力が抜け、樹を照らしていたライトは彼女自身の足元に向けられた。


「何言ってるんだよ。そんな馬鹿な話があるもんか。なんで栞が死なないといけないんだよ。訳が分からないよ。なんだよ……なんだよ、それ」


 樹は、かりんのもとに駆け寄り両肩をつかんだ。

 樹は少女が栞より一回り小柄なのだと知った。


「魔法少女ってなんなんだ。君たちは誰から逃げ回っているんだ。他の仲間とは連絡が取れるのか。全部教えてくれ。そして、今すぐ彼女のところに」


「うるさい。うるさい。情報が足りないんだ。情報が」


 かりんは樹の手を振り払うとぶつぶつと自問自答を繰り返す。


「……どうすればいい。情報が足りない……」


「かりんちゃん。俺の方を見てくれ。俺の質問に答えてくれ。俺にできることはないのか」


「状況がやばいんだ。オジサンは何もわかっちゃいない。僕だって二人を死なせたくなんかない。でも今の僕にできることはないんだ。隠れてやり過ごす。これ以上の方法なんて思いつかない。せめて敵の能力さえわかれば……」


「方法なんて思いつかなくていい。今すぐ来てくれ。そして、俺や栞と一緒に考えてよう」


「そんなことに意味があるもんか。データが無ければ、答えなんて出るはずがない」


「意味はある」


「あるもんか。リスクが増すだけだ。今は個別に動いて少しでも情報を集めることが……」


「もう一度言うよ、意味はある。だって、君自身が今すぐにでも栞を助けに行きたいと思ってるじゃないか。自分自身の心に正直であることに意味がないというのか」


「違う……ボクは無力だ。ボクはボクができることをするだけだ……」


 彼女はポケットから携帯電話を取り出した。

 そこにはこんな文面が表示されている


『ディア・デパートメント


 私はあなたの才能を高く評価している。

 ラボにはあなたの席を用意してある

 席は一つだけ

 おとなしく迎えを待ちなさい 』


「これは、ボクの師匠からだ。実はね。僕は悩んでいたんだよ。自分だけ助かる。そういう選択肢もあるんだってね。僕のテリトリは情報分析だ。情報を集めて、繋げて、最も割のいい方法を見つける。損得勘定がボクのすべてさ。

外の仲間たちとの連絡はほとんど取れない。でも、わずかな情報からでも何が起こっているかは予想ができる。仲間同士の殺し合い。仲間同士、それも過去形なのかな。まったく、原因も動機もボクの理解を超えているよ。でも何が最善の方法かくらいはいつも通りの手法で割り出せる」


 樹は黙って小さな少女の言葉を聴く。


「栞はいつも自分を落ちこぼれのように言うけど栞の戦闘術にはセンスを感じている。それだけじゃない。彼女が誰よりもがんばり屋なのを知っている。ナツは言うまでもない。同期の中でもトップ・クラスの評価を受けてる。流石は『死せるモノたちの女王』の妹だって。騎士王の再来という人間だっている。本当の役立たずが誰かってことはボク自身が一番分かっているんだ。ボクの体術じゃあ、あのレミングだってうまく捌けるか自信がない。栞はずるいよ。卑屈さと謙虚さは違うんだって、教えてやってよ」


 少女が最初に見せた不敵な姿はもうなかった。

 彼女も一人の戦いに憔悴しきっているのだ。


「ボクの助けなんて本当に必要なの。ボクは指揮官の物まねはできるけど、ボクができるのは選択肢を提示することだけだ。選択の結果、人の生死に責任なんて負えない。ずるく立ち回ることでしかボクは自分の居場所を作ることができない。栞のことはナツに頼もう。ボクはボクの居場所に戻ることにするよ。卑怯だと好きなだけ罵っていいよ。臆病だと言っていいよ」


「いいたいことはそれだけか……ガキの愚痴くらいはいくらでも聞いてやるって言ってるんだよ。話が終わったんならさっさと行くぞ」


 樹は再びかりんの両肩を掴み、その目をじっと見つめる。


「なんだよオジサン。ボクの話を聞いてたのかい。愚痴なんかじゃない。これはボクの分析だよ。現実なんだよ」


「違う、そんなものは現実でもなんでもない。今の言葉を栞が信じるとは思えない。だから俺も信じない」


「……ふふふ。栞は馬鹿だからね……」


 かりんの顔が一瞬緩んだ。


「なぜ、打算家を気取ろうとするんだ。君は伝えるべきだ。自分は損得勘定で動く人間じゃないってこと。親友の辛い顔は見たくない、そのためだけに命を懸ける人間なんだって。栞はそんなことは分かっていると思うけど、だったら、ちゃんと分かってるって言ってくれって栞に言えよ」


 かりんはしばらくの間、ばつの悪そうに黙り込んだ後、吹っ切れたように樹を見据えた。


「分かったよ。今すぐ栞のところに行こう。オジサンには悪いけど、栞にはキツイ一発をお見舞いしてやるんだ。栞がそこまで馬鹿だとは思ってなかったってね。悲劇のヒロイン面はカッコ悪いよ。ボクはこんな恰好をしているけれど、案外おせっかい焼きの激情家なのだ」


「俺には最初から仲間思いの女の子しか見えていなかったけどね」


 樹は初めてかりんの顔を見た。化粧気のない栞と違って、バッチリとメイクをして顔を飾っている。髪の毛は金色に染めていて、大人を相手にしても全く動じる様子がない。しかし、その正体はやはりただの女子中学生だ。


「ところで、俺の靴を返してくれないかな」


「あ、気付いていたの」


 畳の外は礫だらけで、靴を脱いでいた樹の足の裏はボロボロだった。


「畳の上に正座させたのは靴を脱がせるためだね。ここじゃあ靴が無ければ10メートルもまともに歩けない」


「用心てほどのものじゃないけどね。ボクみたいな可愛い女の子はそれなりに自分の身を守る方法を知っておかないといけないのだよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ