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幕間劇  「白と青」 (後編)

 「僕たちは、多くの仲間を失いすぎた。そして同時に勝ちすぎた。『もっとも古き龍』の一派、もちろん奴らだけが災夢じゃない。でも、僕らの力は奴らとの戦いに注がれてきたんだ。ずっとずっと。その戦いがやっと終わった。そんな僕たちに、せっちんは何をさせようっていうんだい? もう世界は変わってしまたんだ、どう変わったかはまだ誰にもわからないけれど。一時の休息さえも拒絶して、せっちんはこれ以上何を望むんだい。僕たちの命をもう一度犠牲にして」


 一瞬、『判事』の顔から表情が消えたように見えた。

 騎士王は何一つ『判事』に伝えてはいなかった。しかし、彼女の言葉は騎士王の心の内を見透かしていた。

 騎士王は躊躇うことなく答える。


「181人の命」


 騎士王に苦悶の表情がよぎる。


「その意味は分かっているつもりだ。私たちは彼女たちの名前を忘れないだろう。だが、彼女たちの犠牲が何のためにあったか、それもまた忘れてはいけない。世界は変わってなんかはいない。私たちは戦い続けるしかない。災夢をすべてこの世界から消し去るその日まで。そうしない限り意味がないんだ。すべての戦いの終わり。それだけが私たちの使命の終わりだよ。そうでなくっちゃいけないんだ。いずれまた災夢はその数を増やす。終わらせるには今しかないんだ」


 騎士王は掴みかかろうかという勢いで『判事』に迫った。しかし、『判事』は動じない。


「僕たちは傷ついている。肉体的にも、精神的にもね。それは忘れないで。」


そ ういうと『判事』は緊張を解いて、再びおどけた様子で話を続ける。


「おっと。僕が話しているのは、僕の意見じゃないよ。そこを勘違いしないでね。僕には意見なんてものは存在しないんだから。でも、せっちんに対して当然にぶつけられる批判なのだよ。せっちんの『正しさ』よりもずっと受け入れるのが簡単な『正しさ』といえるかもしれない。これはこれで厄介なものさ」


 しかし、この目の前にいる王は、戦場でも議場でも常に勝利を手にしてきた。根回しなし、取引なしの本番勝負。それでも、彼女が見せる絶対的な自信と天性の直感力が、『賢人会議』の微妙なバランスの中で勝利をもたらしてきた。彼女の声は再び魔法少女たちにの心を奮い立たせるかもしれない。

 しかし、騎士王の感じている違和感はその先にある。

 『判事』は少し悲しげな、しかし優しい眼差しで騎士王を見つめる。


「せっちんには帰りたい場所があるんだよね。いや、帰したい場所かな。せっちんはいつも優しいね。僕たち魔法少女全員を帰してあげたいんだ、私たちが元いた場所に。でもね、帰る場所なんて本当にあるのかな。魔法少女なんて存在は正直いってマトモじゃないよ。僕たちはもう歪んでしまっている。あるべき思春期の女の子からは逸脱してしまっていて。でも、それは悪いことなのかな。違うよね。せっちん自身そんなことは全然思っていない。今ある僕たちが僕たちだ。」


 『判事』は笑顔を作る。


「もしこの戦いが終わったら、僕たちはどうなるんだろうね。『終わり』じゃない。『次』だよ。せっちんは僕たちに『次』を語らないといけない。」


 いつのまにか《判事》は浮遊するクッションの上にバランスよく直立していた。その言葉には熱がこもる。


「僕は公平を愛する。多数決を愛する。せっちんは、あの会議室で4人の賛同者を得る必要がある。もし、それができたのなら、僕は喜んで6票目を君に捧げるよ」


 騎士王が勝利すれば、きっと彼女たちはこれまで通りだ。

 それこそが『判事』の望む筋書なのかもしれない。

 ヒイラギ作戦によって生じた動揺は予想よりもはるかに深刻に広まっている。

『終わり』ではなく『次』。『判事』は自らの言葉を反芻するたび心の奥底で恐怖の感情が湧きあがるのを感じた。それは理解できないもの,未知のものに対して抱く恐怖であった。

 予想するにもあまりに変数が多過ぎる。

 僕達はずっと一緒だったはずなのに、一つの終わりの向こう側を考えるだけで何もわからなくなる。僕達はこんなにもバラバラだったのか。


 『判事』の脳裏に賢人会議のメンバーたる十賢人の顔が浮かぶ。騎士王の勝利の可能性は確かに存在する。それは彼女にとって最も望ましくない方法かもしれない。どんなキワモノとも個人的な感情を抑えて接することができる騎士王だが,ただひとり彼女には嫌悪の顔を見せるのだ。だが,『判事』には分かる。二人は互いに正反対の存在であると思っているけれど、二人の理想とするものは似ている。互いが互いを補完することでそれは初めて実現可能なものになるはずだ。

 しかし、不幸にも『判事』はそれを口にすることはできない。

 彼女は自らに裁定者(ジャッジ)の使命を課した。彼女が公平中立性を放棄することはすなわち魔法少女たちの規律(ルール)を破壊することになりかねない。

 『もし、せっちんが僕の心を読み取ることができたのなら』とそう願うことさえ許されないのだろうか。


「みい。はじめは10人だったね。災夢を滅ぼすには力がいる、もっと仲間が必要だと願ったのは私だ。」


「違うよ。僕たちだ」


「そうだな。私たちだ。私はその判断が間違っていないと思う。そして、魔法少女たちの誰一人として、自分の意思に反してこの戦いに身を投じてはいない。それも信じている。それでも、誰かが責任を取らないといけない。誰かが戦いを終わらせて、それぞれの人生に戻してやらなければならない。」


 その頃には騎士王の顔からは迷いが消えていた。胸騒ぎの正体がいよいよ掴めたからである。自分は魔法少女という存在を葬り去ろうとしているのだ。彼女が今まで10年間正しいと信じてきた結末、それは誰かにとっては受け入れがたいものなのだ。これから起こるのは、意見の対立などではない、誰もが誰かの敵になるということ。その先あるのは互いの存在の否定。すなわち……

 二人の会話は終わろうとしている。『判事』の思いは伝わらないだろう。それはもう十年間変わらなかったことだ。騎士王は己が正義に忠実すぎる。そして『判事』もまた、自らの正義を捨てることはできない。

 一度別れてしまえば、もう二度と一つには戻れない。


「みい。気を付けろよ」


 騎士王は最後にそう言った。

 『判事』は一瞬何かをいおうとしたが、その思いを打ち消した。彼女が黙って手を振ると訪問者は静かに姿を消した。

 一人になった部屋で主はつぶやく。


「大丈夫だよ。せっちんが仲間を守る技に長けているように、僕は僕自身の身を守ることに関しては自信があるんだ。でもね。今回だけは、それが逆であればよかったと思わずにはいられないんだよ」


幕間劇 「白と青」 終


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