聖夜の魔法少女(後編)
魔法少女たちの力の根源は人々の見る夢だという。
そして、栞たちの敵である災夢もまた人々の夢から生まれたものらしい。
目的のマンションに着くころには、3人ともに魔法少女のコスチュームに変身していた。『指輪を胸の前に構え、魔法の合言葉「イマジナリィ・パワー・ドリーム・セット・アップ」と唱えると、わずか0.1秒で魔法少女に変身できる』と恵さん作成『魔法少女のしおり』18頁に書いてある。省略可能と注意書きがあるので最近は省略しがちだ。
栞のコスチュームはすでに述べたようにセーラー服をモチーフにしている。
「シャッテンノルム(影の規範)」というのが彼女のコードネームだ(『魔法少女はお互いをコードネームで呼び合うこと』『魔法少女のしおり』20頁。これもあまり守られてはいない)。
かりんは黄色と黒色を基調としたベレー帽とボレロ、黄色と黒のストライプのスカートの下には大きく膨らんだパニエといった装い。彼女の名前にもある蜂をモチーフにしたコスチュームだ。普段の奇抜なファッションとは正反対に魔法少女としてはスタンダードなデザインといえる。背中には可愛い羽が4枚付いて、本人の意思でブルブルブルと振動させることができる。ただし飛行機能はない。
彼女は肩に革製のカバンを下げていて、いったい何に使うのか一升瓶が3本まとめて収納されている。変身をしても私服の際と変わらず両手でタブレット型端末を操作している。
彼女のコードネームは「デパートメント(諜報部)」。栞たちは希にデパートさんと呼んだりする。どうにも『情報の百貨店』といったニュアンスで理解されてしまっているが、語源はインテンジェンス・デパートメントである。
ナツは全身銀色の甲冑を纏う騎士がモチーフである。兜のようなものは被っておらず、代りに額冠をかぶっている。他の魔法少女同様に太ももが露わになっていて、脚甲の内側に伸びる革製のガーターベルトだけが肌を覆う。右手には繊細な装飾が施された細身の長剣。左手には鏡のように表面が磨かれた丸みを帯びた五角形の大盾が握られていた。
コードネームは「スターリングシルバー(銀の五芒星)」。
数十倍に拡張された視力がマンションの外壁にへばりつくほとんど透明の怪物を捕える。災夢は普段この世界に並行する別次元に棲息している。別次元にいる災夢はこの世界から影響を受けることも影響を与えることもないのだが、彼らは人間の夢や未来といったものを糧をしており、これを捕食するときに限り我々の世界に顕現する必要があるのだ。先ほど、かりんが察知したような2%という顕現率であれば、ほとんどもやのようにしか見えない。25階建のマンションの丁度、真ん中あたりにうっすらとへばりついている。
その姿はイカの足を持つヤドカリといったところか。外壁一面にめいっぱい吸盤の着いた足を広げ、背中に背負った貝殻からウミウシのような頭を生やしていた。その動きを見ているだけで粘液の絡みつくネチャネチャという音が聞こえてきそうだ。一本一本の足の長さは優に10メートルはあり、胴体部分だけでも路線バスほどの巨大さである。
「あれはクラーケン・タイプなんだよ。カテゴリ・ビーストのAランク。大海原へと冒険に出ようとする者たちを無残にも屠る者。人々の冒険心を捕食し、既知の世界という牢獄に閉じ込めようとする存在だそうよん」
かりんは瞬時にデータベースから対象のデータを検索する。
カテゴリ・ビーストとは3つある災夢のカテゴリの一つで災夢の中ではもっともありふれた存在である。ほとんど本能だけで行動し獣並みの知能しかないことから名づけられたらしい。そしてAランクとは、その中でも最も危険な存在であることを表し、複数人での対処が義務付けられていた。
Aランクとの戦闘はこれまでに数度だけ。どれも結果は辛勝である。3人での対応を想定していた中でほぼ最悪の相手だった。
(フルパワーで30秒は稼げるよん)
(6秒で接敵、18秒で撃破。6秒余る計算ですわね)
(大丈夫。私がきっと倒して見せる)
この程度の打ち合わせであれば言葉はいらない。
聖夜は家族団欒の時間だ。あのマンションに灯る一つ一つの明かりに、それぞれの家族がある。それを邪魔する災夢を許すわけにはいかない。
3人でこの敵を倒す、その意思は一致していた。
まず、かりんが動く。
カバンから放り投げた一升瓶は次々と破裂したが、中からこぼれ出るはずの液体は地面に落下することなく無数の破片に分かれ宙に浮いていた。
やがて、それら液体の一片は半透明の蜂の姿をとり群れとなって敵に放たれた。
それが、作戦開始の合図である。
『百薬の長』。
アルコール類の化学的性質を自由に変化させる固有魔法である。
補助プログラムの力を借りればこのように小型ロボットのようにして操作することも可能となる。
『珪素の帝国』で再現されたは固有魔法はオリジナルと比べればお粗末な能力でしかないが、この焼酎で作られた蜂たちは、かりんの頼れる忠実なしもべであった。
かりんが端末を操作する。クラーケンの目前で3分の1の蜂が破裂し、不透明の紫の霧となり、霧は瞬く間に拡散して周囲に充満する。この霧は可視光線はもちろん、特殊なエネルギー波を乱反射し、災夢の持つ魔法的な視覚さえもシャットアウトする。
ナツはクラーケンの真下に移動していた。真上を見上げ、霧の薄い部分を確認すると外壁の凹凸を巧みに利用して、一気にクラーケンのいる高さまで飛び上がる。
1、2、3、4。振るう剣撃のすべてが的中。所詮は10本ある足の1本。ダメージは微々たるものである。しかし、攻撃を受けたクラーケンの姿は一般人の肉眼でもはっきり見えるくらいハッキリとしたものになっていた。すべての魔法には2つの平行する世界の境界をあいまいにする性質がある。魔法少女が魔力を行使することにより、災夢を強制的に顕現することができるのである。
災夢の大部分をこちらの世界に引き込んではじめて、魔法少女は災夢を滅ぼすことができるのだが、それは同時に災夢のもたらす危険をこちらの世界に引き込む行為である。
クラーケンは平然と壁に張り付けている足のうち3本を引きはがすと、反撃とばかりに白銀の騎士目がけてこれを突き出す。高速で突き出される一撃はさながら鋼鉄の杭のようだ。地面へと落下するナツに向かって三方からの同時攻撃、さらにもう一度。ナツは回避行動に不自由な不利な体勢ではあったが、計6発の攻撃のうち1発だけを盾で受け止めると、何とか残りの攻撃すべてをかわし切り地面へと着地した。
(顕現率90パーセント。これで十分でしょう。)
ナツの着地と同時に、控えていた蜂の群れの第二陣がクラーケンに纏わりつくように破裂する。それは黄色い油状に姿を変え、クラーケンの吸盤から摩擦力を奪う。そうなれば当然、その巨体を支えきることはできず、ずるずると壁を滑るように落下する。
中庭に落下したクラーケンを追って、かりんが移動する。その傍らに栞の姿は見えない。ただ、地面に愛用の木刀がポツリと置かれていた。
ナツは落下してくる敵を迎え討つべく両手に力を込める。両足はしっかりと地面を踏みしめ右手からは華麗な剣の連撃が、左手からはクラーケンの重い一撃をいなす盾さばきが放たれる。
「うおおおおおおおおお」
普段のナツからは想像できないような雄叫び。剣速はさらに増し、クラーケンの足をほぼ同時に8度切りつける。肉のようなものがごっそりと抉られていく。確かに手ごたえはあった。しかし、この化け物にとって足の一本や二本はいくらでも替えが効くものなのだろう。
地面に着地したことにより、クラーケンもまたすべての足を自由に使うことができるようになった。この度は先ほどの倍、6本の足を巧みに操り、目の前の邪魔者を排除しようとする。ウミウシのような顔からは表情は窺われないが、焦りなど感じることもないのだろう。正確無比に一撃一撃を叩きこむ。紙一重でなんとか躱すことのできた攻撃も、ナツの体に強烈な衝撃を与え、少しづつ体力を奪っていく。盾が、鎧が、純粋な力の作用によって変形していく。剣技、体術そのすべてを費やしても避けきれない攻撃がいよいよナツを襲う。
「まだまだぁ!」
わき腹に一撃。右肩に一撃。激痛。骨が歪んだようにも感じられる。声を張り上げ、気合いを入れなければ意識をもっていかれそうだ。
「これで最後だよ、あと10秒、せめて6秒だけでも持って頂戴だよ」
駆け付けたかりんは最後の3分の1の蜂に突撃の命令を与える。
クラーケンの体躯にぶつかった液体は、緑色の粘性ある物質と変化し、クラーケンの全身に纏わりつき大地へとつなぎとめた。
すべての下僕を使い果たしたかりんには、あとは祈ることくらいしかできない。
だが、祈りもむなしく、それはクラーケンを止め繋ぐ鎖にはなりえなかった。傷ついた足を除いた5本の足はやすやすとその粘体を振りほどき自由を獲得した。
獣並みの知能しか持たぬこの災夢が、この瞬間何を考えたのかは誰にもわからない。しかし、それが勝利の確信だったとしても納得ができる。
5本の足は5本の鉄杭。
たとえ一度そのすべてを躱しきったとして、2秒後にはまた同じ数の攻撃が目の前の長身の少女を襲うことだろう。
1度目の攻撃をすべて受けきったナツだったが、左手の盾が跳ね上げられて大きく宙を舞ってしまう。
息をつく暇もなく次の5連撃がナツに向けられる。
しかし、彼女の顔には余裕さえあった。
「確実に相手を仕留めようとするときほど、その軌道は単調になるものですわ」
ナツは右手の長剣を両手で握り直すと,自分を仕留めようとする災夢の足に向かってこれを振るう。
「八連撃でも足りないっていうなら」
頭上でキラリと鏡が光を反射した。
突然、空中から現れた剣がナツの動きにタイミングをあわせるよう攻撃を繰り出した。
「剣を二本用意させていただきますわ」
挟みこむように打ち込まれる剣の連撃。
無数の斬撃が再度クラーケンの5つの足の肉を抉るとる。
ズタズタに切り裂かれた足は勢いを失ってナツの体に届くことはなかった。
獣であるクラーケンには何も理解できなったことだろう。
しかし、人であれば突然に現れたもう一人の影、その姿に驚きを隠すことはできないだろう。
そこに現れたのはもう一人のナツの姿だったのだから。
『鏡合わせの相棒』。ナツの固有魔法である。鏡に映る自分自身の姿から分身を作り出す能力だ。今回はナツが放り投げた盾の表面を利用し生み出したことになる。分身は必ず体の一部を鏡面に接していなければならないという制限があり。せいぜい5秒程度しか分身を維持できないが、一瞬でも純粋に2倍の戦力を生み出す強力な切り札といえた。
分身であるナツは盾を拾い上げると、もう一人の自分にそれを投げ渡した。それと同時に分身の姿は消えうせる。
「さてさて。手品はこれでお終い。まだあと5秒くらいはお相手できますけれど。手数ではどうしても負けてしますわね。貴方の場合は足数でしょうけど」
ナツの投げかけるそんな余裕の言葉も災夢は理解できない。彼女は強がってはいるが左足の感覚がない。先ほどの攻撃の際に致命的な一撃をもらったようである。
「そうは言いましたけど、そろそろ私の親友の準備が整ったころですわ。名残惜しくはありませんけれど、お別れの時間です」
もはや酒は百薬の長によるクラーケンの束縛は、ほとんどすべて解かれようとしていた。そうでなくとも次の攻撃が繰り出されればそのすべてを捌ききれる自信はない。
(無様ですけど、無様なりに私の仕事は務めましたわ)
クラーケンは再び突然とあらわれた敵を感知できたのであろうか。
突如、頭上の空間が割け、そこから一人の魔法少女の姿が飛び出した。
黒い影のような少女は、両手に構えた鉈のような二本のナイフをクラーケンの頭上に叩きつけると、一気にその貝殻に覆われた背中を駆け抜け、その背後へと着地した。
なぜこの脆弱な攻撃が自分の生命の鼓動を止めてしまうか、そのようなことを考える暇さえこの怪物には与えられなかった。
その影が動きを止めた時にはクラーケンは頭部から肛門にあたる部分まで一直線に切断され、左右対称の2つの塊に姿を変え、次の瞬間には粒子となって虚空に消え去っていた。
姿を現した影、それは間違いなく「シャッテンノルム」こと影咲栞であった。
『静寂の中の殺意』。これが栞の固有魔法である。
約18秒間、完全に気配を消し相手の認識の外に潜むことができる。そして対象の姿のほとんど全体を見渡すことができる状態であれば18秒後その対象の急所となる一点を感知することができるという能力である。急所への攻撃はほとんど一撃必殺であって、この攻撃が成功し消滅を免れたものは今のところ存在しない。
栞は息を切らし、その場に両手をついた。苦しい。それは肉体的なものではない。目の前で友人がぼろぼろに見ていく姿を見ながらも手を出すことができず、決して外すことが許されない急所への正確な一撃を放たなければならない。その精神的な重圧に栞は耐え続けてきた。
栞は正直に言って自分の固有魔法が好きではない。これは罰だとさえ思っている。まるで暗殺者のようなこの能力は、卑怯者である栞に突きつけられた罪の証なのだと。
「栞」
ナツがいきなり抱きついてきた。
「栞。この木刀は役に立たないのだから、もう持ってくるの止めてなのだよ」
離れた場所にいたかりんも駆けつけてきた。
抱き合っている二人を見つける。
「あ、ナツ。ずるい。ボクにも栞を抱かせるのだ」
かりんもまた二人に抱きつく。
ごめんね、栞はそう言いたかった。ナツは全身酷いけがで足を引きずっていた。それに比べて無傷の自分。でも、ナツがそんな言葉を望んでいないことも分かっていた。だから何も言わない。この二人の前であればそれができた。
「栞にはいつも迷惑をかけますわね」
栞の気持ちを察したのだろう、ナツが口を開く。
「私の友人に30秒は稼いであげると大口叩いておきながら、20秒も持たない誰かさんがいましてね。本当に申し訳ないですわ。」
「うーん。データベースは完全じゃないのだ。今回の戦闘データも反映して……うん……だから……本当にごめん。ナツ、ごめんね。」
「わ……私に謝らなくてもいいのですよ。私は災夢の前にただ立っていればいいだけの仕事なんですから。ただもう少し栞に余裕を差し上げてはと思っただけですわ」
「ナツ……」
「あと、かりんさん。私は、はっきりいってただ突っ込んでいるだけなのです。それは、知るべき情報はすべて貴方が与えてくれると信用しているからですわ。それが私たちの戦い方です。つまり、何が言いたいかというと、目立った活躍をするだけがチームプレイではないということです。だから,その……」
「言いたいことは分かったけど最後まで言ってね。ボク聞きたいから。」
「あなたのことを頼りにしているなんて絶対に口にしませんから、常に頭の中で覚えてくださいですわ」
栞は思った。この二人は最高の仲間だ。自分が抱いている色々な悩み。それに答えはでないけれど、この二人はそんな自分を忘れさせてくれる。二人がいる場所が自分の居場所なのだと。
「それにしても、たった一戦で継戦不能とは情けないですわ」
「1日に2戦は無いと思いたいのだ。次、何か見つけたらすぐに上に連絡しちゃおう。」
「そうですわね。恵さんが帰ってきたら、おいしいケーキを出してもらいましょう。ささやかなお祝いですわ」
「あーそれいいね。」
ああ、楽しい思い出。
なぜ今こんなことを思い出してしまったのだろう。
栞の思考は鈍り、疑問はそのままに意識は混濁へと落ちて行った。




