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幕間劇  「赤と黒」


 『賢人会議』が終了し『白い家』に残る者もわずかになっていた。

 鉄の匂いがする部屋に二人の魔法少女がいた。

 この家の部屋はそれぞれの主の嗜好を反映して奇妙な趣のものが多いのだが、この部屋も例外ではなく独特の異様さを放っていた。

 部屋の四方には無規則に鉄板や鉄骨が積み上げられていた。そのうちのいくつかは鋭利に切り裂かれ、あるものは不自然なまでにねじれ歪められている。それは何かのオブジェのように見え、無価値な残骸のようにも見えた。

 何かの保管場所というにはあまりに無秩序で、何かを生みだす場所というにはあまりに空虚だった。ふさわしい表現があるとすれば、勝者のいない戦場の跡といったところだろうか。


「らしくもねぇ根回しに張りきっちゃったからさぁ、随分と思惑通りに終わっちまって退屈だぁ。ほああああ、本当に眠いぜぇ」


 一人の少女は全身黒ずくめ。露出の多いレザー質の服に極端に短いミニスカートといういでたちで、いたるところに銀の鎖と髑髏を意匠が施されていたアクセサリを身に着けていた。髪は三色に塗り分けられていて、その顔はガスマスクに覆われていた。

 いかにも自己主張の強そうな彼女の名前は『告死天使《モーニング・コール》』。中二病をこじらせたような名称だが、彼女が魔法少女になったのは9歳の時なので、今では彼女自身も随分と後悔していたりもする。

 そんな彼女は『魑魅魍魎の黒』とも呼ばれ、『清掃班』を率いる十賢人の一人であった。


 もう一人の女は随分と長身で、背の低い『告死天使(モーニング・コール)』なら並んでしゃべるには、ほとんど真上を見上げなければならないほどである。

 全身は鍛え上げられた筋肉で包まれ、彼女の優れたアスリートとしての才能を証明していた。

 幸いにも今の彼女の姿はその筋肉美を堪能するには最もふさわしいものだった。

 即ち全裸である。何も彼女が普段から裸であるというわけではなくて、流した汗をシャワーで清めたばかりなのだ。

 彼女は、その姿を気にすることもなく、鉄骨の一つに腰を掛けて、じっと客人を観察していた。

 『天下無双の赤』とも呼ばれる彼女だが、今では多くの者が『龍殺し(ザ・スレイヤー)』と呼んでいた。世界最強の災夢である『最も古き龍』を直接に屠ったのが彼女だからである。


「ミサチーともこれでお別れかよ。ホント、寂しいな。俺たちは180度正反対だけど、それはそれで実はいいコンビなんじゃねーかと思い始めたところなんだけどな」


 『龍殺し(ザ・スレイヤー)』は本名を操といい、『告死天使《モーニング・コール》』はこの同僚をミサチーと呼んだ。

 『龍殺し(ザ・スレイヤー)』は何も答えない。

 二人は個人の戦闘能力では魔法少女の中で1、2を争う手練れという共通点はあったが、基本的な思想から些細な好みまで全く異なり、雑談さえほとんど交わすことがない関係だった。互いにおよそ相容れない存在だという認識では一致していた。だから、『告死天使《モーニング・コール》』が今回の計画に操を誘うことは一種の賭けであった。


「俺様は弱い奴らを殺したい。アンタは強いやつを倒したい。これはこれでなかなか面白いコンビかもしれないぜ。」


 それが1か月前、彼女が『龍殺し(ザ・スレイヤー)』を口説いた文句だった。

命を懸けた誘惑に彼女を駆り立てたのは、『龍殺し(ザ・スレイヤー)』がふと漏らした言葉だった。


「強い敵と戦いたい」


 それは龍を屠った者の言葉とは思えなかった。

 彼女自身、相当の戦闘狂だと自負しているが、それでもあの『作戦』の後となれば、命のやりとりはしばらく御免こうむりたいという気持ちになっていた。


「あの龍よりも強い奴を求めるなんて狂気の沙汰だね」


 彼女は狂った奴が大好きだった。

 10年来の同僚である『龍殺し(ザ・スレイヤー)』は自分などよりずっと真っ直ぐで、求道者的な人間であることは分かっていたが、それでも、あの史上最凶最悪の戦いをもってして満足できないというのであれば、それはもはや強欲というレベルである。

 彼女の同僚に対する関心が、この10年の間で最も高まった瞬間であった。


「あの戦いは、例えるなら九十九手詰めの詰将棋のようなもの。一つの狂いでもあれば我々の勝利はなかったよ。あのような戦いを美しいと呼ぶ者もいるだろう」


 この同僚が皆の前でそのような不満を表明することは決してなかっただろう。死んでいった仲間を前にして不謹慎であったからだ。ふと漏らしたこの言葉は、この同僚の『告死天使《モーニング・コール》』への評価と信頼の結果なのだった。


「あれは……龍の力は『武』ではなく『暴』である。ただ、天に与えられた力を奮っているだけだ。元より人の力が及ばぬものとして生まれ、最強としてただそこにあるだけの者。そして、矛盾しているようだが、ただ人に倒されるためだけに存在している力だ。それは私に求めているモノではない。武とは与えられるものではない。求めるものだ。求め、求め、求め。あるいは手の届かないものかもしれない。私は……」


 龍殺しの女はその先の言葉を飲み込んだ。

 それはあまりに自分らしからぬ言葉と思ったからだ。

 彼女が何を言おうとしたか、誰も知ることはできなかった。

 彼女は、この同僚が戦いに飢えていることを理解したが、本当の意味でその心を蝕んでいる『渇き』に共感することはできなかった。

 ただ、この武人の話を聞いていると何となく昔話をしたくなった。


「俺たちが10人で戦っていたあの頃は最高だった。俺たちは選ばれた戦士だった。今考えても誰が最強でもおかしくない。一人一人が最高の技術を磨き、いつも全力で敵と向かい合っていた……魔法少女もずいぶんと増えちまった。そのせいで能力も、覚悟もない奴が増えちまってる。これは絶対におかしいだろ」


 彼女の持つ『焦り』もまた、『龍殺し(ザ・スレイヤー)』に共感できるものではなかった。

 二人はそれ以上、自分たちを蝕む病魔について語ることはなかった。

 しかし、利害は一致していた。二人の『渇き』と『焦り』は、たとえ人の道を外れようとも、前に進むことを強要することだろう。

 共犯者を得たことで、『告死天使《モーニング・コール》』はいよいよ計画を実行する決断をした。彼女が共犯者を求めたのは、決してその武力や権力を必要としたわけではない。彼女は狂気を、混沌を欲した。人一人の頭の中に納まることなどは容易く綻ぶものである。そう知っていたからこそ、彼女には自分の手の内に収まりきらない大きなうねりが必要だと思えてならなかった。

 そして、前述の口説き文句へと連なる。

 二人の共謀から一月後のこの日、すべての計画は実行に移された。

 賢人会議が行われている間、『白い家』と外の世界とは完全に隔絶される。いかなる人も情報も、その内外を行きかうことはできない。十賢人というリーダーのいないこの時こそ、陰謀にはうってつけの機会だった。

 

「今回の件、俺様が黒幕ってことはすぐにバレるだろうけど、まさか『龍殺し(ザ・スレイヤー)』が共犯なんてことは誰も考えやしないよ。人徳の違いって奴かね」


『龍殺し(ザ・スレイヤー)』は答えない。

沈黙を続ける共犯者に『告死天使《モーニング・コール》』は不満の声を漏らす。


「ミサチー。さっきから黙ってばっかりなんだぜ」


「それはお前が、心にもないことを言葉にするからだ。戯言に付き合うほど私は暇ではない。」


 『告死天使《モーニング・コール》』のマスクの中の表情は読み取れない。

 しかし、この共犯者の言いたいことは理解したようだ。

 戯言、確かに戯言だ。これ以上の仲良しごっこは蛇足でしかない。


「ミサチー。これでお別れの時間だ。俺様はもう行くよ。本当に少しだけ寂しいよ」


 『龍殺し(ザ・スレイヤー)』は口角を上げた。


「本音が聞けてうれしいぞ。だが、私のほうはこれっぽっちも寂しいとは思わない。そんな心はもう残ってはいない。私には救いはないが。お前は違うよ。お前と節子は似ているよ」


 『龍殺し(ザ・スレイヤー)』の態度の豹変。

 武人であればこそ、会話においても相手の虚をつくことを好むのは当然のことだ。

 ここで青桐節子、つまり『騎士王』の名前が出ることは意外だったので、『告死天使《モーニング・コール》』は思わず動揺してしまう。


「なんだよ。俺様のことをなんだと思ってやがるンだ。俺はそんなことを言われて、照れるようなお子ちゃまじゃねーんだよ。俺は自由だ。『騎士王』のような愚鈍な奴とは大違いさ。ふふん。俺様は今から『騎士王』をヤルつもりなんだけどね。あんたはそれでもいいのかな?」


「お前に倒されるならそれまでの存在だったということ。過去を顧みるつもりはない。それよりも意外だな。お前が青桐に拘るとは。私の言葉に動揺したからというわけでもあるまい。灰谷の命令だからとでもいうのか」


 『告死天使《モーニング・コール》』はクククと笑った。


「灰谷の命令? そりゃあ、ねーな。灰谷閣下にはオメデトウだけど。だけど、あいつはオオカミの王にはなれねぇよ。。王冠をかぶった哀れな山羊(スケープゴート)だ。適当に躍らせといて、適当にヤルつもりだ。生かしておいてもいいけどな。どっちでもいい。だが、『騎士王』は別だ。アイツは本物だ。俺が本気で怖いのアイツだけさ。『龍殺し(ザ・スレイヤー)』には弱者は殺さないというポリシーがあるみたいだが、俺様は「強者を殺さない」というルールを持ってるわけじゃねぇ。弱い奴は問答無用でヤルけれど、強い奴だって邪魔者は全部ヤルだけだよ」


 ついさっき自ら『王』に選出した天狼星(灰谷)を評するには随分な言い草だが、その点に関しては『龍殺し(ザ・スレイヤー)』も特に異論があるわけではなかった。

 今回の賢人会議では完全に手玉に取られた『騎士王』だが、それでも最大派閥の領袖であることには変わらない。二人が望むのが、混沌なのだとすれば決して相容れない敵なのだろう。

 『告死天使《モーニング・コール》』は思い出したかのように付け加えた。


「そうはいったが、灰谷も一応『合格』だ。アイツにはいいところが3つある。1つは、忘れてもいいから省略するとして、2つ目。灰谷は見た目も悪くないし、他人には好かれるタイプだ。部下には有能な奴が集まっている。面倒なことを任せれば、こちらは楽をできる。そして3つ目、アイツは何と言っても馬鹿だ。『騎士王』は愚か者だが、灰谷は正真正銘の馬鹿だ。『教授』も金輪祭も本気で灰谷を支えるつもりはない。日を置かずあいつらも灰谷を見限るだろう。しかし、灰谷自身はそんなことには気づかないから面倒なことにはならない。あとは、あの馬鹿が生きているほうが面白いか、死んだほうが面白かだ。」


 『告死天使《モーニング・コール》』は饒舌に語るが、『龍殺し(ザ・スレイヤー)』は関心を示さないようだ。「ミサッチは灰谷には興味なしか」ヤレヤレと首を振る。


「評価という意味では、私はお前よりずっと灰谷を評価しているぞ。しかし、奴は何か一つの物事に心を傾けるということができない性格だ。才能を生かす努力さえすれば、わが好敵手にもなり得るくらいには思っているのだがな。残念だよ」


 必死に修行をする灰谷の姿を思い浮かべ、『告死天使《モーニング・コール》』は思わず失笑する。それは、あの女には最も似合わない姿である。


「うーん。じゃあ、最後に聞いておこう。ミサチーは俺様のことは、どう思っているの」


 『告死天使《モーニング・コール》』はマスクの顔を傾けて、『龍殺し(ザ・スレイヤー)』の顔を覗き込む。


「自分で言うのも恥ずかしいけど、俺様はミサチーさえいなければ問答無用で魔法少女最強かなーっと思ってるわけだけど」


 『龍殺し(ザ・スレイヤー)』も思わず笑みをこぼす。


「私はお前と正々堂々と戦いたい」


「それはいったいどういう意味かな」


 『告死天使《モーニング・コール》』は、とぼけた様子で『龍殺し(ザ・スレイヤー)』の言葉を引き出そうとする。


「お前が正々堂々と戦わざるを得ない舞台。それを用意して、そこにお前を追い込んでやるという意味だ。そこで私がお前を倒す。実にわかりやすいだろう」


 『龍殺し(ザ・スレイヤー)』はレンズの奥に輝く瞳を覗き込んだ。言葉とは裏腹にいまにでも襲い掛かろうとするかのような鋭い眼光である。


「ここで、いきなりミサチーに切り殺されちゃう可能性も0ではないと思ってたんだよね。こわいこわい。ミサチーの気分が変わらないうちにささっと帰るとするか」


 肩をすくめる『告死天使《モーニング・コール》』。


(正々堂々だって。俺様は、最強の駒が何もできずに無様に死ぬ様子をじっくり眺める方が百倍は楽しいと思うんだけどね。やっぱり、ミサチーと俺様は正反対なのだね)


「最後に楽しいおしゃべりをありがとう、あばよ」


 そういうと彼女は、この部屋の主に背を向けて立ち去ろうとする。

 『龍殺し(ザ・スレイヤー)』は、ここぞとばかりに立ち上がる。


「最後に一言だけ言っておく……誕生日おめでとう」


 最後のとっておきに一撃、『龍殺し(ザ・スレイヤー)』は会心の笑みをもらした。

 『告死天使《モーニング・コール》』も一瞬その動きを止めると、肩を揺らして笑い出した。


「ひゃひゃひゃ。今年一番の傑作だねコリャ。そうかい、すっかり忘れてたけど俺様も今日で二十歳かい。ババアの仲間入りかよぉ。よろしくな」


(俺の知らないところでうまい具合に調整してやがったな。頭の固い武辺者かと思っていたが、どうしてどうして。だが、他人に嵌められるのは今日が最後だぜィ)


 何もない空間にドアが現れると、『告死天使《モーニング・コール》』はそのドアに消えていった。

 もう一人の魔法少女も、やがて別に表れたドアへと消えていった。

 こうして『白い家』には、誰もいなくなった。


幕間劇  「赤と黒」 終了


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