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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第5章 瞋恚の途

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16 / - 14 名古屋市 ⇒ 東春日井郡市 case.α


 気を失った冬目トーメ橘杯キツツキを抱きかかえて、Fiza-La(フィザ=ラ)はその場にしばらく(うずくま)っていた。

 ふたりの少女に怪我はない。

 周囲は地層ごと蒸発し、何もかも消滅している。

 空気さえない。

 あと数秒ほどすれば、彼方からこの真空に吸い上げられた大気のため、上空には巨大なキノコ雲が形成されることになるだろう。

 そんな過酷な状況の只中で、少女たちだけが無傷だった。


 Fiza-La(フィザ=ラ)の周囲は、不可知のフィールドが展開されていた。

 超重力作用によるフィールドだった。

 彼女の脳髄――意識の座を執っている特異点――で精密に制御された力場を利用した、見えない膜状の壁――ソリトン化された重力子(グラビトン)が事象的地平面を超えて、物質に作用している――は光も熱も放射線も外部から遮断し切り、危ういほどに壊れやすい蛋白質を内部に守り続けていた。


 Fiza-La(フィザ=ラ)は何もかもが終わったあとで、ようやく目を見開いた。


「………………」


 米帝(インペリアル)の放った、核弾頭の炸裂だったのかもしれない。

 彼女はそっと振り返る。

 そこには彼女のフィールドに守られた、もうひとりの少女が横たわっていた。


 咲眞(サキマ)樹禰(ジュネ)――自分たちを助けてくれた少年の姉らしかった。


 それ(﹅﹅)が上空数百メートルで炸裂する少し前、樹禰(ジュネ)Fiza-La(フィザ=ラ)はお互いに向って攻撃を放ち、その攻防は一進一退を繰り返していた。

 といっても、戦いが終わらなかったのは樹禰(ジュネ)がとどめをさそうとしなかったからに過ぎない。それはFiza-La(フィザ=ラ)にもわかっていた。


 自分と樹禰(ジュネ)の能力は、ほぼ同じ仕組みで動いている。

 でも、その出力の差は歴然としていた。

 樹禰(ジュネ)の使用できるエネルギー量が原子力発電所並みなら、Fiza-La(フィザ=ラ)のそれはバイク用のバッテリー数個分にすぎないだろう。それくらいには違っている。

 ということは、おそらく目の前に迫っている紅い和服の少女こそ、この自分にとってオリジナル存在(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)にほかならないということになる。そんなものが存在するはずはないと考えられていた、超古代文明の後裔に違いなかった。


 Fiza-La(フィザ=ラ)は、トーメを抱きかかえたまま横に跳ぶ。

 その動きに、樹禰(ジュネ)は難なくついて来る。


   E =(エナジー・イコール・)M C ^2(エム・シー・スクエア)


 アインシュタインが導き出した、子どもにも理解できるシンプルな数式。

 ――エネルギーは質量に変換できる。

 Fiza-La(フィザ=ラ)の意識を生成している特異点――ここでは仮にアナスタシア・ブラックホールとでも呼ぶことにしよう――の莫大な、太陽さえ超えるその過剰な重力エネルギーを、彼女は、鋼鉄の刃に変換し、フィールドの表面から射出していた。


「――来るなッ!」


 そんな叫びとともに、1秒間に数千発単位で放たれる鉄鋼の雨は、ほぼ精確に樹禰(ジュネ)を捉えている。その雨を払いもせずに受け止めながら、彼女は近づいて来る。


「そう、そうか、なるほどね」


 ぶつぶつと、彼女は相槌を打っていた。

 Fiza-La(フィザ=ラ)のことを無視して、別の場所のことを視ているに違いない。


「無視…………くッ………………」


 数千発の鋼鉄の雨は、樹禰(ジュネ)が展開しているらしい不可知のフィールドに触れると吸い込まれるように姿を消した。

 エネルギーを熱に変換して溶かしているのかとも思ったが、そうでないなら質量をエネルギーに再変換しているのだろうか。跡形もなく消失していく自らの体力を見せられて、Fiza-La(フィザ=ラ)の焦燥と苛立ちは増していくばかりだった。


(………………無駄なのか? …………逃げた方が賢明なのか? …………わからない、何も…………)


 彼女は頭痛を抑えるときのように、前頭に右手を押し当てる。

 親指でこめかみを、(ひたい)の中心あたりに人差し指と中指をぐりぐりと押し込む。

 人工的に合成された意識であっても、それを支えているのはこの少女を形作る血と肉に他ならない。神経系は近づいて来る敵のことが怖い(﹅﹅)のか、徐々に呼吸が早くなり、息が上がっていく。

 いつの間にか、脚が震え出していた。


「あの、アナスタシア……さん……」


 背後から、遠慮がちな声が聞こえてきた。


「な、なん、ですか? あなたはじっとしてくれてさえいれば、それで――」


 必死に身体の震えを抑え付けながら、背後に硬い表情を向ける。


「あのさ、出力を上げようとか考えている?」


「え?」


 不意に図星を突かれ、うっと彼女は言葉に詰まった。


「いや、でもですよ? プランクスケールに(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)近いエネルギーで(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)粒子ビームを撃ちこめば、やつのソリトンは乱雑な重力波に崩壊(デコヒーレンス)して、重力子変換の仕組み自体が量子的に崩壊するはず、ですね……?」


 自分で納得しようとしているためか、Fiza-La(フィザ=ラ)はつい早口になる。


「ダメだよ。たぶん、向こうの方が出力は高いんだ。瞬間的にも押し切れないし、すぐ修正される」


「で、でもじゃあどうしたら……」


「落ち着いて……Fiza-La(フィザ=ラ)、さん? エネルギー量で競っても、絶対に勝ち目はないんだ。量子重力の非摂動効果でしょう? なら樹禰(ジュネ)さんのソリトンと同じ振幅で、完全に逆位相の重力ソリトンを生成して、衝突させるというのはどう? ジェット機のパイロット用ヘッドセットに搭載されてるっていう、音響ノイズキャンセリングみたいにさ――」


「あぁ――非線形干渉……! それ、照射するっていうのですか?」


「いや、そうだね。それでもいいけど、量子重力どうしを直接干渉させた方が確実だ。干渉が成功したら、フィールドは対消滅するわけだけど、その瞬間に何か攻撃できない?」


「むむむ……素手でも、この(カラダ)ならそうとうな凶器になりえますが……」


「いざとなったらボクも殴るし……」


「トーメさんが? それはちょっと――」


 Fiza-La(フィザ=ラ)の目が、すっと細まった。


「ちょっと、見てみたい」


 Fiza-La(フィザ=ラ)はフィールド表面から射出していた鋼鉄の雨を止ませると、カラテかなにかのような構えをとった。白いワンピースを着た小さなブロンドの少女がそうしていると、なんだか可笑しかった。


「行きます。ついてきてくださいますね?」


「え?」


 Fiza-La(フィザ=ラ)は、言うやいなや、樹禰(ジュネ)にむかって全速力で走り始めた。

 あわてて、冬目トーメも後を追った。


 何かを察して立ち止まった樹禰(ジュネ)に向かって、量子重力子フィールドを全開にしたFiza-La(フィザ=ラ)が突っ込んでいく。人の認知機構では不可知なフィールドがおそらくぶつかり合い、溶け合い、そして消えていったに違いなかった。


「や、やった!」


 冬目トーメが、力なくぐったりとFiza-La(フィザ=ラ)に寄りかかっている樹禰(ジュネ)を見て、そう叫んだ。駆け寄って、Fiza-La(フィザ=ラ)の顔を覗き込む。

 呆然としたFiza-La(フィザ=ラ)の瞳が冬目トーメを見つめ返した。


「な、何も、(わたし)は何も……」


「えぇっと?」


 困惑する冬目トーメの目から逃れようとするように、Fiza-La(フィザ=ラ)は背を向けて脱力している樹禰(ジュネ)のことを地面の草の上に横たえた。

 胸が上下しているから、呼吸が止まっているわけではない。

 時折、ピクッと肩が震えている。


 樹禰(ジュネ)に手を触れて彼女を覗き込んでいたFiza-La(フィザ=ラ)が、急に空を見上げた。頭上には雲ひとつない青空。遥か遠景では、巨大な入道雲が立ち上っているところだった。


「なっ――――」


 ぼんやりとした印象だったFiza-La(フィザ=ラ)の顔色が変わった。

 必死の形相になって冬目トーメの方を振り返ると、ぶつかるようにして覆い被さってきて、そして――。


 そして、地面に彼女を押し倒した瞬間、頭上にはふたつめの太陽が生まれたかのようにそれは炸裂し、光と熱は地表に存在したあらゆるものを傷つけ、打ち砕き、焼き払い、潰滅させていた。


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