表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第5章 瞋恚の途

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/68

16 / - 11 名古屋市 ⇒ 東春日井郡市 case.α


 山肌を削るように切り立った、乳白色の山骨(がけ)を覗かせた八蘇山(はっそざん)の中腹では、熱を帯びた煙がまだ立ち込めていた。

 多脚戦車どもの残骸が横たわり、黒く焼け焦げた鉄臭を吐き出している。


 靑騎士(ブラウエ・ライター)はすでに沈黙していた。

 そしてそれに立ち塞がった不格好な旧式の參式陸上脚装車――金剛蔵王権現(ザオウ・ファイター)もまた、完全に沈黙している。


 閘堂(オウドウ)寡鐘(カガネ)は、自らを助けたらしいその蔵王にむかって、強化外骨格の重みを全身に感じつつ、警戒しながら近づいていった。外骨格が黒みがかった光沢を放つ様は、甲冑というよりも、モノクロのネガ・フィルムが体表を絶えず巡ってでもいるかのように見えた。

 それ自体が、感情の変化を映しているかのような。


 彼の視線は、自然、蔵王の操縦席があるらしい場所に向けられた。


 小さなハッチの内側から、青白い腕が突き出している。

 もがきながら、やがて肩が見え、長い髪が見えた。

 操縦者が這い出そうとしているのだ、と寡鐘(カガネ)は思った。

 服はほとんど襤褸(ぼろ)切れになっており、半裸といってよかった。

 少年なのか、体格は大変か細い。


 寡鐘(カガネ)は息を呑んだ。

 長い髪の下にあるのは、知っている顔だった。


 普段、高校で顔を合わせている少年――羽田野(はたの)恭介(きょうすけ)だ――そう思った。


 やっとのことで這い出してきた彼は、両手で地面を掴み、這うようにして腰から下をコクピットから抜き出した。


 寡鐘(カガネ)はつい、駆け寄った。


 その音に少年は顔を上げ、寡鐘(カガネ)と目が合った。

 だが、その瞳は焦点を結んでいないようだった。

 切り立った崖から渓流を覗くような気分にさせる、底光りする、しかし荒涼とした目だった。

 しかし、なぜか唇の端がわずかに上がる。

 ホッとしたような、穏やかな表情だった。


 寡鐘(カガネ)は彼の前に膝をついた。


「大丈夫か。恭介? 聞こえるか……」


 恭介は答えない。

 代わりに、首をゆっくりと傾けた。

 応答というより、むしろ、遠くの音を聞こうとしているようだった。


 寡鐘(カガネ)は手を伸ばす。

 外骨格の手のひらで、恭介の肩に触れる。

 冷たい、体温がほとんどない――と寡鐘(カガネ)の神経系に接続された外骨格である瑞輝(ミズキ)の神経電位が伝える。


「何やってんだ? 助けてくれたのかよ?」


 羽田野は、小さく頷いたように見えた。

 いや、それは頷きではなく、ただの痙攣なのかもしれなかった。

 だがその仕草から感じた微かな意志が、寡鐘(カガネ)の胸を息苦しくさせた。


 羽田野の目から、黄色い液体が一滴落ちた。


 あまりに自然だったので、最初は涙かと思ったほどだった。

 だが、それには粘り気があり、透明ではなく、黄色く濁っている。

 液体は硬く粘度が高いのか、頬を伝うがなかなか滴り落ちなかった。

 左目からも右目からも、次々にその硬い涙は(こぼ)れ落ちた。


 寡鐘(カガネ)は、凍りついて見ていた。


 目尻だけでなく、耳の穴からさえ、じわりとそれは滲み出ていた。

 耳朶を伝い、首筋を濡らしていく。


 だが恭介は、ただ静かに微笑んでいる。


 そして、唇を開いた。

 何かを言おうとして、口を開けたようだった。

 息が漏れる。

 だが、声にも言葉にもならない。

 ただ、かすれた吐息だけが微かに聞こえた。


 不意に、恭介が嘔吐(えず)いた。

 びしゃりと、口から濃い黄色の液体が、勢いよく地面に吐き出されて広がった。

 目から出たものよりも重く、ドロリとした(かたまり)だった。


 寡鐘(カガネ)は、その液体の中に何か動いているものがあることに気づく。

 寡鐘(カガネ)は目を凝らした。

 細く、しかし節くれだった身体が液体の中をのたうっている。

 白く、柔らかく蠢くそれは、数十匹はその中にいるようだった。


「これは、蚕? の幼虫、か……? 何で……」


 吐瀉物の中には、液体にまみれながら這いずり回る幼虫が、無数に這いまわっていた。

 空気を求めているのか、必死に身をよじっている。


 寡鐘(カガネ)は吐き気を覚えたが、瑞輝の電位操作によりその反応を抑え込む。

 胃を締めつけられながら、目を逸らすまいと膝をつき、親友の頬に両手で触れる。


 恭介は、やはり微笑んでいる。

 瞳は虚ろだが、口元は柔らかく、穏やかだった。

 何かを、ようやく終わらせたような表情なのかもしれなかった。


「恭介……なんで……」


 寡鐘(カガネ)は囁いた。

 声が震えていた。

 羽田野の身体が、ゆっくりと傾いた。

 肩が落ち、膝が折れた。

 地面に崩れ落ちる前に、閘堂は腕を回した。

 外骨格の重い腕で、親友を抱きとめる。

 軽い。

 あまりに軽い。

 まるで、殻だけが残ったような軽さだった。


 羽田野の呼吸は、いつの間にか止まっていた。


 寡鐘(カガネ)は知るよしもなかったが、金剛蔵王の操縦方式は、蚕の遺伝子を基にした血清を体内に打ち込むことで、脳細胞を蚕の神経細胞と癒合させ、全身の神経線維を繭様の繊維生体ユニットに置き換える様式だった。

 意思を半ば奪い、機体の制御機構と一体化させる。

 機体の状況を快と苦痛によって感知し、感情回路と連動して姿勢制御を行う。

 人間の体は、ただの伝達装置と化すことで、痛みも感情も、すべて機体に吸い憑くされる。


 ひとつ確かなことは、恭介が彼を守るために自分というものを棄てたということだった。


 外骨格の手のひらが、羽田野の背中を撫でた。

 もう、温もりはない。

 黄色い液体が、外殻を濡らす。

 蚕の幼虫たちは、それでもまだ、ゆっくりと動きつづけている。


 風が吹いた。崖の上から、木々がざわめく。

 煙が薄れ、徐々に強烈さを帯びてきた朝日が、焦土を消毒するかのように白い光に染めていく。


 ただ、静かに、親友の亡骸を抱きしめる。

 異常な悲しみが、胸を満たした。


 友の亡骸を抱きながら、寡鐘(カガネ)はふと思う。

 蜈蚣(ムカデ)は交尾の際に肌を合わせることはないが、きっと、そういう場面が存在するとすれば、それはこんな風に違いないだろう、という風に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ