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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第4章 幼女歴程
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15 / - 11 名古屋市 ⇒ 東春日井郡市 case.α


 咲眞(サキマ) 樹禰(ジュネ)には誰も共感できない。

 彼女の観世界を、人の認知機能上に再現することはできなかった。

 人という存在態を有しながら、別の態への可能性が常に開かれていた。

 態を周波数帯と呼び変えてもよい。媒体メディアだと考えてもおそらく正しい。

 人間身体とは別の位相にある彼女の《態》が、常に彼女を再定位している。人が自らの肉体からもたらされる五感によって意識を編成するのと同じように。

 光学的な受容器官だけが眼でないことは、音波によって観世界を編成する動物の存在からも明らかだ。だが蝙蝠やオルカが、自らの知覚方法が音響反射だと理解しているわけではない。樹禰もまた、自らの《眼》がどのような現象を用いているのか理解しているわけではなかった。

 だが少なくとも、編成される彼女の観世界にとって、固定化された視点など意味がなかった。

 彼女にとって世界とは、箱庭に過ぎなかった。

 どこであろうと、何であろうと視ることができた。

 正確に言えばそれは視界ではなかったが、彼女にとっては態のひとつに付属している光学カメラからの視界も、別の態からもたらされる視界も、どれも同じようなものだった。

 古い言葉で言えば、それは《千里眼》に近い。近代の超能力研究では透視と同一視された千里眼も、古来は文字通り千里先を視る力だったという。

 視界こそが意識を編成すると彼女は考えていた。

 視界の限界は意識の限界を規定し、瞭然たる視界が明晰な意識を創製する。

 それでも彼女が自らに思い上がり切っていないのは――少なくとも世界征服を夢見てはいない――眼が自由でも《声》が自由ではなかったためだ。

 視えたとしても、千里先には声が届かない。

 起点としての身体が、視界との間に千里という距離を生み出してしまう。

 彼女は距離に縛られていた。

 これは、時間に縛られていることを意味した。

 宇宙の法則のなかで、時間にだけは従わざるを得なかった。

 時間とは順序であり、配列であり、文字列の前後である。

 記号の配列によって彼女もまた編成されていた。

 出ることのできない檻だと、彼女はいつも思う。

 いや、檻自身が彼女なのだ。

 生きている檻。

 だが、この世に檻でない者がいるだろうか?

 檻であれば理解することができる。

 檻であれば順列であれば解くことができる。

 解けた檻、鍵の開いた檻を捨てるように、放り投げる。


「ハハハ……」


 空洞だらけの檻に穴が開くとは、何とも滑稽ではないか。

 振り向くと弟の顔が見える。

 護ってあげましょう。

 ほかの檻のことは知らないけれど。

 銃弾、何千発もの銃弾を受けて少女が踊っている。

 命は3秒持たなかった。

 時間、ああ、これが時間というものだ。

 少女だったものはいまやいない。

 もう、戻ってはこない。


「ハハッ……」


 さあ、この出口から出て、弟よ、どうするだろう。

 二人目の少女が駆けていくようだ。

 銃弾の雨の中、何かを叫びながら。

 手にした日本刀は朝日に煌めいているだろうか。

 少女の身体は穴を打たれるというより、穴が身体となって空気に溶けていくに違いない。穴として身体は裏返り、歓びのあまり赤い涙を散らすだろう。


「アハハ……」


 瞬く間に檻が3つこの世から消えた。

 息を吐く。

 あとの2人は面白そうだ。

 弟にもこれで十分だろう、まずは。

 変身(メタモルフォシス)、するのでしょう? 私の方などもう見ていないでしょう。

 ではね。

 寡鐘。

 ここからはあなたか名古屋か、どちらかが滅ぶことになると思う。

 駆けていく背中。

 弟の身体を覆っていく外骨格。

 今世の藤原秀郷(フジワラノヒデサト)に与するのは蛇ではなくて百足の方なのだ。

 私の人間態が振り返る。

 2人の少女に歩み寄る。


「――――それで、あなたは何をしにここへ?」


 私はそのうちのひとりに話しかける。

 弟の拳が、そのとき打ち振るわれた音があたりに響いた。

 私は話しながら、別の態の《視界》を覗いた。


 《強化外骨格(エグゾスカル)》には《強化外骨格(エグゾスカル)》を。

 それが作戦の基本概要だった。

 戦闘補助人工知性《ŠEMAGLiG(シェマグライグ)》を搭載した《強化外骨格(エグゾスカル)》兵装《靑騎士(ブラウエ・ライター)》装着者を最小戦闘単位として新たに編成された部隊は、数ヶ月前とは違い、国道を軍用トラックで運送され、堂々と現場に到着した。

 今回の作戦遂行にあたって、複合積層学園都市(バビロニック・ホウサ)内務枢軸局第5部6課機械化歩兵群運用意思決定会議、通称《機械座》が下したのは特殊工作師団(ベナトル)の小型化だった。

 「小型歩行車両」に分類される騎乘裝甲戰鬭機(ギアン・チェンバレン)の全高は5メートル以上あり、フル装備時の重量は5トン程度と比較的軽量ではあったが、前回戦闘時の状況からみても同機では歩兵サイズの敵性存在に十分対応することはできないと判断された。部隊すべてを限定的な動作しかできない無人偵察機《奇行狼筐体スミノスリュコス》で編成するわけにもいかない。

 《靑騎士(ブラウエ・ライター)》は蒼ざめた馬に乗った騎士だ。

 宇宙開発用のマニピュレータを転用した騎乘裝甲戰鬭機(ギアン・チェンバレン)とは比較にならない兵器性能を有する、生粋の――――。


 《強化外骨格(エグゾスカル)》と《強化外骨格(エグゾスカル)》の拳が真正面からぶつかり合う音が響いてくる。夏の日差しが降り注ぐ今日は、きっと特別な日になるだろう。

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