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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第4章 幼女歴程
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15 / - 7 名古屋市 ⇒ 東春日井郡市 case.α


 

 地震――にしては不規則で緩慢な揺れが続いた。

 地面よりも、むしろ天井や壁が激しく揺れていた。

 頭上からの土が、トロッコの中で身を縮める私たちに降りかかってきた。気持ち悪いけど、払っても払ってもどんどん落ちてきて、僕たちの髪を汚す。

 体内廻りの地の底。

 僕らは、震える身体を抱き締めていた。

 例の少年が、僕らの乗ったトロッコを少しでも遠くへ運ぼうと押しながら、「早ええなぁあ――――!」と焦りの声を上げたのが聞こえてくる。


 敵。


 そう、敵だ。

 この列島は、もう"Live wit(リヴァ)h The Sun(イアサン)"じゃないんだと、あらためて思い出す。

 哀れな太陽の帝國インぺリスカヤストラーナ

 高度に抽象化、あるいは観念化された現代式帝国主義が、プログラムのようにあらゆる場所をブロック化し続けるこの世界で、この帝国にだけ人間の皇帝(インペラートル)がいない。人間を必要としないプログラムは人と人でないものの区別が本当はつかないので、人でないものの幸せを人の幸せと容易に取り違えてしまうのに。

 あの連邦が本気なら、みんな死ぬだろう。

 こんなことになるんなら、10歳のあの日、先生に拾われずにあのままハンガリーで、サーカス団にいればよかったのかもしれないなんて罰当たりなことが、ちょっとだけ頭をよぎった。


「……――せんせぇ……」


 頬を、涙がつたった。

 貴方のおかげで僕は幸せでした、総矢先生。

 僕は……。


 そうして、日本人が仏壇の前で手を合わせるときみたいに、心の中で僕はつらつら辞世の言葉を唱え続けた。揺れがいよいよ強くなっていた。

 鉄橋でも、地面に落ちたみたいな音がした。

 瞬間足元が沈み込んで、背中がひやりとする。

 甲高い金属音が、背後にあらわれた大きな気配による叫びだと気づいたのは、それから数秒も経たない内だった。


 すこし後ろの天井を突き破って現れたのは、おそらく、醜悪な、這い寄る太陽黒点。枯れた死人のような相貌。蜘蛛に似た巨体。アメリカ軍の、食人植物(ヤ=テ=ベオ)――。


「う、うあ……」


 思わず声が漏れた。

 怖かった。

 僕の向かいに(うずくま)っていたルツさんが、僕の声を聴いて、愛刀を杖のように突いて立ち上がった。

 止める暇もなく、鋭い目つきで腰を落とした。

 跳躍する気だ。


「い……」


 いかないでっ

 そう言えないうちに、華奢な彼女の身体が全身の筋肉を引き締め、若い豹のように僕らの頭上を飛び越えて行った。

 それを、僕は目で追うことしかできなかった。


 ルツさんのひとつ結びの髪が、薄暗い中空で尾のように流れた。

 跳びながら両脚を腹に引き寄せ、ルツさんは、空で腰を折る。

 お辞儀するより深く。

 でも、上半身は起きたままだ。

 膝の上、伸ばした両腕で刀を真横に持ち、そのまま、横薙ぎに鯉口を切る。

 脚とギリギリ交わらないで、滑り出した刀身が白く闇に浮き上がった。

 着地。

 直角近い角度の脚が、そのままの姿勢で地面から離れる。

 高い跳躍。

 同時に腿が、再び上半身に引き寄せられる。

 そのとき、すでに刀は両手で握られ、上段に構えられている。

 刀の重さで、ルツさんの身体の軸は前に倒れ続けた。

 姿勢を石のように維持したまま、着地。

 二度目の跳躍。

 転びそうなほど前のめりで、ルツさんは跳んでいた。


 彼女の目の前には、土塊に半ば埋まるようにして、蜘蛛のようにもがく巨大な食人植物(ヤ=テ=ベオ)

 落ちるときに、自からで突き崩した天井の土砂だ。

 食人植物(ヤ=テ=ベオ)は、ついにそこからごそりと這い出す。

 這い出して来る者が最初に外へと晒す部位。

 (Faciem)

 彼女はその中央に、冷たい刃を走らせた。

 真横に払われた刀身は、正確に、怪物の並んだ眼球を一気に通過する。

 滑り終えた刀が空に止まるまで、振り切るつもりの全霊を賭けた一撃だ。

 勢いのまま、ルツさんの身体は弧を描く刀身の遠心力に押し切られて、つんのめるように空中で盛大にスイングした。

 そのまま、横ざまに地面に激突し、動かなくなる。


 僕は、彼女が跳躍したときのまま、唇を震わすこともできなかった。


 ―――ズン―――……


 倒れて震える彼女の傍らに、食人植物(ヤ=テ=ベオ)もまた沈んだ。

 そのまま怪物の動きも停止した。

 少年が、すぐ我に返ってルツさんに駆け寄る。


「大丈夫か……? おい……」


 刀を固く握り締めたままの彼女の手。

 その手を少年がこじ開け、刀を地面に転がす。


「か、刀を――――……」


 ルツさんの声が、細い喉から響きながら弱まり、やがて、静寂を望む宇宙の皮膚に吸い込まれるようにして、消えた。



























「――――無想正宗(ムソウ・マサムネ)?」


「……はい、この子の名前です。愛称ですが……」


 薄暗がりの中で、ルツさんが答えた。


「もともとは、豊臣秀頼公の愛刀、であったと」


 彼女の姿は周囲の闇とほとんど溶け合っていた。


「――太閤の……? いや、いやいや、マサムネ(・・・・)か……! 岡崎五郎入道の作か――――なるほど名刀らしいが……」


 僕たちは、地下を少年とトロッコに乗り、滑り下りていく。

 最初は走って追いかけていた少年が、ついさっき打ち捨てられていた二つ目のトロッコをみつけたので、連結して、今は全員トロッコに乗って緩やかな坂を滑り降りていた。


「いや、そんな宝刀――――何者だ、お前……?」


 少年は沈黙のあと、遠慮がちに訊ねた。


「――――……」


 名乗りは、速やかに行われた。

 僕もまた、少年とともに黙って聴いていた。

 地下に漏れ出すささやかな水の音が、どこからともなく聞こえていた。思い出したように、時折、速度が緩やかに落ちた。

 聞いたのは次のようなことだった。

 清和源氏の末裔たる愛宕瑠都(アタギ・ルツ)は――剣は自源流から甲源一刀流、月輪一刀流と、わけても神変夢想流のそれぞれ秘法をきわめた才胆をもちながら、擁心流の拳法、甲陽流軍学に通じ、十代のうちには必ずや独自の流派を創設するだろうと目されているという。当然、小学生の現段階で中高の武道部大会および競技会には、一切関わってはならないことが各協会に通達されている――――。


「――――いや、それじゃ説明になってねぇよ」


 少年が苦言を呈した。


「お前が――ルツさんが、強いのは分かったよ。でも何で、その正宗を受け継いでる? 豊臣の家臣だったっていうんなら、わかるんだが……」


「――そのあたり、はよく、知りません。ただこの子は秀頼公、の自刃の際に、用いられたと。秀頼公の、怨念が、込められている、と。もとの持ち主は、必ず不可解な死を遂げて、いると、聞き及んでいます。言ってみれば妖刀、ということ、になるのでしょう、ね……」


「そりゃ、ほとんど呪いの品じゃないか……そんなものなんで……」


 少年の語気は強かった。

 下を向いたルツさんに代わって、マソラさんが答えた。


「ルツは、なんというのか、その、強すぎたのです……」


 ネヘミヤさんも言う。


「ルツは末の娘でした。そして、そのほかの子はみな男子でした。でも、ルツは強かった。どの兄弟も勝てなかった。まだ、ひと桁の歳の娘にです、それは、つまり、そのこと自体、何かの呪いかもしれなかった……」


「呪いって……でも、呪いだろうが何だろうが、一族の誉れじゃないのかよ?」


 マソラさんが、それに対して悲しそうに、ささやくように言う。


「強すぎる力は毒にもなります。無論強さは誉れです。しかし誉れは己にとっての誉れです。一族には掟があります。帝國にもしがらみがあります。ルツのような子は体系から外され、階級から追放され、闘争状態の中で試されることになりましょう。すなわち自由主義連邦式の闘争インテグラリティ・フィロソスフィアの中で――だからこそ、わたくしたちはあの学園都市(バビロニア)に置かれたのですわ――」


積層学園都市名古屋(バビロニック・ホウサ)?」


「あれは列島の中に穴が開いているようなものですわ」


 マソラさんの沈んだ声が洞窟の中に木霊する。


「あそこには脈がない。本来ありえないことです。帝國の中に別の帝國があるようなものです。あそこには別の帝がいるものとみな捉えていますわ。しかしそれは、存在の体系が違いすぎてわたしたちでは見ることも聴くこともできないのです。アメリカ貴族であるアナスタシアさんでも、それこそあの方でも把握することも分析することもままならなかった…………」


 遮るように、ネヘミヤさんが鋭く言った。


「でもトーメさんならそれができるとアナスタシアさんはお考えでした。わたしたちは今でも信じていませんけれど」


 フンッという怒ったような声とともに、暗闇の中は静かになった。


「…………」


 僕は、隣に乗っている少年の方を向きながら、居心地悪く座っていた。

 トロッコは、僕と少年でひとつ、ルツさんたち四人でひとつを使っていた。


「……トーメさん、といったか」


 少年が、暇を持て余したのか、僕に、

 

「しかしあの怪物さ、目を潰されただけで止まっちまうとはな…………たしかにあれなら、ちょっとばかり値が張っても、脚装車とか装甲機動兵器とか、使おうって気になるかもな?」


 とよくわからない話題で話し掛けてきた。

 

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