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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第4章 幼女歴程
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15 / - 6 名古屋市 ⇒ 東春日井郡市 case.α



 半円を描いた細い月が空を照らす。

 先頭を走るルツさんが、ポニーテイルにした後ろ髪を揺らして駆けながら抜刀した瞬間、アメリカ陸軍の食人植物(ヤ=テ=ベオ)が蜘蛛のような七本目の腕を横薙ぎに振るう。想定外の方向からの攻撃をまともに受け、ルツさんは数メートル後ろの樹の幹に叩きつけられる。彼女の手から離れた日本刀が、回転しながら地面に突き立ってキィィンと震えた。


「はぁ、は、はっぁ、はぁ、はぁ――――」


 僕らはみんな、たぶん死ぬことを覚悟した。

 でも次の瞬間、どこからともなく私たちをかばうように着地したひとりの少年が、樹々の中から這い出して来ようとする、醜悪な怪物の前に立ちふさがった。少年は無言で刀を地面から引き抜くと、刀身を水平にして歪みがないか検分する。


「――――幼稚園児、か……? にしてはデカいが」


 と彼は、僕たちを見て怪訝な表情。


「なっ……」


 アナスタシアさんが彼の不躾な言い草に、抗議したそうに声を上げる。

 でも彼は取り合わない。そのまま刀を両手で構えて、天に切っ先を向けると、今度は「お前ら、日本人か?」と訊ねてきた。誰も答えないので、僕が、


「……そ、そうです」


 とおずおず答える。


「親はどうした?」


「ぼ、僕の親は、名古屋に……」


 言い終わらないうちに、食人植物の巨腕が振り下ろされている。


「なるほど、ね――」


 怪物の腕が動く速度に合わせ、刀身が空を滑った。

 相手の動きと同じ速度で、少年の身体もバックステップで後ろに動く。

 怪物の腕が伸び切った瞬間に、刀身だけが速度を上げた。

 刀の接触は一瞬で、当たるとパキンッと竹が折れるような音がして怪物の腕は切断された。

 正確な太刀捌き。

 彼の動きは緩やかで、慎重に見えた。

 べフラさんの動きを見た後だから、余計に彼が緩慢に見えるのかも。


「名古屋――親はそう、軍人か?」


 言いながら、彼は一本ずつ怪物の腕を斬り取っていく。

 刈り取っている、といってもよさそう。

 怪物は悲鳴を上げながら次々と腕を繰り出しては、すべて彼に両断されている。

 彼は腕を一本斬るたびに構えを整えて動きを止め、相手にどう斬り込むかを見極めながら力を溜めているようだった。

 やがて腕の数が減って自重を支えられなくなった怪物は、顔を地面にめり込ませながら醜く蠢くことしかできなくなっている。

 彼は刀を振り上げて、慎重に怪物の首に振り下ろした。

 怪物の動きが完全に止まるまで待って、彼は構えを解いた。


 雰囲気からして高校生、くらいだろうか。

 よくも悪くもべフラさんのような超人感はない。


「お、親は科学者、だと思います。よくしらない、ですけど……」


 僕はつい戦いに見入ってしまって、質問に答えるのが遅くなったことが恥ずかしくて、途切れ途切れになりながらそう答えた。


「親の仕事をしらないって?」


 ひと仕事終えた彼は、手で額を拭いながらそう言ってこちらに歩いてきた。月光の中のシルエットで、汗で短めの髪が逆立っているのが見て取れた。

 月明りに、手にした刀の刃が冴えてきらめいていた。


「はい……その、聴いても教えてくれなくて」

「へぇ? まぁいいさ」


 彼は刀を地面に置くと、僕らよりまず先に、倒れているルツさんの方に近づいた。彼が声を掛けると、ルツさんは首を動かして彼の方に視線を向け「大丈……夫で、す」と言った。全然、大丈夫そうじゃなかったけど、目立った出血はしていないみたい。

 ふらつきながら起き上がるけど、一人では立てなくて、彼が肩を貸して起き上がらせた。


「園児が何であいつらに追われてるのか知らないが、名古屋に帰りたい――そういうことでいいのか?」


 彼はそんな確認をしてきて、僕らのことをじっと見ている。


「お前ら、明かりも持ってないんだな……」


 頭を掻きながら、彼はしゃがんで地面に耳を当てる。


「ちと急いだほうがいいな、まぁ、ついて来な……」


 そうして行こうとする少年に、アナスタシアさんが怒りの声を上げた。


「あ、あなたねぇ、なんなんです! 気安い、気安いわっ、それにトーメさんへのあの態度は何ですの? なによりもわ、わたくしを誰か知っての物言いなのかしら?」


「うるせーぞブス、ごたごた言ってると死ぬぞ? わかるだろ?」


「こ、この……!」


 彼は周囲を見渡して、刀の鞘をルツさんが握り締めているのに気づくと、刀を拾い上げて彼女に柄を握らせた。


「いい刀だな――国宝級なんじゃないか?」


 笑いながら、そんなことを言う。


「ちょっと、あなた、わたくしのこと聞いているの……!」


 無視されたアナスタシアさんが言い募るが、彼は気にせずに、「ここから少し行くと、入り口がカムフラージュされた、ちょっとした洞窟がある」と言った。

 言いながら彼は歩きだしている。

 仕方なく、私たちも続いた。

 この状況で選択肢なんてなかった。


「迷路みたいだが、俺は路を知ってる。この洞窟は自然のものじゃなくてな、40年前に帝國陸軍が掘った地下壕に繋がってる……」


 そこまで言って、彼は振り向いた。


「楽しそうだろ? 幼稚園でもなかなか、こういう遠足はしないよな」


「園児じゃないです!」


「おぉ?」


 彼は僕たちがついてきていることを確認すると、木のたくさん茂る方に踏み入れた。細い獣道みたいになっているところで、知らないと入ろうとは思えない感じだった。


「ここまで来たら、そんなに遠くない。急げ、追っ手がすぐ通るみたいだ」


 実際、足音が聞こえ始めていた。

 僕らはほとんど走るみたいにして彼を追いかけた。

 でも、遠くでは銃撃の音がまだ続いているからべフラさんはまだ死んでない。

 だけど、もう助けには戻れないかもしれない。


「あの姉さんなら、大丈夫だろ」


 足が鈍った僕を見て、少年が声を掛けてきた。


「強いぞ、あの人。それに命の大切さも弁えてると思う……」


 暗いので、表情までは分からない。

 でも何となく笑いかけられている気がした。


「ちょっと! あなたべフラの何がわかるというの。何も知らないくせに、偉そうじゃなくって?」


 アナスタシアさんがすかさず不満を漏らす。

 彼は意に介さずに進んでいき、ややすると、


「さ、ここだ」


 と言った。

 何の変哲もない森の中でしかないような気がする。


「えっと……」


 ルツさんと純友さんが何かに気づく。


「風、の音が、する」


「霊気の流れがちょっとへんですわ」


 中御門(ナカノミカド)さんが首をひねる。


「よくわからないですけど、龍脈的には何も違和感がないようにおもえます」


「そりゃそうさ。日本陸軍が御国を汚すわけがないからな。穴は、列島の気脈に沿ってるんだろうさ」


 言いつつ、少年はしゃがんで足元の石を動かし始めた。


「地蔵か、道祖神か……もうちょっとわからないくらい表面が摩耗してるけどな。こいつがスイッチになってる」

「スイッチ?」

「右に一回、左に三回、また右に……」


 ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン……――――音とともに土煙が立ち始める。


 地面が持ち上げられて、地下に続く階段が現れた。

 僕はつい、「し、仕組みは?」と聞いてしまった。僕はいつも聞いてばかりいる。何もかもがただ情けない。生れて、すみません。

 そんなネガティブなことを思いながら、でも表情には出さないように気を付ける。

 暗い顔をすると、先生が気にするからそうなってしまっていた。


「仕組み、仕組みね。真空と水の重さで組み上げるポンプ、あとは滑車だな。石でできてるから、錆びる心配がないときてる、なかなか凝った仕掛けだよ」


 そう言って、彼は階段に踏み入る。

 僕たちも、周囲を気にしながら後に続いた。

 あとは迷路を進んでいくだけだった。ちょっとした地下ダンジョンといった感じ。あるいは、地下墓所(カタコンベ)のような。


「早く着くほうがいいよな?」


 彼は、手に持った小さな懐中電灯を振りながら言った。


「だったら、いいものがある」


 少年は、薄暗い中をすたすた進んで、人ひとりがやっと通れそうな床の竪穴の前まで来た。


「ここを通る。お前らは、まぁ、大丈夫だろ。俺の方が太いしな……」


 そう言うと、彼は穴の上にひょいと踏み出して、そのまま穴の中に落ちていった。吸い込まれたみたいで、ちょっと怖い。


「そのまま落ちてくりゃ大丈夫だぜ」


 電灯の光が穴の中から差し込まれてくる。サーチライトみたい。

 僕たちはちょっと怯んだけど、ルツさんがまず飛び込んでいった。

 下で硬い音がする。


「アナスタシアさん、私たちで支えるので、降りてください……」


 中御門さんと純友さんが、アナスタシアさんの両手を繋いで、一気に落ちないように気遣いながら穴の中に彼女を下ろす。

 彼女の姿が消えた穴の底で、「きゃっ」というアナスタシアさんの声がした。


「どこ触ってるのよ! このヘンタイ! バカ! 死んじゃえくださいまし!」


「受け止めただけでそんなに言うか……というか、子どもが何を言ってんだ」


 にぎやかな穴の下に、僕たちもすぐに続いた。


「わっ」


 そこは、社会科の資料集なんかで見た炭鉱の中みたいだった。

 剥き出しの土の壁。木や金属の柱が等間隔に天井を支えている。

 そしてレールがいくつも敷かれていて、そこに乗って止まっているのは、


「トロッコ……!」


 だった。

 それも、けっこう大きい。

 大人でも四人くらい乗れそうだ。

 たぶん金属で出来ていて、ここにいる全員乗れそうな大きさのトロッコ。


「さて、ここ岐阜から名古屋まで直通というわけにもいかないが、手前くらいまでは繋がってるぜ……ちなみにこっから先は全部下り坂、あっという間に目的地さ」


 少年は気楽に言って笑う。

 でも、と僕は思う。ブレーキとか、ちゃんと付いているのだろうか。 


「そうそう、ちなみにブレーキはついてない」


 こともなげに彼は言った。

 年下の女子をそんなものに乗せないでほしい。

 さっき自分で幼稚園児に間違えてたくせに……。


「乗って走る、たったそれだけ。簡単だろ?」


 彼はむしろ運転しなくてもいいから楽じゃね、というノリらしかった。

 僕たちは乗りながら、身を寄せ合った。

 もういろいろと疲れていた。

 トロッコには真ん中に、小さな、踏むためのペダルが付いていた。


「これ、何ですか?」


 僕が尋ねると、少年は「アクセルっていうのかな。踏めば踏むほど加速する」と答えた。ブレーキは付いてないけどアクセルだけ付いてるってどんな乗り物なんだろう……。


「最初だけ押してやるから、加速ついたらあとペダルでいけるだろ?」


 そう言って少年が、トロッコを押してガタガタ揺れながらレールの上を進み始めたときだった。

 天井が揺れ、やがて地震のように周囲が揺れた。

 天井から土が落ちてきて、頭に降りかかる。

 すこし後ろの天井を突き破って現れたのは、醜悪な這い寄る太陽黒点。枯れた死人のような相貌の蜘蛛に似た巨体。アメリカ軍の食人植物(ヤ=テ=ベオ)だった。


「――――早ええなぁ!」


 少年の焦った声が、地下のトンネルに反響する。

 

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