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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第3章 幻帝の國
38/58

14 / - 1 名古屋市 伍



 目が醒めると、日本がアメリカになっていた。


 て、


 え?



「――どゆこと?」



 反射的に腕を上げようとしたら、筋繊維全部が千切れ尽くしているらしくて、湿った激痛が走っただけで腕はぴくりとも動かなかった。



「……うぇえぇぇ~~~~い、たいぃ~~~~~…………」



 半ば朦朧とした頭で、大きなベッドの上で激痛に耐える。

 目じりから冷たい涙が流れ落ちる。


「……う…………うぅ?」


 テレビでは、戦後期に日本 - アメリカ間で非公開に取り結ばれたという《D協定》――いわゆる密約、というやつだろうか――に従い、32年ぶりに日本がGHQに再占領されたことが報道されている。


再占領(・・・)…………」


 一応、テレビでは「GHQ」といっても、かつての統合参謀本部や連合国軍最高司令官といった旧GHQとはぜんぜん別の組織であって、環太平洋自由主義同盟軍を中心とした、新編の国連組織であることが説明されていた。とはいっても同盟軍の中心基盤は米軍だから、日本の主権は実質、一時的にアメリカ自由主義共和国連邦に委託されることになるだろう、ということだった。


(…………せっかく、アメリカ軍を抜けて日本にきたのに……)


 私、柳條(りゅうじょう)()(なれ)はベッドの上の動けない身体で、ぼんやりとそんなことを考えていた。アメリカ軍の機械化部隊にいたころも今も、それほど立場は変わらない気はしたけれど、旧式の機動兵器でペルシアの荒野の真ん中で何日も敗走したときのことを不意に思い出して、吐き気がした。


 あのときの私はまだ13歳で、いまの三倍は血気盛んだったはずだけれど、それでもあのときの苦しさ――暗いコクピットは本当に棺桶みたいで、ゲリラを警戒して何十時間もモニタ・パネルを見続けなければいけなくて、手足は段々と動かなくなっていくし、ある場所では集中力を切らせれば地雷を踏み抜いて死ぬのだということを隣の仲間の悲鳴で理解しながら逃げ続けた――あの身を削るような死地をくぐり抜けてきた私だったけれど、なぜかこうしてベッドの上で、のほほんとぐったりしている今の方が、ずっと自分の居場所の脆さのことを、感じてしまっているような気がした。

 

 耳たぶに冷えた涙が溜まって、気持ち悪かった。

 もぞもぞしていると、


「――東亰市の中心部で、クーデタが起こったんだ」


 という声がした。

 総矢先生の声だった。


「クーデタって……戦前への回帰願望、とか、です、か……?」


 私は首がはじけ飛びそうになる痛みを耐え忍び、ベッドの上で首を総矢先生のいる方に振り向けた。


「ソ連過激派と結んだ極左活動組織と、政府の一部官僚が協同して軍事力を投入したということらしい――て、いやそんなに無理しなくていいから……」


 白衣をはためかせて、総矢先生が言う。

 大丈夫ですから、と慌てて平静を繕う。

 振り向く途中で白目を剥いていた気もするけど気にしない。


「…………黒木舜平総理をはじめとした、多数の国会議員が行方不明だそうだ。内閣府は壊滅――すでに新軍事政権の成立は決定的かと思われたが、あわやといったところで西側新自由主義思想圏インテグラリティ・フィロソスフィアの国々が軍事介入し、これを阻止した……」


 先生はそこまで言って、欠伸でも噛み殺しているみたいに少し黙ってから、


「――というのが、今回の筋書きだな……」


 と言った。

 私は聞きながら、


(…………「筋書き」ねぇ……)


 と呆れながら先生の方を伺った。


「今度は、どんな魔法を使ったんですか?」


 私はやんわりと尋ねた。


「《高度に発達した人文科学技術は、魔法と区別がつかない》とかではだめかな?」


 と先生はとぼけたように返して来た。


「ま、しかし、これで、ようやくわれわれは下らない許可を大量に役所に偽装しなくても、国内で堂々と軍事活動をすることが可能になったわけだ。しかも、アメリカ軍の支援まで望める状態で、ね……」


 素敵な笑顔で先生はそう言って、満足そうに口角を上げた。

 そうしてどうやら(ここからは見えないけど)、傍らの椅子に座りながら寝てしまったらしい冬目(トーメ)ちゃんの肩をゆすって、起こしているようだった。


 私は力なくベッドに横たわりつつ、「なんですかぁ?」という冬目ちゃんの寝ぼけた声を聞く。


 目が醒めると、日本がアメリカになっていた。


 日本国内では軍事行動がしにくい。

 なら、日本をアメリカにしてしまおう……。

 私は、そんな先生の「怖さ」のようなものを否定できない。

 だって、先生がいくつもの屍の上に築こうとしているものは、つまらない平和なんかじゃなくて、私たちが全力で戦うことのできる、舞台なのが分かったから。


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