11 / - 2 名古屋市 肆
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重い石の扉だった――というわけでもなく、その玄関はすんなりと開いた。
外見は東欧の山奥にありそうな、古城のような建物だった。
石造りの重厚さ(あるいは武骨さ)が伺えるけれど、そんな(無駄な)ものが(あるいは過度に「文化的」とも言う)この積層学園都市にあるはずもない(しかも、こんな郊外にぽつりと)。すべては見た目のことで、表面だけのことで、それは数ナノ単位の厚さの外壁塗装技術による偽装(というより粉飾)が、そのように、本来なら無機質な(たぶん、豆腐かモノリ(墓石というのは少し憚られる気がした)スのような)この建物を、古風に演出させているせいなのだった。
とはいっても、そこは大きさとしては、小さなホテルくらいはありそうな、そう、「お屋敷」という感じなのだった。周りには何もないのに(周りはコンクリート打ちっぱなしと言う感じで滑らかな灰色が続いている。たぶんここは第2層……随分と歩いたのでもう一度自分だけで来られる自信はなかったりする)、まるで江戸川乱歩の小説に出てくる戦後東京の屋敷町みたいに、ポツリと明治期に建てられたような洋館(に見える現代建築)があるというのは、すこし、不気味ではあった。
この辺りは、しかも上の層に遮られて日光もあまり射さず、薄暗い。
私――柳條香流はおそるおそる、といった感じで、冬目橘杯ちゃんの開けた玄関のドアの中に、彼女に遅れないようやや背を縮めながら急いだ。
靴のまま上がって、毛足の長い絨毯(紺色だろうか、青よりは黒に近い気がした)を踏みながら長い廊下を進む。
「す、すごい家なんだね……」
壁に掛かった変な抽象絵画(非定型芸術――というのか――生の芸術――と言うのか、ともかく20年くらい前に流行ったようなヤツ(私はまだ生まれていなかった)。価値の判断が難しくてクラクラするやつだ)を横目で見ながら(あ、でもとなりのはラファエルのやつ(でも、ラファエルの何かはわからなかった))、
「何か、軽い魔窟……」
と口から言葉がつい出ていた。
「あまり、インテリアの趣味はよくないんですよ、先生」
と前を歩く冬目ちゃんが、振り向いて苦笑いする。
「こんなものばかり買ってきて、困ってます」
なんだか、旦那のことを話す奥さんのような口調。
暗い色の中に浮かび上がる冬目ちゃんの真っ白なブラウスの下、紺のスカートが、私たちの行く先のことを思うと楽しみで仕方ないとでもいうように、ひらひらと踊っている。
(……ま、まぁトーメちゃんの家ということだし、怖いことは何もないと思うけど…………(先生?(というと(あれ?)えーと(まさか、(いや、でも……)えと))というか)廊下長くない?)
私がぎりぎり言語化できないところで引っ掛かっていると、
「あ、ここが居間なんです」
と、冬目ちゃんが立ち止まった。
彼女は硬い木のドアをタンタンとノックし、すぐに戸を引き開けた。
部屋はかなり明かるかった。
エネルギー効率のよい発光建材の白い光。
私はその強い光に目を細める。
目が慣れるまでのあいだ、視界が消えてしまった。
「――お帰り。ちょっと遅かったな」
声――それは聞き覚えのある声だった。
洋間で冬目ちゃんと私を出迎えたその人は、
「おや……この家に客人とは、珍しいな」
と私にむかって、どうやら微笑んで付け加えた。
冬目ちゃんの同居人であるその人――総矢獨景先生は、何を隠そう、私の恩人だ。
そして、どうやら冬目ちゃんの親(?)らしい。
(親子で別姓ってのも、ちょっと珍しいけど……)
と少し混乱しながら、さらに不自然な、先生の後ろの人だかりを窺う。
小学生くらいか、幼い10人くらいの子ども達が、先生の後ろには立ち、部屋に入って来た私たちを見ていた。特に、私の方を念入りに窺っている。
子どもたちは簡素な入院着のような服を着ている。
冬目ちゃんの兄弟、だろうか(それにしては多いけど)。
それはともかく、私は総矢先生に挨拶した。
「と、突然お邪魔してしまって申し訳ありません、総矢先生。冬目さんとは以前からお付き合いさせていただいておりまして……」
「そうなんです。何年か前にグルガ・ソヴィエトの科学アカデミーで出会いました。僕とカナさんはぶっちぎりの仲なのです」
何かが間違っている気もしたがそれは置いておこう。
心なしか少年少女たちがざわざわしている気がする。
先生はうんうんと頷いて(もしかして、もともと知っていたのかも?)、ところで、何で今まで家に来なかったの? なんてことを聞いたりした。
でも、こんな(いまの私は全身包帯である)恰好での訪問でも、温かく迎え入れられたのは有難かった。
「――あなた、人形使いですか?」
ホッとしている私に、ひとりの少年が話し掛けて来た。
「いや、ロボットのパイロット……だよ」
私は、口調を普段戦場でしていたような調子に(やや)戻しながら答えた。
冬目ちゃんといると、だんだん普段の口調がわからなくなる。
私の答えを聞いた少年は、へぇ! すごいなあ――とすこしの間はしゃいでいた。




