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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第2章 邂逅の塔
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8 / - 2 東春日井郡市 肆



 弟と自分の関係性は、もうあの頃のようにはいかないだろう。

 そう、じゅは考える。もはや対立的一対(シジギー)のようになり、交わることも難しい。だが、それは世界の冷戦構造よりは増しなのではないか、とも思うのだ。


 ポール・ゴーガンの絵画――そのタイトルになぞらえ、彼女はときおり考える。


 アメリカをはじめとした西側諸国――これは、「我々は何処に行くのか」から「我々は何者か」を知る国々だ。「我々は何処へ行く何者か」――それは本来なら「我々は何処から来たのか」という問いと表裏でもある。だが、それを問うことはほとんどないといっていいのではないか?


 対するソヴィエトをはじめとした東側諸国――これは「我々はどこから来たのか」から「我々は何者か」を意味づける国々だ。「我々は何処から来た何者か」――それは「我々は何処に行くのか」という問いと表裏。しかしそれを自らに問うことは彼らには難しいのではないか。


 一方のアメリカは自らのルーツを問い忘れ、対するグルガ・ソヴィエトは自らの進む先を他者との関係性からしか導き出せない。世界はそうしたふたつの考えが()()になっているといってよいのかもしれない。


 樹禰は考える。

 東西の二大大国の宇宙開発競争をみれば、この差は明らかだろう。

 アメリカ自由主義共和国連邦は1947年、人類初の人工衛星「スプートニック1号」の打ち上げに成功した。これが最先端の科学技術国を自負していたグルガ・ソヴィエト連条合衆国に「スプートニック・ショック」と呼ばれる衝撃を与えることになる。ソ連は対抗してすぐさま「ヴァンガード計画」を発動するが、その人工衛星開発は失敗を喫してしまう。

 「我々は何処へ行く何者か」と問う国は一直線に宇宙(そら)を目指し、「我々は何処から来た何者か」と問う国は、対立する国の背中を目指した。

 それから数十年は宇宙開発競争の時代だった。

 

「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処に行くのか」


 19世紀末のゴーガンのこの問いが、次なる世紀の悩ましさを言い表していたのは偶然かもしれない。だが、その問いはこのような二項対立をうかがわせている以上に、示唆的だ。

 樹禰はそう考える。

 それは弟と自分の対立の構図さえ、含んでいるからだ。


「我々は何処から来て何処に行くのか――我々は何者か」


 それが弟の進んだ道。

 そして、


「我々は何者か――我々は何処から来て何処へ行くのか」


 これが私の――人を超えた種族として彼女の進まざるを得なかった道だ。


 この対立は、解消できるのだろうか。

 樹禰は自問する。


「できる、と思うのだけど……ね…………」 


 彼が、弟が、がねが「何者」かになれれば、あるいは――。


 彼は何者かになろうとしている。

 ならば、それを彼女が助けない理由がなかった。

 陰ながら、そっと手を差し伸べたかった。

 彼はきっと、私の助けなど拒むだろうから……。

 だが――だが、拒まれたとしても、彼女は弟を助けたかった。


 でなければ、せっかく怪物に生まれた、甲斐がないというものだ。



「我々は――私は――何者か……」


 今日何度目になるかもわからぬその問いを彼女は繰り返しつつ、どこか手の届かないところに到達しようとする弟を、ずっと前にそこに到達し尽くしている彼女は、それを悟られないまま、その手をそっと引く夢を見続けた。


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