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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第2章 邂逅の塔

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19/58

7 / - 2 名古屋市 參


 

「あのときは、まだグルガ・ソヴィエトの科学アカデミーにいたのよね?」


 とカナさんに尋ねられた僕は、


「あ、えと、いえ、あのときはもうスロヴァキアの科学院にいて、そこからソ連に短期留学みたいなことをしていたんです」


 と2年前のことを思い出しながら答える。

 何となく、ずっとほぉっとした表情のカナさんは、その答えを聞いて、さらにしゅんとしたみたいで、

 

「私なんて、普通教育は小学校しか…………うぅ……」


 と泣きそうになってしまった。


「い、いや、僕なんていま小学5年生で、卒業すらしてなくて、あの、その……」


 久しぶりに再会したカナさん――(りゅう)(じょう)()(なれ)元アメリカ自由主義共和国連邦機動陸軍グルガ・ソヴィエト連条合衆国交換研修隊員は、無限に広がる、天然の地雷原みたいになっていた。


 見た目も全身ケガだらけで、ガーゼや包帯で処置された彼女は、ひかえめに言っても痛々しい風ぼうだ。あまり動かないその表情からは、追いつめられていることが伝わってくる。なんだか、「凄惨」という感じだった。


「…………トーメちゃんは、いつから名古屋にいるの?」


 とカナさんは、再び口を開いた。

 なんだかカナさん、感情が自然に動けなくなってるみたい。

 大丈夫、かなぁ……?


「去年からなんです」


 僕は総矢先生に引き取られた日のことを思い出しながら、答えた。


「私は今年から。日本って、意外と黒髪の人、少ないんだよね。しらなかった……」


 カナさんは、包帯のまかれた自分の黒髪を撫でながら言う。

 肩口くらいまである髪を、わざわざ黒く染めているのだった。


「……僕も、気にはなったんです。カナさん、何で髪黒くしてるんだろうって……台湾の人とかに憧れてるのかなって……」


 何を隠そう、僕の髪だって、なんていうか砂浜に打ち上げられて腐る寸前の、南洋にいる緑っぽい蛸の死体みたいな色をしている。名古屋ではこんな色でも誰もそのことを気にはしないし、先生なんかは、綺麗だ、なんて言うこともある。


「日本には、14、5世紀くらいに、北極圏派(アルクトゲイア)の人々が流入したんです。だから、いまでも場所によっては、こうして髪の色じゃ差別なんてありません」


 僕は、ちょっと誇らしい気持ちになってそう言った。


「そ、そういうことなんだ……。なんだか、ニホンって、京都のイメージしかなくって……」


「ですよね……」


 盤状陰陽都市《京都》は、いまでも黒目黒髪に独特な価値観を持っていると聞いたことがある。京都からみたら名古屋なんて、きっとカオスで、醜いだろう。半世紀くらい前、1926年(昭和元年)に刊行された、京都出身の(げん)()(ひょう)()の随想集『愚人漫筆』には、「名古屋へ来てすぐ感じましたのは其の如何にも殺風景なと言ふ事でした。あの美しい自然を背景として、優雅な人達が色々な役割を演ずる洛陽の都とは、実に天地青壌の差です」「只汚れたどす黒い僅かの水と、吹きすさむ烈風と、万丈の紅塵のみで、如何にも商工業地だと言ふ感じを直感的に起せます。古雅だとか、優美だとか、沈静美だとか言つたものは薬にしたくも ありません。……商工業の中心地たる名古屋としては、之でいいかもしれません」という、大正年間に書かれた「京都から名古屋へ」がすでに収録されていたのだから。


「でも、京都みたいな都市の方がじつは少数派ですから。ロシア的な価値観が入っている方が、実はふつうに多いっていうか……むしろ京都だって、正教の北極圏派(アルクトゲイア)が過剰に流入しすぎたから、反動で……」


「ろ、ロシアって、えーと、ロシア帝國、のこと?」


 とカナさんが、「混乱中」といった表情で聞いてきた。


 はい、とうなずいてから、僕はハッとした。

 しまった。

 カナさんは、こういう知識には疎いんだった!

 高校の世界史レベルの内容。

 専門職業人の彼女には、縁のない話かもしれない。


 それでも、カナさんは持っている知識を総動員して続けた。


「ロシア帝國っていうと、あれよね、んーと……」


 包帯まるけの腕を僕らが向かい合っているテーブルに載せ、肘をついたカナさんは、こめかみのあたりをてのひらで押さえた。押さえた黒髪にも、三重四重に包帯が巻かれていて、彼女の可憐な見目からつい忘れてしまうけれど、僕とは違い、彼女が、たしかに戦士だということを、それらの白さが思い出させてくれるみたいだった。


「そう、そうそう、いまのアメリカ、よね? そうよね?」


 カナさんは、思い出せたことがとてもうれしかったようで、再会してから一番、明るい声になって言った。


 



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