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崑械のアイオーン  作者: gaia-73
第1章 始動の夏
13/58

4 / - 5 名古屋市×東春日井郡市 壹


「そうか……君は、()()の当事者なのか」


 不意に、獨景ヒトカゲは言った。

 まるでいま気づいたとでもいったような軽い調子で、相手の神経を逆撫でしかねないような言い方だったが、暗い洞窟の中で発光している彼の虚像仮構には横柄なところはなく、その眼元にはむしろ何も考えずに生きていることが分かるような柔和さがあって、話し掛けられた相手をやや困惑させた。


「ひとつ、いいものを見せてあげよう」


 身構える相手に向かって「そう硬くならなくてもいい」とでもいうように、ひらひらと手を振って制して、


「これの全貌を把握できている人間は世界にもほとんどいないが……」


 と早口でしゃべりはじめながら、その場にひざまずいた。

 彼は闇の中で相対している《強化外骨格エグゾスカル》戦士に視点を定めたまま、何かを抱きしめてるような仕草をした。だが、何を抱きしめているのか、外骨格武者にはわからなかった。白いカーテンのように、獨景の白衣がその何者かの姿を視えないように包んでいたからだ。


「…………アメリカのアリゾナ砂漠に住む先住民が持っていたペンダント、シベリアの遺跡、氷河と海流に乗ることなく5000年以上北極点に留まり続けていた謎の立方体、インド奥地の寺院に安置されていた仏像の額に埋め込まれた欠片、ミクロネシアの海底に眠っていた水晶髑髏の蝶形骨部分、トルコのアララト山の山頂付近で発見されたほぼ完全な状態の方舟の、操舵室らしき場所に嵌め込まれていた微小な球体、地球の極軌道を13000年前から周回している人工物と思われるストレンジ・ストラクチャ――われわれはブラック・ナイト衛星と呼んでいる――から回収された透明なディスク、バルト海の海底に半分埋まった状態で発見された直径60メートルを超える未確認潜水物体から引揚げられた卵状のカプセル、ドイツ第三帝國が南極大陸で極秘裏に発見していたピラミッド郡から出土した眼球を模した装飾品類の角膜部分、中國夏王朝時代のものと思われる青銅器に彫られた溝にコーティングされていた塗料と思われるもの、日本列島各地の古墳と、奈良県は三輪山と大和三山――すなわち天香久山・畝傍山・耳成山――合わせて九州と東北から北海道にかけて分布する古代靈山の山頂で回収された水晶によく似た性質の勾玉………………」


 跪いたまま彼はスラスラと、まるでこんなことは時候の挨拶より口にするのが楽とでもいうように、世界中の様々な超古代遺物を羅列していった。そのほとんどは発掘が着手されたばかりか、あるいはほとんど調査されておらず、インター・ネットワーク上でも実在の定かでない扱いのものばかりだった。


「それらは、共通の性質を持っていた。それらはすべて同様の透明な結晶、より正確には非晶質体だった」


 だがそれを語る彼の様子は世間話をする青年そのものであり、世界の秘密を語る神秘主義者に共通する、あの力強い熱狂や、見苦しい陶酔のようなものは丸っきり欠けているのだった。


「そして、それらは共通の材質から出来ていた。何だと思う?」


 獨景は、立ち上がると戦士に微笑みかけた。

 立ち上がっても、まだ白衣の中身は見せなかった。

 出来の悪い生徒を前にした教師ように、彼はやや間を置いて、口を開いた。


「"核酸"だよ――それはDNA・RNAを含んだ中途半端な結晶構造を持っていた。解析に立ち会った専門家の言ではまるで、解いてくれと言わんばかりの結び目のようだったそうだがね。それをアメリカをはじめ世界中の演算機で攻析させた結果、すべてのパターンを組み合わせると、合成すると、あるひとつの生命遺伝情報が構成できることを発見した――」


 そこで彼は、ようやく白衣の前をすらりと開いた。

 まるで、試着室のカーテンのように。


「それが、この子だ」


 彼の白衣から現れたのは、少し驚いた顔のまま身をすくめている、まだ幼い、白っぽい緑色の髪と目をした少女だった。


「……そう、驚いているな。やはりそうか……」


 総矢獨景はうれしそうに、《強化外骨格エグゾスカル》に問いかけた。


「この子は、君に()()()()()()()?」


 これほど自信満々にしていれば、何もかもお見通しだと思うだろう。だが、獨景にしてみれば、これは半ば、()()()()だった。


「われわれはこの子らをコード・ネームで "サキマ" と名付けた」


 彼はハッタリが効いていることを確認しながら、都市の極秘事項を話した。

 知るべき者のために話しているのだ、という様子だった。


「これは世界中で見つかったその非晶質体のそばに彫られていた、ペトログラフ――現生人類以前の文字と思われる叙述を含んだ表意記号の総称なんだが――の中から、物質自体のことを指すと思われる共通の文節を見出し、音声言語パロール化したものだがね。正確な発音かどうかわからないが、アリゾナの先住民も確かに"サキマ"と発声していたからあながち間違いでもないのだろうさ……」


 そこまで話して、獨景は切れ長の目を徐々に大きく見開き、


「だがどうやら、君を含め日本人はそれをこう言うらしい――」


 そして君のことだよ、とでもいうように、


「"オニ"と」


 と続けた。

 彼は少女の肩に手を置いて、対峙している者を見つめ続けた。

 彼の義理の娘である薄緑色の髪と瞳をした少女――それは行政特区・名古屋市(ホウサ)すなわち複合積層学園都市(バビロン)が極秘裏に開発し運用しているサキマ()のクローン。暗号名「人たる器を破棄せし者シュヴィラト・ハケリム」、通称「誰でもない者(メアリーズ)」。


 獨景はフラフラと後退る戦士に、見開いたままの眼を向けながら呼び掛けた。


「少年、君には視えないか? 生命の死に絶えた惑星ほし、優しい静寂の惑星ほし完璧な世界パーフェクトワールド、――そんな地球が……」


 暗い洞窟に木霊する虚像の声は、闇の奥へと走り去る者の音に混じって反響し続けた。音が意味をなしたのは最初だけで、やがてすべての空気振動は岩窟の胎の中で重なり合いながら混じり合い、まるで、脳を駆け巡る血流の轟音のように知覚できなくなり、やがてバビロンの小さな匣の中で夢見られていた暗闇に、視界のピントを合わせる者もいなくなった。


 あとには、いつだって完璧な静寂だけが残される。

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