残念な夜
「うわぁ・・ありゃ完全に入ってますな。」
「そーだなー。・・お、どんどん激しくなってきた。」
---夜。公園の通路脇に生えている木の陰。双眼鏡を構える男子高校生2人が、息を潜めながら会話している。
1.5mほどの木の茂みの中、制服であるにもかかわらず土の地面に寝転んでいるため、通路を通る人からはぼ確実に気づかれることはない。
2人の目線の先には、ベンチに座る20代前半と思われる男女。
黒のショートバンツに胸の開いたシャツにド派手なネックレスの小柄なギャルと、柄のシャツを着たゴリマッチョの2人はおそらくカップルだと思われる。街頭に虫が群がるこんな時間に、人気の無くなった公園のベンチですることと言えば・・・・。
「おいルイ殿! キスしながらパイオツも触りだしたぞよ!!」
「フフフ、すばらしい。俺も触りてぇぞコノヤロー・・・!!」
向かって右側は男の名はヒサツグ。
すき放題に伸ばした髪型にビン底メガネ、小太りな体型はいかにも^ヲタクです^みたいなヤツだ。汗ばんだ髪が丸い顔にべったりと絡みつき、気持ち悪さはいつもの5倍増しである。
「ワクテカが止まらんぞよ。我々ブサイク達は一生あんなこと出来ない・・だからこそしっかりと覗かせて頂きましょうぞ!」
「そうだな・・っておい!!オレをお前と同じにするな!お前は気持ち悪さ常軌を逸脱している。それに比べたらオレは普通スペック。いずれは彼女を作ってあんなことや、こんなことしてみせる。」
向かって左側、威勢よく発言するこの男の名はルイ。
髪は失敗したもじゃもじゃパーマで、身長は169cmと少し小さめだが、細身の割りに引き締まった肉体をしている。ここまで聞くと、ごく一般的な男子高校生である。しかし、彼にはある一部分が異様なまでにダサイのだ。
「な、なんと!!なんて事を言うのだねルイ殿!!た、確かに漏れがきもいのは認めるが、ルイ殿のそのイカれたそのサングラスは引けをとらぬほどのキモサですぞ!!ww」
そう、ルイは常にサングラスをしているのだ。もちろん今のような夜であっても。ルイの見た目はそのサングラスと右耳にあるピアスによって非常にガラが悪く見え、学校の教室内でもサングラスを外さないその姿は完全にDQNである。
「キ・・キサマ!!キモヲタのくせに生意気な野郎だなコノヤロー!!いっぺんそのクソ眼鏡をカチ割ってやる。表に出やがれ。」
「やってみなさい、夜にグラサンして視界の悪いDQNなんぞ・・漏れが捻りつぶしてやりますぞ!!ww」
2人は声を荒げて言い合いをしていた。お互いにらみ合いながら公園の通路に出る。
「そもそもノゾキなんてオレは興味ねーんだよ!あのカップルとかなんだよ。女のほうとかただのクソビッチじゃねーか!」
ルイはカップルの女に指を指しながら言った。
「なにいってるでござるか!さっきまでオレも揉みてぇとか言ってたくせに!!ww」
半笑いのヒサツグが負けずと言い返す。
「う、うるせぇ豚ヤロウ!!オレは早く能力を上げてイケメンになる!そしてあのクソビッチの5000倍カワイイ娘を彼女にしてやるからな!!」
「フヘヘwwまぁせいぜい頑張るといいです。そのイカれたグラサンしてる限りクソビッチですら振り向かないでしょうけどねww」
2人は頭に血が上っているのか、周囲を気にせず言い合いをしていた。
そしてルイがついにヒサツグを殴ろうと腕を振りかぶったそのとき、ルイは後ろから誰かに肩を叩かれた。
「・・・・キサマラ。ぶっ殺してやろうか・・?」
ルイは一瞬のうちに全身が凍りつき、尋常じゃなく冷や汗をかく。正面のヒサツグは、ルイの後方を見てガクガク震えている。
さっきまでは気づかなかったが、ベンチの方角から女の子がすすり泣く声が聞こえていた。
ルイは落ち着くために目を瞑り、少しの間止まっていた呼吸を再開させる。
落ち着くんだオレ。冷静になって考えれば、何か打開策が見えるはずだ!
そう心の中で自分に言い聞かせ、ルイはとりあえず後ろを確認することにした。もしかしたら想像してるよりも事態は悪くないかもと淡い期待をしながら。
「お前ら、生きて帰れるとおもうなよ?」
カップルのゴリマッチョが指を鳴らしながら鬼のような形相をしている。
事態は想像よりも最悪だった。
ルイは現実を逃避するようにゆっくりと正面を向くと、そこには誰もいなかった。少し遠くにヒサツグの必死に走る醜い後姿。
・・・あんのクソ豚やろうがぁぁぁぁぁぁあああ!!!
ヒサツグはデブのくせに逃げ足が速い。無駄な知識が増えた瞬間である。
ヤバイ・・この状況・・早く何とかしないと・・!!
とりあえず逃げようと試みるルイ。しかしシッカリと肩をつかまれていて不可能だった。
だめだこりゃー。
強引に肩を引っ張られルイの体の向きが反対方向になり、いよいよゴリマッチョと向き合う形になった。よくよく見るとゴリマッチョの身長はおよそ190cm。腕はそのへんの木ぐらい太い。
「あっちのデブは触りたくもねぇからまぁ見逃してやろう。その分お前を殴れば良いや。」
ルイを見下ろしながら、低く殺意を込めた声をルイに浴びせた。
必死に打開策を考えるルイであったが、もとから知能が低いのでなにも思いつかなかった。
そして、考えるのを辞めた。
その後、ルイはボコボコにされたのは言うまでも無い。
制服はどろどろに汚れ、腫れあがった頬と鼻血まみれの顔を夜空に向けて地面に寝転んでいた。
あー、今日もツイてねーなコノヤロー。
きれいな公園の通路の端っこで、ぶつぶつとつぶやくボロ雑巾状態のルイ。
生きてて良かった、どうやって家族にこの傷を説明しようか、明日あのクソ豚野郎をどう殺してやろうかなど、いろいろ考えていた。
ある程度脳が整理を終えて、最後に深呼吸をする。殴られた腹が痛い。
痛みは殴られている最中に放たれた、ゴリマッチョの言葉を思い出させた。
「お前みたいなブサイクはこの世の中に必要ねーんだよ!努力もせず、ただのうのうと生きてブサイクをになった野郎なんて特にな。能力も見た目をクソな人間に誰も見向きもしない、それが絶対容姿至上主義なんだよバーカ!」
耳に鮮明に残る、この言葉。
そんたことは・・わかってんだよ・・・!!
ルイは今まで人生で受けてきた扱いは、とてもひどいものだった。差別、イジメは日常茶飯事。
[ブサイクである]
ただそれだけの理由で。
オレって・・なんかすげー惨めだな。
ルイはそのまま手を伸ばし、殴られたときに落ちたサングラスをゆっくりとかける。
目に集まってきた水分を隠すように、ゆっくりと。
「なつきちゃん、オレ・・こんなんじゃダメだよな。このままじゃあの約束、守れそうにない」
10年前に交わしたあの約束。その証としてもらったシルバーのピアス。
ルイはあの日の出来事を軽くフラッシュバックした。そして最後に脳内写ったのは1人の少女の笑顔だった。
「クヨクヨしててもしゃーない!!明日からまた能力を上げる!!来週の剣道の大会では実績を残す!!イケメンになる!!そして・・」
ルイは立ち上がり、月に向かって腕を伸ばす。
モテモテになってやるからなーーー!!!
そう胸に誓ったルイであった。