第1章 巡察使の誇り (1)旅立ち
大宝3年、一人の駆け出し官吏の青年が藤原京を出発し、北陸道へ赴いた。巡察使として地方行政を視察監督するためだ。後に下総国守となる高向朝臣大足が北陸で経験した青春の日々。
あの頃と最も違うのは、オヤジを超えてやるという血気盛んな若い男にありがちな意気込みがほとんど消えてなくなってしまったことだ。それ以外に変わったことと言えば、俺の赴任地が数十年前よりもさらに遠方になったこと、そして、オヤジはもうこの世にいないということだろうか。
大宝三年、まだ二十歳になったばかりの若造だった俺は、前年に大陸へ渡った役人の先輩である粟田真人殿を尊敬し、彼のように遣唐使の一員になることを夢見ていた。
「ちくしょー、何で俺がクソ寒い田舎に派遣されなきゃならねぇんだ」
一年未満の派遣とは言え、北陸の地方行政を監察・報告する役割など、地味でやる気が起きなかった。
「大足の父さんって、確か遣新羅大使だったんだろ。すごいな。お前もそのうち選ばれるよ。きっと粟田殿が国交回復して帰国されるから、この先、機会なんていくらでもある。でも、うちなんてそんな名門じゃないし」
役人の同期で比較的仲が良い波多真人余射と馬を並べながら、俺は牡丹雪が舞い散る新益京を出発しようとしていた。
余射の言うとおり、俺のオヤジである高向朝臣麻呂は大陸に渡ったことがあり、その後に参議として朝政に加わり、中納言を経て摂津大夫まで上った。だから俺はそれなりに名門の息子なのだ。
だが、さらに上には上がいる。俺たちの前方を闊歩している藤原房前は数年先輩だが、既に出世頭として一目置かれている。なんたって藤原不比等の次男だから。
「まあ、巡察使に任命されたってことは、俺たちは清廉潔白な若者だって上が認めてるってことなんだから、素直に喜ぼうよ」
山陰道に派遣されることになった余射がお気楽に言う。
俺と余射は朱雀大路を出て北上し、一緒に巨椋池のあたりまで駆けた。欝々とした気分は全く晴れなかったが、「この際、悪徳国司や郡司を摘発してやろうぜ」と笑いながらそれぞれの道に分かれた。俺はこの時、憂さ晴らしでもしてればいいやくらいに思っていた。
北陸へ行くには、昔、葛城大王の宮があった大津のあたりから淡海湖沿いに北上し、角鹿に行くか、途中で西側に進んで若狭に行くか、さらに最短距離を取りたいなら始めから山道を進むか、何通りもの方法がある。
「それにしても、さらに雪深いところに行かなきやいけないなんてついてないですね」
録事の鳥部小麻呂が俺の憂欝な気分を助長させることをつぶやいた。
巡察使は正使と記録係の録事の二人一組になっていて、任務の間は基本的に一緒に行勤しなければならない。見知らぬ土地での不測の事態に対応するためでもあるし、巡察する側のどちらかが不正を犯さないよう見張るためでもある。
もちろん、雑用係の伴を一人ずつ連れているが、録事と馬が合わなければ悲惨だ。だが、ただ一つ、小麻呂という名のくせに大食いですぐに腹が減りましたとうるさく言うくらいで、俺と小麻呂に不穏な空気が流れることはなかった。