幽霊少女、神様のご両親に対面する!の巻①
二部構成で、今日は一部のみ失礼いたします。
神様とカミサマの両親が出てきます。
―― side カミサマ。
「おい、さっさとそっちの仕事を片付けろ。
俺の方はとっくに終わってるんだからな」
半身でもあり、一応は兄の立場にある男が俺を不機嫌そうに睨んで命じてくる。
普段は神の仕事なんて面倒だし退屈だしで、兄の方に押し付けて逃げるんだけど、
業を煮やした俺のジジィ、もとい、祖父神が本気を出したせいで、
――ジャラリ……。
「(俺みたいな若い神が、年季の入ったジジィに敵うわけもないってね……)」
愛しの桜ちゃんに会いに行こうとしたところを、鎖付きの足枷に捕まって連行されたわけ。
外そうと思えば外せるけど、それには結構な力を使わないと駄目だし、
正直、そんな疲れるような事はしたくない。
だから、今日は大人しくジジィの監視する中での久しぶりの仕事中というやつだ。
しかも、あまりに量がありすぎるから、兄である男も駆り出され一緒に仕事を片付けている。
「はい、こっちは終わったよ。……ねぇ、ジジィ、もういいんじゃない?
俺疲れたから、桜ちゃん抱き締めてハグハグしたい」
「まだ三分の二も終わってないだろう、お前……っ。
それに、俺はお前のせいで桜と出掛ける大切な用事をふいにされたんだ。
少しは責任を感じろっ」
「もうやだよ~、面倒だし頭痛くなるし~。
ってか、何? 桜ちゃんと二人きりでお出掛けとか、抜けがけじゃないの?」
「俺はいつでもお前を出し抜いて、桜と婚姻する気満々だが?」
鼻で笑うかのように言いきっちゃったよ、この兄神……。
俺だって桜ちゃんの事が好きなのに、もう自分のモノみたいに自信満々だよ。
ほ~んと、気に入らないなぁ。
『お前達、口喧嘩をしとらんで、さっさと仕事を済ませぬか!!』
それに、俺達が仕事をしている空間の一番高い青空が広がっているそこには、
監視のジジィが目を光らせてるし、つくづく面倒な一日になっちゃったね。
「おい、爺さん。そろそろ俺の方は解放してくれないか?
桜と約束があるんだ」
『駄目じゃ!! 弟の怠惰は兄の責任でもあろう!!
しっかり見張って、連帯責任の名の下に仕事をきっちり片付けぇい!!』
「ちっ」
そうそう。俺がこんなに大変なのに、兄が弟を差し置いて幸せになんてなっちゃ駄目だよね~。
兄弟しっかり助けあわなくちゃ、ねぇ?
兄神の舌打ちする姿をニヤリと笑みながら見ていると、俺達のいる空間に揺らぎが生じた。
――ストン。
「陽月、月華」
揺らいだ場所から現れたのは、滑らかで美しい肌に薄桃の桜模様の入った着物を身に纏った女性だ。
普通の日本女性が纏う着物と違うのは、両腕の真ん中あたりが開けており、肩から少し着崩されているところだろうか。
人間でいえば二十代前半程の見た目。とても美しい造形をしているが、綺麗というよりは可愛いと表現した方が良いだろう。
少し不安そうな面持ちで、俺と兄神の許へと歩み寄ってくる。
「一体どうしたんだ、――母さん?」
その柔らかな手をとり、穏やかな声音で話しかけたのは兄神だ。
ちなみに、今アイツが言った『母さん』というのは、紛れもなく、この女性の事だ。
雪の存在を思わせるかのように美しい白銀の長い髪、
彼女のその色は、俺の血に引き継がれている。
兄神は、どちらかといえば、『父親』似、だろうね~。
それと、『陽月』は兄神の名前で、『月華』は俺の名前だよ。
桜ちゃんは、『神様』と『カミサマ』って、言葉のニュアンスで呼び分けているけれど、神様にだってちゃんと名前はあるって話だよ。
座っていた場所を立ち上がると、俺も母さんの許へと近寄った。
「ここに、……あの人が来てないかしら?」
「あの人って、父さんの事かい?
見ての通り、俺達しかいないけれど……」
「あぁ、……じゃあ、貴方達が大切にしてるっていう娘さんは?」
「桜の事か? アイツなら、俺との用事が中止になったから、
おそらく、どこかに遊びにでも行っていると思うが」
「そうなの……。じゃあ……やっぱり」
何故桜ちゃんの事を聞くのか、俺も兄神もよくわからず首を傾げた。
あの人……、父さんを探している事と、桜ちゃんがどう関係するんだか……。
「「……」」
暫し考え込んだ瞬間、俺は兄神とピタリと顔を見合わせた。
あまり考えたくはない事だけれど……。
「父さん、桜ちゃんに会いに出たとか言わないよね、母さん?」
「……実は、そうみたいなの。書置きにそれらしい事が書いてあって」
「というか、何故親父が桜の存在を知っているんだ……」
「……ジジィ、もしかして、父さんに桜ちゃんの事喋っちゃったとか言わないよね?」
「どうなんだ、じーさん?」
『……』
あ、明後日の方向を向いて口笛を吹き始めたよ、あのジジィ。
十中八九、桜ちゃんの事を父さんに教えちゃったのは奴で間違いないねぇ。
「もう最悪だね! 母さん、それっていつの事なんだい?」
「そ、それが……、私も用事で留守にしていたから、
いつ出て行ったかまでは……」
「親父の事だからな……。すでに桜に接触している可能性がある……」
「困った癖が出ないといいのだけれど……」
母さんが心配そうに頬に手をあてる。
まぁ、ねぇ……。父さんが絶大な力を誇る神様なんだけど、
色々難点も抱える困ったところもあるんだよね。
え? 何? 俺がそういう言葉を口にしちゃいけないって?
ははは、嫌だなぁ。自分の事棚上げは俺の得意分野だよ~。
「ちっ、おい、爺さん。俺は親父を探しに出るぞ。
あとの仕事は、こいつ一人にやらせてくれ」
「こ~んな面倒な仕事、ポイだよ、ポイ!!
俺も今すぐに、父さんを捕まえに行くよ!!」
「サボりの口実を見つけただけだろうが!
爺さん! 絶対にこいつをここから出すなよ!!
足枷も外すな!!」
何一人でまた抜け駆けしようとしてるんだろうね、この兄神は!!
俺が一人で大人しくジジィに見張られて仕事するわけがないじゃないか……。
勿論、絶対にここを脱走する気満々さ!!
「(ちょ~っと疲れるけど、ここにずっといるよりはマシだからね)」
俺は足枷に指を這わせると、そこにいる全員に気付かれないように脱走準備に入り始めた。
――人間界・町のカフェテラス
~side 桜~
「あ、あの~……」
「どうしたんだ? 遠慮なく食べていいんだぞ?」
目の前に置かれた苺パフェのグラス。
白い生クリームとバニラアイスと共に苺がたくさん絡み合っているこの素晴らしいハーモニー。
ですが、私はこれを素直に受け取って食べていいのか正直戸惑っています。
丸テーブルを挟んだ向こう側には、穏やかな笑みを浮かべて私を見つめている男性が一人。
襟足長めの漆黒の髪が良く似合う、大人の男性さんです。……ちなみに、初対面です。
知らない人に付いて行ってはいけませんという当たり前の事は、私もよくわかっているはずなんですけど……。
「さっきも聞いたんですけど、貴方は一体『誰』なんですか?」
神様との約束が中止になってしまい、一人でお空の散歩に出かけた一時間前。
何か視線を感じるなと思い振り返った私は、この男性の腕に抱き上げられ拉致されてしまったのです。
サングラス付きの不審者……、お空に人がいる事にも驚きましたが、人間ではない事だけはよくわかりました。
で、最初は逃げようと暴れていたんですが、男性のサングラスが外された瞬間、
そのお顔を見て心から吃驚!!
「(神様と似てるのには驚きましたよ……)」
私の知っている神様の方がお若い印象なんですけど、
こちらの男性は、成熟した大人の男性というか、全体的に大きな余裕感があります。
人間の見た目で言えば、二十代後半、ほどですかね?
他人のそら似かもしれないのですが、私は何故かその顔に安心感を抱いてしまって……。
――気付いたら、人間界のカフェテラスに連れて来られていました(ほろり)
「私の知っている人にそっくりなんです! ご親戚ですか?」
「そうだ、追加でDXチョコケーキも頼んでやろうか。
女の子は甘い物が大好きだからな」
「人の話を聞いてください!!」
メニュー表を広げ、次から次へと注文を頼む男性さん。
スルーされたのか、無自覚にやっているのか謎ですね!!
「ほら、早く食べないと追加のデザートがテーブルに乗らなくなるぞ?」
スプーンを手にとって、苺のパフェを掬った男性が私の前に差し出します。
うっ、とても美味しそうですが……、今は聞かなければならない事がっ。
「口を開けないと食べられないぞ?
ほら、あーんしなさい」
「う、ううっ」
凪いだ海のように落ち着いた青の瞳が、私を優しく見つめながらスプーンを口の前まで移動させます。
なぜでしょう、この男性の雰囲気と仕草に翻弄される自分がいますっ。
引き下がらない様子の男性とスプーンを見比べ、私は仕方なく口を開く事にしました。
「んぐっ……、あ、甘くて……はわわ~」
何て美味しいんでしょうか! 一口食べただけで頬がにやけてしまうこの甘さ!!
ひんやりとしたアイスの舌触り、楽園へ誘う生クリームのとろけ具合!!
シャリシャリとした苺の甘酸っぱい食感!! まさに完璧なハーモニー!!
「美味かったようだな? たくさん食べるといい」
私が幸せそうな顔をしていると、男性が笑みを深め、またパフェを掬い取りました。
うう、パフェには罪はありませんからね! もうこうなったら食べ続けますよ!!
まるで親鳥が雛を餌付けするように、次から次へと差し出されるパフェをパクパクと口に入れていきます。
「お客様~、お待たせいたしました~!
DXチョコケーキと、パンプキンホットケーキ、他盛りだくさんで~す!!」
ようやく餌付け的な行為が落ち着いた頃、男性が頼んでいた追加注文が運ばれてきました。
そういえば、まだあったんでしたね……。
どうにかギリギリ丸テーブルに収まった注文のデザートに、思わず気後れしてしまいます。
これ、まさか私だけが食べるんじゃありませんよね?
心配そうに男性を見遣ると、私の気持ちに気付いたかのようにケーキの載った皿を自身の方に引き寄せました。
良かった、ちゃんと男性も一緒に食べてくれるようです。
「むぐむぐ……、で、あの……、貴方は本当に一体、『誰』なんですか?」
「誰か、という問いは、今この場で重要か?」
「うっ、じゅ、重要というか、誰かわからないと困りますし、
どうやって呼べばいいかもわからないと思うのですが……」
むしろ、見ず知らずの赤の他人同士が一緒にデザートを食べているのもおかしい気がします!
「呼び名か……。それは確かに問題だな。
……誓月と呼ばれる事もあれば、龍月と呼ばれる事もあるな」
「ふ、二つもお名前があるんですか?」
「誰かが呼ぶ呼び名だ。本名ではない。
俺は、誓言と水の属性に属する神だからな。色々呼び名も多いんだ。
勿論、本名は別にある」
「じゃあ、なんとお呼びすればいいんでしょうか……」
そんなに呼び名がいっぱいあるのでは、選びにくいですよ。
というか、今さらりと、ご自分が神様である事をカミングアウトしましたよね?
当たり前ですが、やっぱり人間ではなかったようです。
男性は腕を組んで、私の問いに思案し始めます。
「まぁ、相手がお前ならいいだろう。
俺の息子達の嫁になるのだしな」
「……は?」
「特別だ。……陽蓮と呼んでくれて構わない。
さ、呼び名も出来た事だし、続きを食べるといい」
「ひ、陽蓮さん!」
「ん? なんだ」
「あの、お名前を教えてくださったのは有難いのですが、
さっき、『俺の息子達の嫁』って言いませんでしたでしょうか!?」
本当にさらりと会話の中に爆弾発言を混ぜてきますよ、この人!!
「陽月と月華を知っているだろう? それが俺の息子達だ」
「えっ、ひ、陽月、さんと……月華……さん、ですか?」
正直、その名前に心当たりはまるでありません。
ですが、そんな私の戸惑いを気にする事なく、陽蓮さんは席から手を伸ばしてきました。
ペーパーフキンが口許に優しく押し付けられ、「クリームが付いてるぞ」と苦笑されます。
なんでしょうか、この気恥ずかしさは!!
まるでドジな妹の面倒を甲斐甲斐しく見るお兄さんのようですよ!!
「息子達が夢中になっている気持ちが少しだけわかる気がするな」
「えーと……、だから、息子さんというのは……」
「先程、アイツらの名前を口にしたが?」
「いえ、貴方の仰った名前に、心当たりがないんです」
「……」
陽蓮さんが、私の言葉を聞いて複雑そうな表情を浮かべました。
頬杖をついて、深い溜息を吐き出します。
「まさか、まだ名前すら告げていなかったとは……。
抜けすぎにもほどがあるだろう、アイツら……」
「あの~……」
「ふぅ、……愚息達が色々説明不足のようだ。
俺がさっき言った名前は、お前に婚姻を迫っているアホ神二人の事だ」
「あ、アホって……」
いや、それよりも、今私に婚姻を迫っている神様二人の事だって言いましたよね!?
つまり、それは……、神様とカミサマの事なわけで……。
神様にそっくりなお顔をしている陽蓮さんは、ご親戚か何かかなぁとは思っていましたが、
「お二人のお父さんなんですか!?」
「まぁな。息子達が一人立ちしてからは、時々しか会わなくなっているが、
正真正銘、あの愚息達の父だ」
「だ、だって、そんなにお若いのにっ」
「人間と神は同じ存在ではないからな。
老いも死も、俺達の前には意味をなさない」
そう言って微笑んだ表情も、神様に似て、とても自信に満ちているものでした。
まさか……、あのお二人のお父様だったなんて……。
しかも、私とこうやってデザートをご一緒しているなんて、信じられないシチュエーションですっ。
「父、アイツらの祖父に話を聞いてな。
今まで婚姻に興味すら示さなかった奴らが、一体どんな女性に惚れているのかと、
少々気になって会いに来てみたんだ」
「そ、そうだったんですか……。
あ、で、でも!! 私は、神様達と婚姻する気はないんです!!」
「神の嫁は不服か?」
「いえっ、そうではなくて、私はただの人間ですし、幽霊ですしっ、
それに、転生しようって考えているのでっ」
生前の家族達の幸せはこの目で見届けましたが、
やっぱり第二の人生が欲しいというか、転生して今度こそ元気に生きたいなというか!!
それに、こんな平凡な私が、神様達の愛情を受けるというのは恐れ多いのですよ。
「俺から見ても、妻になれば一生大事に囲ってくれそうな奴らなんだがな。
そうか……、失恋決定なのか、アイツら……」
あ、どうしましょうっ。陽蓮さんがしょんぼりと肩を落として暗くなっちゃいました!
でも、嘘を言うわけにもいきませんし、やっぱり本音を話しておくのは大事な事だと思うのですよ!!
「……ふっ」
「え?」
なんでしょう、暗くなっていた陽蓮さんが、急に不敵な笑みを零し始めたんですが……。
顔を上げて私をしっかりと見据えると、口を開きました。
「血が繋がっているというのは、面白いものだ。
事情は違うが、俺の昔の立場と一緒とはな……」
「は、……はい?」
「お前と俺の妻は似ていると思ってな。
相手からの愛情の重さに尻込みして、どこまでも逃げようとする……。
自覚してしまえば後戻りが出来ないとわかっているから、自分の都合の良い方に向かうんだ」
「……」
「アイツらの気持ちを受け止める覚悟が、まだないから転生に拘ってるんじゃないのか?」
「ち、ちがっ、んぐっ」
チョコケーキの刺さったフォークを口に放り込まれ、私は言葉を封じられてしまいました。
黙って俺の話を聞けとでも言われているかのようで、それ以上は何もできません。
口の中でとろけるのは、ほろ苦いチョコの味。
「同時に二人に迫られているお前の気持ちはわかるさ。
だが、……嫌いではないのだろう?」
「んっ。んぐ……。……は、はい」
嫌いだったりしたら、私は神様達の傍にはいません。
転生権を握られているとうのもありますが、あの方々との生活を嫌だと思ったことは一度もなく……。
けれど、愛情を向けられれば向けられるだけ、どこかで怖がる自分がいるのも確かで……。
陽蓮さんの言っている事にも一理あるのかもしれません。
転生への憧れと、もうひとつの別の道……。
「あの……、ひとつお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「神様という存在と幽霊である私が、仮に婚姻をするとして……。
それは……実際、どういう未来を作る事になるのでしょうか……」
肉体は当の昔に滅び、私はただの幽霊という存在でしかありません。
いずれは消えていく存在なんです。だから、婚姻なんて考える事すら恐れ多くて……。
下を向いて表情を曇らせていると、陽蓮さんが席を立ち上がる気配がしました。
横に来たとわかった瞬間、また腕の中に抱き上げられ、スタスタと会計へと歩き始めます。
「会計を頼む」
「はい、ありがとうございま~す!!」
「あ、あのっ、陽、陽蓮さん!?」
手際よく財布からお金を出した陽蓮さんが、お会計所のお姉さんにお礼を言って店を出ました。
そして、裏手に回ると、そのまま空高くまで一瞬で移動したのです。
「あそこだと込み入った話になるからな。
ここなら、誰も聞いていないし、いいだろう」
「そ、そうだったんですか……」
いえ、まず、神だなんだと話していた時点でアウトだと思うのですが、
幸いな事にあのカフェテラスには時間帯が丁度良かったのか、
お客さんも少なくその心配はありませんでした。
「でも、ちょっと吃驚しました……」
「何がだ?」
「陽蓮さんがお金を持っている事にです。
人間界のお金なんて、どうやって手に入れたんですか?」
「あぁ、たまに面白半分でバイトを少々な。
人間に混ざって汗水を垂らすというのも、意外に面白い」
「な、なるほど……」
うーん、そういう珍しい神様もいるんですね~。
でも、陽蓮さんのお財布相当分厚かったんですが、……一体どんなバイトを?
浮かんだ疑問を投げてみると、穏やかな笑みを向けられ頭を優しく撫でられました。
「子供は知らなくてもいい事だ」
あはは……、物凄く妖しい笑みで凄まれましたよっ。
これは深く聞いちゃったら後悔してしまうルートがオープンするんじゃないですかね!?
私はコクコクと頷くと、それ以上聞く事をやめました。
「それと、先ほどの続きだが……。
お前は幽霊という存在である以上、神の妻になる為には、色々な手順を踏まなくてはならない」
「手順……ですか?」
「そうだ。今のお前はまだ、冥界からの預かり物だからな。
まずは、冥界の長に許可を貰い、完全に魂の権利を譲り受けなくてはならない。
陽月が持っているのは、お前の魂と転生への権利だけだ。
魂を有する絶対的な権利は、まだ向こうにある」
「なんか、色々難しいんですね……」
「管理の関係で理解し難い部分は確かに多い。
で、だ。その冥界の長から権利を完全に譲り受けた後、
今度は幽霊であるお前の身を、神へと昇華させなくてはならない」
「ぐ、具体的には……、ど、どうやって……」
幽霊から神様になるなんて、前代未聞なんじゃないでしょうかっ。
でも、陽蓮さんのお話を聞いていると、まるで昔に神へと昇華した事がある人がいるような口ぶりです。
「神と誓を立て、七日七晩……」
そこで陽蓮さんが言葉を切りました。なんでしょう、言い難そうな表情ですよ。
もしかして、何か痛い思いをしなきゃいけないとかですか!?
い、いえ、私は転生重視ですから、万が一にもそんな事にはなりませんが。
「子供に説明するには、中身が少々面倒なんだ……。
だから、これは、もしお前が婚姻を決意した時に、アイツらから教えて貰ってくれ」
肝心なところにカーテンがシャーッと引かれちゃいましたね……。
でも、陽蓮さんの顔を見ていると、聞かない方が私の為ではあるようなので、いいんですよね。
「まぁ、途中は省略するが、神となれば永遠の命が手に入る。
神としての類まれな力を身に宿し、晴れて夫婦神となる事が出来るわけだ」
「……そうなってしまったら、人間に転生する事は……」
「出来ない。神は世界と共に在り、永遠を過ごす事になる。
神として生きる事に耐えられなければ、長期間の眠りにつく事で精神バランスを整える事は出来るがな」
「……」
「永遠を生きる事が怖いか? 未知なる力に恐れを抱くか?」
「はい……。やっぱり、神様の世界って、途方もないくらいに大きいんですね……。
私みたいな平凡幽霊には、かなり……敷居が高すぎる気がします」
話を聞いてみて、改めてわかりました。
神様と婚姻する事が、どれほど責任が重くて壮大なスケールかを……。
唯一人の神という存在を愛して、永遠を生きる……。
私には、重すぎますよ……。
「脆く弱い人間であれば、当然そう思うだろうな……。
だが、たとえ神になっても、一人になるわけじゃない。
夫神は常にお前の傍に在るだろう、そして、生まれてくる子供達もまた、
お前という存在を助け、後悔とは遠くなるように支えてくれるだろう」
「……」
「それでも、怖いと思うか?」
「……わかりません。今はまだ、話が大きすぎて付いて行けないというか」
永遠を生きる事も怖いけれど、私はまず、自分の気持ちがわからないのです。
神様とカミサマと一緒に過ごす日々は、とても温かく優しいものだから……。
どちらに対して確かな愛情があるのか、自分ではまだ見えないのです。
「神の世界も意外に賑やかで楽しいものだ。
もう少しアイツらの傍で過ごし、それを見ていくといい。
そうすれば、いつか心も定まるかもしれないぞ?」
「陽蓮さん……」
「勿論、どちらにも気がなければ、バッサリ振ってやるといい。
ちなみに俺は、妻に何百回と袖にされたが、最後には上手くおさまったがな?」
「す、すごいですね……」
私の気持ちを尊重してくれる陽蓮さんは、やっぱり大人の男性の余裕そのもので、
傍にいるだけで心が落ち着く安心感を私に与えてくれていますが、
この人の奥さんは、一体どんなアタックを受けた末に降参しちゃったんでしょうか……。
なんだか、他人事のようには思えませんねっ。
「まぁ、深く考える事はない。
人も神も、おさまるべき場所に辿り着く。
自然に身を任せていればいいだろう」
「そう、なのでしょうか……」
「あぁ。大事な事は、自分の心に正直に生きる事だ。
これで大抵は上手くいく」
言葉には一切の感情の揺れはなく、確かな力をもって私の心に語りかけられました。
神様とカミサマのお父さん……、その眼差しは他人の私さえも温かく包み込むように優しいものです。
外見は若いのですが、中身はやっぱり芯のしっかりした大人の貫録を感じさせるものでした。
神様とカミサマのお父さんは、自分に正直に生きるタイプです。
あれをこうしろと言われても、どこ吹く風。
奥さんを世界で一番愛しているそうです。
お母さんの方は、桜と性格が似ている部分が多いです。
愛されて苦労する、気質が優しいので押しに弱い。などなど。
心優しい女性ですが、神様とカミサマの子供時代は、
相当ご苦労されたようです(笑)