表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の幽霊事情と神様の嘘  作者: 古都助
番外編
7/13

幽霊少女の転生事情②

第二部参ります。

黒髪の女の子に連れて行かれた桜の行き先は……。



――女の子の家。




十分ほど走ると、女の子の家に辿り着きました。

白い壁の二階建ての一軒家です。

扉を入っていくと、彼女のお母さんらしき人が出迎えに出てきました。

甘栗色の緩やかな髪質をした美人さんです。




「お帰りなさい、遅かったわね……。

 その子は? お友達かしら?」



「うん、ちょっと事情があって、今日家うちに泊めてあげたいんだけどいいかな?」



「それは構わないけれど、……」




ちらりと、お母さんと呼ばれた人が私の姿を不思議そうに見ました。

そういえば、私の着ている物は神様が選んでくれた薄桃色の薄地のワンピースだったのです。

いくら幽霊の身では、それほど気温に左右されないとはいえ、

女の子のお母さんから見れば、少し薄着すぎたかもしれませんね。

それに、実体になっている場合、生きている人と同じように気温を強く感じます。




「えっと……、急にお邪魔してしまってすみません」



「あぁ、ごめんなさいね。ちょっと寒そうに見えたから、つい……」



「あ、……暑がり、なんです。はは」




私とお母さんが苦笑しつつ笑い合っていると、今度は奥の障子から男の人が出て来ました。

優しそうな感じの、神様に負けないぐらいの美形な人です。

外見の歳で考えると、多分、女の子のお父さんですね。

お母さんと女の子、あ、そういえば、幸希さんて呼ばれてました。

幸希さん達から事情を聞いたお父さんが、私を暖かな笑顔で迎えてくれました。




「もうすぐご飯の時間だから、二人でお風呂にでも入って来たらどうかな?

 着替えは幸希の服がサイズ的に合いそうだから、それでいいだろう」



「うん! じゃあ、お風呂に行きましょう。

 えっと……」



「ふふ。幸希、お友達の名前も知らないなんて、珍しいわね」



「あ、……え~と、あはは。今日からお友達になったという事でっ。

 お名前、聞いてもいいですか?」



「えっと……、さ、桜です。幸希さん」



「可愛い名前ですね! じゃあ、桜さん、って呼んでもいいですか?」



「は、はい」




幸希さんは嬉しそうに私の手を握ると、お家の奥にあるお風呂場へと私を連れて行ってくれました。

初対面の私に、どうしてこんなに良くしてくれるのか……。

彼女の内面の素直さや人の好さを感じながら、私は普通の女の子に戻ったような心地になりました。

生きていれば……、こんな風に女の子の友人と楽しく過ごす事が出来たのだろうか……。

不幸ではなかった。それだけは言いきれます。

大切な人達に囲まれ、最後の瞬間まで傍で看取ってもらえた。

幸せな……恵まれていた時間が、確かに生前の世界にはありました。

だから……、こんな風に良くしてもらえると……昔の事を思い出して、少し切なくなってしまうのです。





――ザブゥーン……。





「桜さん、お風呂から上がったら、一緒にご飯を食べて、

 私の部屋でゆっくり休んでくださいね」



「……あの、幸希さん」



「はい?」




湯船に浸かった私は、水面を見つめながら幸希さんに声をかけました。




「どうして……、私に声をかけてくれたんですか?」



「……」



「見ず知らずの他人である私を……、どうしておうちに連れ帰って、

 こんなに良くしてくれたんですか?」




会ったばかりの、どこの誰かもわからない私を……どうして。

ちゃぷん……と揺れた水面の後、幸希さんが教えてくれました。




「寂しそう……だった、から、でしょうか」



「え?」



「桜さん、神社の境内で、どこか寂しそうにしていて、

 今にも消えてしまいそうに見えたんです。

 最初は、それが具合が悪いせいなのかなって思ったんですけど、

 違うって聞いて……、じゃあ、尚更、……何かあるのかなって、思って」



「そう……だったんですか」



「あ、もしかして、連れて来たの……迷惑でした?」




思えば、私の返事を聞かずに連れて来てしまった事に気付いた幸希さんが、

申し訳なさそうに私を見つめます。

本当は、付いて来ちゃいけなかったかもしれません。

だけど……、幸希さんの傍は心地よいのです。

一緒にいると、自然と癒されていくような……、

この心の中にある、生前の罪悪感が薄らいでいくような……そんな気分になるのです。

だから、私は首を振りました。




「いいえ、連れて来てくれて……嬉しかったです。

 こんなに温かな気遣いをしてくれて……本当に、嬉しかったんです」



「桜さん……あ」




私の返事にほっと表情を和らげた幸希さんが、ふと視線を下に落として肩に指先を触れさせました。

一体どうしたんでしょう?




「桜さん、肩に虫が刺したような腫れがありますよ?

 痛くないですか?」




虫刺され……? 幽霊の私にそんなものがあるわけは……。

実体化した時に蚊にでも噛まれたんでしょうか?

まぁ、そんなに気にする事もないかと、私は大丈夫だと答えておきました。

どうせ幽霊ですしね、死んでますから何も危ない事は起きません。

そのまま二人で、仲の良い女の子同士の友人のように色々話し、お風呂から上がりました。









――幸希の部屋。




「今日は色々とありがとうございました。

 幸希さんや、ご家族の方のご親切、とっても嬉しかったです」



「ふふ、喜んでもらえて良かったです。

 あとはもう寝るだけですけど……、 

 明日からは……行くところ、あるんですか?

 やっぱり、お家には帰りたくないんですか?」



「多分、明日になったら帰る勇気は出ると思うので、

 今日だけ、ここでお世話にならせてください。

 明日になったら……、幸希さんとも、……お別れ、ですし」




本来、関わる対象が限られている幽霊の私が、

人間の、それも、生きている女の子とその家族に関わるなんて、あまり良くはない。

だから、……今日だけ。今日だけは……普通の女の子のように幸希さんの傍にいたい。

きっと神様のところに帰ったら、すごーく怒られるとは思う。

だけど、今だけ……、今夜だけ許して下さい。




「桜さん、その言い方だと……。

 もしかして、明日帰っちゃったら……、もう、会えないんですか?」



「……多分」



「遠い所に住んでるとか……ですか?」



「……遠い、といえば、そうかもしれません。

 私は、迷いがあって、あの神社まで逃げて来てしまったので」




転生権を返して貰う為に、神様にお願いする日々。

いくら時間があるといっても、やっぱり、……早く返してほしくて……。

それが長引けば長引くほど、いつか神様達に囚われて逃げ出せなくなるんじゃないかと思えたのです。

転生を放棄して、神様達の傍で一生を過ごす……。

だけどそれは……、生前に私を愛してくれた人達の……、

最期の時に見た、酷く悲しそうな絶望の表情をずっと抱えていくという事で……。

私は……弱いから、それをずっと覚えている事が怖い。

自分がさせた、あんな顔を……させてしまったという罪悪感。

それから逃げたくて……、転生を望んでいるのです。




「私……、大事な人達を不幸にしたんです。

 愛してくれた……人達を……」



「桜さん……」



「その罪の意識から逃れたくて、

 私の事を好きだと言ってくれている人達からも逃げています。

 すごく……ずるい人間なんです」




神様達がくれる愛情は、私には勿体なさすぎて……。

あの温もりに溺れてしまえば、取り返しがつかなくなる気がして……。

だから……、転生するという事に執着しているのかもしれません。

何もかも忘れて、いちから人生をやり直す。新しい命として……。




「……あ、すみません。

 幸希さんにこんな話をしてしまって」



「……いいえ。事情はよくわかりませんけど、

 桜さんが、その大事な人達を心から大切に想っていることはわかります。

 それに、桜さんを見ていると、

 大事な人達を不幸にしたっていうのは、絶対に故意にじゃない気がします。

 きっと、どうしようもない事情があったと、そう感じます」



「幸希さん……」




何故わかってしまうんでしょうか。

私が、大事な人達を不幸にしたくてしたんじゃないという事。

出来る事なら、元気になって……私が皆を幸せにしてあげたいと、

最期の瞬間まで願っていた事……。

幸希さんは、頭ではなく、心で私の事を理解してくれているようでした。

うぅっ、駄目ですね……なんだか、泣いちゃいそうです。




「その人達の事をまだ大好きなんだと、桜さんの言葉から感じます。

 なら、ずっとその想いを抱いていれば、その人達は幸せなんじゃないでしょうか。 

 だって、桜さんを愛してくれていたんでしょう?

 なら、恨んだりなんかしていないはずです」



「で、でも……。忘れられないんです、あの人達の……、

 最期に見た涙で濡れた悲しそうな顔が……っ」




幸希さんの優しい言葉を嬉しいと感じる自分と、

愛した人達の最期に残った表情が、私の心を不安定に揺らし始めました。

自分が不幸にしてしまったという罪悪感が溢れ出し、

実体化が保てなくなっていきます。

幸希さんの前で、幽霊体になんてなったら……!!

彼女の目には、私が急に消えたように映るでしょう。

しかし……。




「そういう……事、だったんですね」




幸希さんは、一瞬だけ目を見開いて吃驚びっくりしたようでしたが、

すぐに悲しげな表情になって、私を見つめました。

すでに実体化は解け、見えているはずはないのに……。

そっと私に近寄ると、触れられない身体を、幸希さんの優しい温もりが包んでくれました。

実際には、お互いの身体は触れ合う事はもうできません。

けれど……、心で触れ合っているような、そんな優しい感覚に包まれました。




「なんとなく……、変な感じはしていたんです。

 でも、……桜さんの姿を見て納得しました。

 幽霊さん……だったんですね」



「あ、……ご、ごめんなさいっ。騙すつもりじゃっ」



「いいんですよ。世の中には不思議な事はいっぱいあります。

 だから、桜さんが謝る必要なんてないんですよ」



「幸希さん……っ」



「大事な人達を不幸にしたっていうのは、

 ……桜さんが、死んじゃったから……ですよね?」



「……はい」




幽霊であると正体がバレた以上、誤魔化す事に意味はありませんでした。

私は小さく震えながら頷くと、幸希を真っ直ぐに見つめていいました。




「私が……皆を不幸にしたんです」



「桜さん……、そんな事を言っちゃいけません」



「え?」



「桜さんを大切に想っていた人達は、本当に不幸になったんでしょうか?

 確かに、失われた命は二度と元には戻りません。

 桜さんが亡くなった時、確かに絶望と悲しみを味わったでしょう。

 だけど、……桜さんとの大切な想い出は……その人達の中にちゃんと残っています」




幸希さんが小さく震え、涙を流しているのがわかりました。

私を包んでいるのが、同情や憐憫ではなく、……彼女の深い慈愛の心だと伝わってきます。

まるで自分の事のように、いいえ、私を愛してくれた人達の心を代弁するかのように……。




「桜さんは、死んでから……その人達の様子は見に行ったんですか?」



「……いいえ、死んでからは……、神様のお仕事のお手伝いがありましたし」



「じゃあ、一度、その神様にお願いしてみてください。

 桜さんの大切な人達の姿を、今暮らしている姿を……見られるように」



「今の……皆の姿、を……?」



「人は、確かに脆いです。大切な人を失くせば、心を壊す事もあります。

 だけど……、こうも思うんです。

 愛した人の思い出を胸に抱いて、前に進んで、その人の分まで生きる事も出来るんじゃないかって」




幸希さんの言葉は、私の魂を優しく包み込んで癒すように語りかけてくれるものでした。

私の大切な人達……、私を愛し育んでくれた……。

貴方達は……、今、笑顔でいますか? 私の死を引き摺って辛い思いをしていませんか?

ずっと……、ずっと気がかりで……、もし、私のせいでまだ悲しい顔をしていたら……。

そう思うと、辛くて辛くて……堪らなかった……。




「……笑顔で……いてくれているでしょうか……」



「桜さんを失って、そう簡単には立ち直れないかもしれません。

 けれど……、貴方を愛していたからこそ……、また立ち直る事も出来るのだと、思います。

 桜さんと、そのご家族やご友人の紡いだ大切な想い出が、心の支えになってくれるはずです」




そうだったらいい……。

もうあんな悲しい顔をしなくてもいいように、皆が前を向いて歩けますように……。

私は、ようやく落ち着いてきた精神を感じると、再び実体化をして幸希さんにしがみつきました。

子供のように涙を零して、声が枯れそうになるまで泣きました……。

そして、暫くして……、二人でお布団に入ると、優しい温もりに包まれて眠りに着いたのです。












――深夜・幸希の部屋付近屋根側。 side 神様。




「まったく……、一人で抱え込むにもほどがあるぞ」



「辛い事があるなら、俺に話してくれればいいのに……。

 むぎゅって抱き締めて、いくらでも慰めてあげたのになぁ」



「お前に話したところで、何の意味もないだろう。

 というか、慰めるのは俺の役目だ」




一軒家の屋根、壁伝いに背を預けていた俺は、部屋の中を見つめていた。

側には、ふよふよと浮かび、同じく部屋の中を覗いている弟神の姿がある。

桜の気配を追って人間界に降りてみれば、一人の少女の家に厄介になっていた。

実体化したまま、女同士仲良く風呂に入り、家の者に食事を振る舞われ、

そして……、自分の過去と思いを吐露していた桜。

神だからな、桜の中にある悩みにはとっくの昔に気付いていた。

アイツが何故転生に拘るのか、俺の愛を受け入れないのか……全部。

それでも、桜の核心を暴こうとしなかったのは、……俺の弱さかもしれない。

桜の大きな傷に、触れる事を躊躇ためらっていた。

辛い事は思い出させたくはない……。

出来るなら、俺に愛される事で、アイツの心を癒したいと……そう傲慢にも思っていた。




「で、どうするんだい?

 あの人間の女の子から引き剥がして連れて帰る?」



「……それは、――っ!!」




返事を返そうとしたその時、

光り輝く無数の鎖が、俺達目がけて放たれてきた。

神の力でもなく、ましてや……『この世界の力でもない存在』。

壁にめり込んだ鎖が、主の手元へと静かに戻っていく。

……威嚇だけか?

俺達から少し離れた場所に、その人物は腰かけて座っていた。

あれは……、確か、この家の幸希という娘の父親だったか。




「深夜に年頃の娘の部屋に入ろうとするのは感心できないね?

 朝になったら出直しで頼めるかな」



「……お前は……、人間ではないな?」



「ていうか、あの人、この世界の存在でもないんじゃないかな~……」




弟神が面倒そうに眉を顰め、男を見た。

確かに……、こいつの言うとおりだな。

あんな力を行使できる人間が、いるわけがない。

神でも幽霊でも、その眷属でもない存在……。

そして、『今俺達がいるこの場所』。

桜の気配を追った時、俺が担当している次元の世界から外れた、

別世界の方の地球世界に辿り着いた。

ここにも担当の神がいるから、あまり無許可で長居は出来ないんだがな。

その別世界に足を運んだ俺達の前に現れたこの男……。

あきらかにこの世界の命ではない。

それを言えば、中にいるあの男の娘もそうだと言えるだろう。

異質な存在、が二つ……。

一体どんな事象が起きて、桜とあの娘が出会い、こちらに来てしまったのかはわからない。




「私は君達を傷付けるつもりはないよ。

 ただ、娘とその友人の眠りは守りたいのでね」



「それは……、すまない事をしたな。

 明日の朝、迎えに来る。

 それまで……、桜の事を頼む」



「はあ!? 本気で帰るわけ!?」



「いや、朝までは俺達も別の場所で待機だ。

 一度この別世界を離れると、色々面倒だからな」



「桜ちゃんが目と鼻の先にいるのに、正気なのかい!?

 朝までなんて、俺耐えられないよ!!」




――ベシンッ!!




騒々しい。

俺はハリセンを取り出すと、弟神の顔面に叩き付けてやった。

騒ぎ過ぎて桜が目を覚ましたらどうするんだ……。

顔を押さえて蹲る弟神を無視して、俺は男に向き直った。




「騒がせて悪かった。それではな」



「君達が紳士で助かったよ」




俺達が何者であるのか、男にとってはどうでもいい事なのだろう。

ただ、部屋の中にいる愛しい娘と、その友人の眠りを守れた事にほっとしているようだった。

無駄な詮索は、お互いにしない。

俺はその意を汲み取ると、弟神の襟首を掴みズルズルと引き摺って、空へと飛んだ。




このお話に出て来た幸希という少女とその両親。

彼らの秘密は、『第二の人生は異世界にて!』の本編にて記載しております。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ