俺の抱き枕~神様視点~
なんか甘いの書きたいな~と思っていたら、
気付けばあら不思議。番外編がひとつ出来ていました(マテ)
神様視点となります。
神として生まれて早数百年……。
仕事をサボる弟の分までせっせと真面目に神の仕事をしてきた俺は、
気が付けば、嫁もとらずに仕事一筋の神生……。
まぁ、何度か見合いの話はあったが、俺好みの女神は見つからず、
俺自身もあまり気が乗らない事から、すっかり婚姻が横に置かれる形になっていた。
だが……、出会いというのは忘れた頃にやってくるとはよく言ったもので、
俺は思いもがけない場所で、運命の相手と思える女と出会った……。
「まったく、アイツは一体どこに行ったんだ」
連日の多忙を極めた神の仕事を終えた俺は、
数日分の疲労を癒そうと自宅空間に戻ったのだが、
タイミングが悪い事に、アイツ……、桜の気配はどこにもなかった。
他の幽霊仲間の所でも遊びに行ったのか?
置手紙の一つもないが……。
俺は踵を返し、すぐさま桜の気配を追って自宅空間を飛び出した。
桜の優しく包み込むような気配が向かった先は、
人間達が暮らす地上の、ある一軒家のようだった。
「あそこは確か……、俺が面倒を見ている幽霊の一人の、サポート先だったか」
俺の仕事のひとつに、
冥界の神が管理する死者の魂が、次の生に歩めるように手を貸すというものが含まれている。
人の世に命が増えれば、それだけ死に向かう者も後を絶たず増え続けるという事で、
多忙を極める冥界の神の手伝いを、俺を含めた神々が一部負担しているという訳だ。
ただの善人の魂は冥界に留まり、俺の手元には、何らかの悪意のない罪を犯した者が送られてくる。
軽い善行をさせれば、すぐに天国に送って転生に導けるんだが……、
その方法がまた色々面倒くさい。
善行パターンにもネタ切れが生じ、ここで一つ何か面白い方法を!
……と提案した、人間界通の女神がとんでもない事を言い出してくれたのだ。
――それが、『乙女ゲーム』とやらの世界観を適用した世界での、
攻略キャラと呼ばれる人間達の補佐を幽霊にさせるというもの。
ある次元の人間世界では、ゲームとして売られているそれが、
別の次元では、本当の事として繰り広げられている世界。
ゲームの中の登場人物だった者達も、ちゃんとした命をもった存在として生活している。
――紛れもなく、生きた人間達の世界。
そこに、冥界の神から預かった幽霊達を各攻略キャラ達の元に送り込み、
その補佐をさせるというのが、俺の今回の仕事だった。
あの女神……、アイツは確実に趣味でこの方法を選んだんだろうな。
「幽霊仲間と茶でもしに来た、というわけか」
俺は一軒家の二階の窓に降り、中の様子を窺った。
確か……、天津原幸太という、
高校一年生の攻略キャラの部屋だったな。
瓶底眼鏡がトレードマークで、一見して地味な小僧だが、
その眼鏡を外すとお約束ともいえる美形素顔というのがポイントだったはずだ。
どうやらサポート幽霊と三人で何か話し込んでいるようだ。
『どうしたらいいんでしょうか~』
『いいんじゃない? 神様って美形だし面倒見もいいじゃない。
このまま神様の奥さんっていう玉の輿に乗っちゃうのも、一つの手よ』
『でも、好きかどうかわからないんだろう?
じゃあ、桜ちゃん的には辛いんじゃない?』
『幸太は黙ってなさい!
今はその気がなくても、一緒にいれば恋に堕ちる事だってあるのよ!!』
……。
なるほど。俺と桜の事に関して意見を交わしているわけか。
ここのサポート幽霊は俺の方に味方してくれているようだが、
攻略キャラの方は意を唱えているようだな。
別に、アイツらがどう思おうと、俺は桜を嫁にする気に変わりはないし、どうでもいいんだが……。
何故俺の桜を、あの攻略キャラは馴れ馴れしくちゃん付けしているんだろうな?
しかも、実体化しているらしき桜の手を握って、
『自分の気持ちは大事にしなきゃ駄目だよ!!
相手が神様だろうと、無理やりお嫁にされるなんて、絶対に駄目!!
もっと自分を大事にした方がいいよ!!』
……余計な事を多大に言ってくれているじゃないか。
神である俺に聞かれているとも知らずに好き放題……。
「いい度胸だな……」
桜も攻略キャラの手を振り払うでもなく、「そうですよね……」と同意ムードだ。
本当に余計な事を……。
俺はこれ以上見るのも聞くのも不快に思えてきた為、部屋の中に入る事を決めた。
「やっぱり、どうにかして転生権を返して貰った方がいいですよね~」
「そうだよ! 本当に好きな人と結ばれるのが一番なんだから!!」
部屋の中に忍び込んだ俺の姿は、気配を消している為、
桜にもサポート幽霊にも気付かれていない。
目の前では、攻略キャラが桜の顔にぐいっと自分の顔を近付けて、
迷惑極まりない主張を口にしている。
……近いだろうが。
『いい加減、俺の桜から手を離せ、人間』
ピシャリと小さな雷撃を攻略キャラの手に落とし、
それが離れた隙に桜の身体を腕の中に掬い上げた。
アイツらの目から見たら、何もない空間に桜が浮いたように見えるだろう。
「きゃあ~~!!」
「な、なんだ!? 今、ビリッて!!」
「あちゃ~……、もしかして、神様来てますー?」
攻略キャラのサポート幽霊である巻き毛の少女が、
桜の方を見て声をかけてきた。
俺は不本意ながらも姿を現し、今まで桜の手を握っていた不埒者を見下ろしてやった。
「これは連れて帰らせてもらうぞ」
「な、ななっ、貴方は一体……っ」
「幸太、その方が神様よ。
絶賛桜にアタック中のね」
「ええ!?」
まさか神が直々に部屋に乗り込んで来るとは思っていなかったのだろう。
攻略キャラである男は、尻餅をついてブルブル震えながら俺を見上げた。
別に天罰を喰らわしてやろうとか、地獄を見るような目に遭わせてやろうとは思っていない。
ただ、桜をこの腕に取り戻したかっただけだ。
脆く壊れやすい人間を甚振っても、俺にはなんの得にもならないからな。
「か、神様!! なんでここにいるんですか~!!
お迎えに来て頂かなくても、ちゃんと一人で幽霊達の休息空間には帰れますよ~!!」
「桜、一度しか言わないからよく聞け」
「は、はい?」
「俺は連日の仕事で酷く疲労が溜まっている」
「お、お疲れ様です……」
「猛烈に自室で眠ってしまいたい心地だ」
「じゃ、じゃあ、急いでお帰りになられては~……?」
ビクビクと震え、涙目になる小動物幽霊に、俺は溜息を吐き出す。
わかっていて、スルーしたいんだな、こいつは。
俺がお前に惚れているのをわかっているだろうに、どこまでも焦らしてくれる奴だ。
少しお仕置きしてやるかと、意地の悪い笑みを浮かべた俺は、
桜の顎を掴み互いの吐息が触れ合う程に近くに顔を寄せてやった。
「焦らしプレイが好みのようだが、
生憎と俺は、そこまで気が長い方じゃない……。
わかっているだろう?」
「そ、そんな事してませんって! ていうか、顔が近いです~!!」
「神の尊顔だぞ? 遠慮せずにもっと見ろ。
人間の男では太刀打ちできないぐらいに美顔の作りだからな。
お前にだけは特別に飽きるまで見させてやる」
声に艶を含ませ誘うようにそう笑いかけてやると、
俺の腕から逃げるように暴れ出した。
しきりに「嫌です~!! ご遠慮します~!!」と叫んでいる。
……地味に男心を傷付ける奴だな。
実際のところ、桜には嫌われてはいないとは感じている。
だが、逆に好かれているかと言えば、それもまた違う。
俺はあくまで、桜にとっては世話になっている大家のような存在でしかない。
そこに恋愛感情というものは、……おそらく、まだ、ない。
「ご遠慮されても、俺は遠慮する気はないんでな。
さっさと帰って、俺の抱き枕になれ。本気で眠いんだ」
「お一人で眠ってくださいよ~!!」
桜と出会うまでは、一人で寝るのが常だったが、
せっかくこんなに可愛らしい抱き枕素材が傍にいるんだ。
抱いて眠らないわけがない。
俺は抗議してくる涙目の桜に「却下だ」と、いつものように跳ね付けて、
神の自宅空間へと急いだ。
――神様のご自宅空間。
「うーっ、神様~、私動けませんよ~!!」
「ふあぁ……、そりゃそうだろうな?
俺が逃げないように抱き締めてるからな」
帰宅早々、桜を連れて洋室へと連れ込んだ俺は、
寝台の中、その小柄な身体を胸に抱き締めて思う存分桜の温もりを感じていた。
相変わらず抗議の効果もない文句を発しているが、
俺が折れる事など、まずありはしない。
あの時……、冥界の神から預かった幽霊達の中にいた桜を見つけた時、
俺は他のどの幽霊でもなく、まず一番最初に桜の手をとった。
心が強くアイツの温もりを求めるように身体を動かし、
ずっと求めていた存在のように、魂の底までも満たされるかのように桜を求めた。
だから……、桜にとっては迷惑なのかもしれないが、
俺はこの温もりを手放す気は毛頭ない。
嫌われていない以上、そこに必ず隙はあるからだ。
桜が何と言おうと、俺は俺のやり方で、こいつを必ず落とす。
なにせ、俺は神様だからな……。時間ならいくらでもある。
何度だって、この愛を囁いてやるさ。
お前が忘れられないぐらいに、その身体と心にたっぷりと、な?
「……観念して、さっさと俺の嫁になれ、桜。
お前の可愛い間の抜けた表情も、泣き顔も、俺が全部愛してやるから」
「うう~……、だから、それは無理だって何度も……。
ひあぁっ、急にほっぺにキスしないでくださいよ~!!」
「マメな愛情表現は大事だからな。
ほら、さっさと観念して抱き枕に徹しろ。
でないと、……もっと、あらぬ所にもキスしてやるぞ?」
「わ、わかりましたよ~!! で、でも、変な事はしないでくださいね!?
ただ、抱き締めて眠るだけですよ!?」
「わかった、わかった。ん~……、お前は本当に温かいな。
よく眠れそうだ……」
次第に重くなってきた瞼の奥で、むぅっと頬を膨らませる桜の顔が霞んでいく。
あぁ、これなら良い夢が見れそうだ……。
抱えている優しい匂いと温もりに包まれながら、俺はゆっくりと眠りの底へと沈んでいった。
あれ? カミサマの出番が……!!
どうやら、弾き飛ばされて入ってこれなかった模様です(笑)
御拝読、有難うございました~!!