番外編1-2
神様に抱き上げられたまま、帰って来たのは神様のご自宅です。
前回も一度連れて来られた場所なんですが、
廊下を進んでいくだけでもわかる大きなお家なんです。
多分、十部屋以上はありますよ、ここ……。
その中の一つ、神様専用の私室らしきお部屋は和で彩られた落ち着いた雰囲気のお部屋です。
居間みたいなそこで、座布団の上にゆっくりと私は下ろされました。
「ふぅ……。なんか、疲れましたね~」
「一応、爺さんには報告しないといけなかったんでな」
「でも、私は神様の奥さんになる気はないのわかってますよね?」
ポンポン! と机の上に現れるお茶とお茶菓子達。
これも神様のお力です。便利といえば便利ですけどね。
顎を机の上に乗せて抗議する私に、神様も目の前の席に座ってこちらを見てきます。
「まだそんな事を言ってるのか、お前は」
「言いますよ! 恋人同士でもないのに、なんで婚姻ですか!!
善良な幽霊の人生を弄ばないでください!!」
私の望みはただ一つ!
神様から転生権を返してもらって、無事に第二の生へと歩む事なのです。
だから、それが出来ないとなるような事態はご遠慮したいというかっ。
しかし、神様は眉を顰めてお茶をひと啜り。
「何度言えば理解するんだ?
抜けてる奴だと思っていたが……、
そうか……俺の言葉がわからないくらいに、すっからかんだったんだな」
「誰がすっからかんですか!!」
大きな溜息一つをお茶に溶かして、物凄く真顔で憐れむように言われましたよ!!
神様だからって、人の事を貶していいわけじゃないんですからね!!
というか、何ですかこのやり取り。まるで漫才みたいじゃないですか!!
「とにかく、神様が本気であっても、私はお断りの姿勢を貫きますからね!」
「却下だ。お前は俺の嫁になる。これはもう決定事項だ」
「神様だからって、そんな横暴が許されるわけないじゃないですか!!
それに、幽霊を奥さんになんて言ったら、他の神様達に怒られちゃいますよ!!」
「うるさい奴らは全部俺が黙らせるから問題ない。
……それより、茶が冷めるぞ。さっさと飲め」
神様がお饅頭をひょいっと指で抓んで、私を黙らせるようにそれを口につっこみました。
んぐっ……、しゃ、喋れません!!
言葉を封じられ、仕方なくお饅頭をもぐもぐと味わいます。
なんでしょうね、この神様は、私を子供か何かと勘違いしてるんじゃないでしょうか。
あ、でも、これ……、生クリーム入りですね。……もぐもぐ。美味です!
「くくっ……、美味いか?」
「んぐっ……!」
「落ち着いて食え。あと、茶も流し込め。
喉に詰まるぞ」
「……はぁ。ご馳走様でした。
じゃあ、話の続きですけども!!」
美味しいお饅頭とお茶を堪能した後、私は改めて神様に抵抗の意思を示した視線を向けました。
しかし……。
「さて、そろそろ寝るか。
ふあぁ……、桜、来い」
何、欠伸を噛み殺しながら人を手招きしてるんですかね……っ。
そっちの障子を開いた先に何があるのかなんて考えたくもなくて、
私はそれとは反対に部屋を出る為の扉へと向かう事にしました。
嫁にするなんて宣言している方のお家で眠るなんて、危険度大ですよ!
さっさとお暇して、幽霊達が休む為の空間に戻りましょう!!
しかし……。
――グイッ!!
「きゃああああ!!」
「どこに帰る気なんだ、お前は。
まったく……、元気だけは無駄に有り余ってるな」
神様に子猫を持ち上げるように首ねっこを掴まれ、
私はズルズルと奥の部屋へと連れて行かれてしまいました!
逃げっ、どこか、誰かっ、たーすーけーてー!!
――ガラッ。
「やぁ。桜ちゃん、いらっしゃ~い!」
……………………。
――バタン!!
「さて、別の部屋で寝るか」
「か、神様……、今、障子の向こうに、カミサマがいましたよね?
スルーしましたよね!?」
「気のせいだ。俺達は何も見ていない」
いやいやいやいやいやいや!!
私は思いっきり見ちゃいましたよ!!
お布団の上で、なぜか、沢山の薔薇の花に囲まれたカミサマの姿を!!
すごく嬉しそうにこっちを見てましたよ!!
多分、あそこでずっと待ってたんじゃないでしょうか……。
だとしたら、ひとつくらい反応を兄として返して上げたらどうなんでしょうか。
けれど、神様は飄々としたものです。
和室を出て、今度は別室の洋物の部屋へと入ると、
神様が扉に結界を張って、完全に外と中を遮断してしまいました。
スルーされたカミサマも可哀想ですけど、
これって……、私も逃げられないフラグが今立てられましたかね?
一応、私は幽霊ではあるんですが、得意技のすり抜けが通じるのは人間界限定なんです。
つまり……。
「(逃げられない!!)」
逃げ場を無くした子羊のようにプルプルと震えていると、
結界を張り終えた神様が私の傍に歩み寄り、よいせっとまた抱き上げました。
「いーやーでーすー!!
変な事したら怒りますからね!!
蹴っちゃいますからねー!!」
「はぁ……、うるさいぞ」
そりゃうるさくしますよ!!
今までの神様の行動を見てたら、色々心配してしまうのは当然です!!
ですが、私がどんなに騒々しく抗議しても、神様の足は止まらず就寝用のお部屋の扉を開けてしまいました。
わー、豪華ですね~……。真っ赤な絨毯に、どこぞの王様のお部屋みたいな感じのする、
うーん、上手く言えませんが、すごくお金かかってますね!!
そんな感じの部屋です。はい。
奥には天蓋付きの大きな寝台が一つ……。
……寝台。しんだい……。
「か、神様!! まさか早まった事しませんよね!?
大丈夫ですよね!?」
嫁になるのを拒否し続けた為に、暴挙に及ばれるのでは!!
と危惧した私は、さすがに焦って神様の頭をポカポカと叩きました。
すると、ポーンと寝台の上に放り出され、神様が私の額をべちんとひとつ。
「お前は俺を獣か何かと勘違いしてないか?
無理矢理どうこうするほど、飢えてないぞ」
「で、でもっ、嫁にするって……!」
「それはそれ。これはこれだ。
俺は最短距離でお前を落とす気なんでな。
それが終わるまでは、……おあずけだ」
自嘲するように微笑む神様……。
「神様……」
意外に紳士なんでしょうか……。
優しい眼差しを私に与えながら、神様が頬に手を添えます。
温かい手……、どこかくすぐったいような、気恥ずかしいような……。
それでいて、心地よい感触に、……私は瞳を閉じました。
このまま眠ったら、、良い夢が見れそうな気がします……。
「だが……」
ほえ? 神様の声音が、ふいに含みをもった意地悪なものに変わりました。
なんだろうと目を開けようとした瞬間、――唇に触れた柔らかな感触。
ぺろっと舌先で舐められたかと思うと、急に深く重なり合った温もり。
これは……もしかしなくても……!
「んーーーー!! (何するんですかー!!)」
って、喋れない!! 息が出来ない!! なんですかこれは!!
暫く発せる言葉もなく、なすがままにされていた私は、やっと呼吸を取り戻せた瞬間、
「神様の馬鹿ああああああああああ!!
何もしないって言ったじゃないですか!!」
キィィン……と耳に痛いくらいに叫んだ私に、神様が耳栓をしてやり過ごします。
なんですかね、悪びれもしてませんよ!! それどころか、ニヤリと人の悪い、
いえ、神の悪い笑みを浮かべて、こうのたまいました。
「最後まではしない。
だが、……何もしないとはいってないぞ?」
「~~~~っ!!」
そんなの屁理屈です!!
言い返そうとした私に、神様は楽しげな笑みを浮かべたまま、
ぷにっと人の唇を指で押し、そのまま、トン……と片手で私を寝台に倒しました。
「もう寝ろ。俺もいい加減眠くて倒れそうなんだ」
「寝たら変な事する気ですよね?」
「しない。一緒の寝台では眠らせてもらうがな」
私を布団の中に入れ、掛布団を肩までかけると、ポンポンと子供をあやすようにそれを叩いた神様。
ね、眠っても……だ、大丈夫……でしょうか?
神様も眠気が限界なのか、すぐに寝台に潜り込み、私を引き寄せてしっかりと腕の中に閉じ込めました。
ビクッ!! と身体がその行為に震えます。
けれど、神様が私を安心させるように頭を撫でてきて……。
「いつか……、お前から言わせてみせるさ、俺を好きだってな……。
それに、お前の帰る所は……、俺の傍だけだ」
額に柔らかな温もりが触れた後、聞こえてきたのは神様の穏やかな寝息でした。
ぎゅっと私を強く抱き締めたまま……。
神様の最後に残した言葉に、私の心臓が不規則にバクバクと意味不明な鼓動を打ち鳴らし始めました。
なんなのでしょう、この気持ちは……。
神様の囁きは、今までで一番優しかったのです……。
心の底から愛おしむように落ちた言葉。
それは、私という存在の一番深いところに染み込むように、じんわりと……温かく広がっていきました。
「(そういえば……、神様には幽霊になってから、色々お世話になっているんですよねぇ。
口は悪いですが、面倒見の良い方ですし、優しいところもありますし……)」
少しだけ身を捩ると、神様の穏やかな寝顔がそこにありました。
綺麗なお顔ですね~……、生きていた頃に見た、どんな美形さんよりも格好良い作りです。
カミサマの方もすっごく人外の美貌なんですよね~……。
あ、そういえば、あの後、カミサマはどうなったんでしょうか?
もしかして、まだあの和室で放置されたまま……?
いずれにせよ、今の私にはそれどころではないので、様子を見に行く事は出来ませんが。
私は胸に生じた不可解な鼓動の意味を考えながら、神様の腕の中で眠る事にしたのでした。
お話の全体図を統括すると、
カミサマが放置されて、神様が何気に勝利フラグを微妙に立てたかもしれない
そんなお話でした(遠い目)
ここまで読んでくださりありがとうございました。(ぺこり)