神様とカミサマの嘘
後編になります。
乙女ゲー設定が全て大破する瞬間です。
――司の部屋。
「桜ちゃん、そんな隅っこにいないで、こっちにおいでよ」
「い、いやです!! というか、何故気配と姿を消しているのに、
私の姿が見えているんですか!!」
「俺が桜ちゃんにラブラブだからかな~?
ほら、早くおいでって。俺の隣が君の定位置なんだよ」
「お断りします!」
司さんの部屋にあるクローゼットとベッドの隙間に入り込んでいた私は、
テレビの前に座り、その横をポンポンと叩く司さんに断固拒否の姿勢をとっています!!
一応、攻略対象の皆さんはヒロインと共に妖と戦う運命に身を投じる為、
強い霊力をお持ちなんですが、……神様印の姿消しが効果をなさないとは思ってもみませんでした。
しかも、私が傍にいかないと我を張るや否や、
司さんはスゥーッと目を細めて、その瞳に冷徹な光を宿した後、
それを嘘のように掻き消して爽やかな笑みを浮かべました。
「そっか……。じゃあ、俺が傍にいけばいいよね」
「え」
「触れなくても、君を可愛がる方法なんかいくらでもあるんだよ?」
隙間に座り込んでいた私に近付くと、学校の女生徒に賛美され憧れるほどの美貌を私の目の前に差し出した。
爽やかだった笑みが、徐々に意地悪なそれに歪み、私の名前を愛おしそうに囁いてきます。
「桜ちゃん、君がいくら頑張っても、俺はヒロインの子とは結ばれないよ?
だって、あれは俺の欲しいものじゃないから……。
フラグを用意されても、イベントオンになんてさせやしない。
全部叩き折ってあげる、君と俺を邪魔する恋愛イベントなんてね?」
「攻略対象が言う台詞じゃないと思いますよ!!
というか、私は貴方の相手役でもなければ、ヒロインでもないんです!!
ただのサポート幽霊なんです!! 転生の為に貴方を利用してるだけの!!」
「うん、だから……、俺も自分が攻略対象キャラだっていうのを利用して、
君を俺のモノにするのに役立たせて貰ってたんだよ?
この立場とキャラ設定は、君を捕まえる為の……囮なんだからね」
「なっ……!!」
「ふふっ、桜ちゃんは本当に可愛いよねぇ……。
反応が大げさで素直だし、それに……とっても鈍い子だ」
耳元に唇が移動し、触れられるわけがないのに、そこに彼の息遣いの感触が伝わってくるようです。
司さんの立場とキャラ設定が、……囮? それって一体……。
「俺の可愛い桜ちゃんに問題です。
……『俺』は、『誰』でしょう?」
「だ、誰、って……、司さんは……司さん……ですよね?」
「本当……お間抜けさんだねぇ……。
俺は、自分の設定を『囮』だって、教えてあげたんだよ?
ここまで言ったら、普通わかるよねぇ?」
その設定が利用されたものであるという事はわかります……。
だけど、え? ……そんな……、まさか……。
司さんが歪んだ笑みを浮かべて、ちゅっと耳にキスを落としました……。
……え?
「な、なんで幽霊の状態の私に、感触が……」
実体化しているわけでもない。
なのに、司さんの濡れた舌先が耳朶をねっとりとなぞって、ピリリと痛みが走るように甘噛みしてきます。
神様印の……姿消しも効かない。
幽霊の私に……『触れることが出来ている』。
一体どうして……。
「呆けてる顔も可愛いね……。
本当はもっと早くに可愛がってあげたかったんだけど、
君が頑張っている姿を見ているのが愉しくてさ、今日まで我慢しちゃった」
「貴方は……『誰』……なんですか?
司さんじゃない、違う……!」
「本物の東咲司君は、高校入学試験前に、別の学校を受験して貰ったんだよね。
で、一つだけ願いを叶えてあげる代わりに、
『彼の設定と立場』を貸して貰ったんだよ」
再びその綺麗な顔が私の前に戻り、触れられるはずのなかった私の髪を優しく掻き上げた。
事態を呑みこめなくて固まる私の唇に、軽くそれを重ね合わせ、啄むようにキスを落とす『司』さんだった人。
この人は……『誰』……なの?
恐らく人間ではない。だって、本物の司さんの願いを叶えて他の学校にやったと言いました。
それに、『設定と立場を借りた』って……。
そんな事が出来るのは、人ではありえない……。
そこで、ふと私は神様とのある会話を思い出した。
『お一人で世界の管理って、神様って大変ですね~』
なんの気なしに振った他愛のない話題。
それはまだ、私が司さんの元に派遣される少し前の事でした。
転生権を餌に脅され、攻略対象の元に向かう為の勉強やルールを他の幽霊の皆さんと学んでいた時の事です。
『一人じゃねーんだがな……。
相方がサボリっぱなしで、俺が一人で仕方なくやってんだよ。
あ~……、面倒くせぇ……』
あの時、確かに神様は、相方がいると仰っていました。
その後に続いた言葉も、自分と同じ役割にいる神様がいる事を示唆する言葉が並んで……。
そこまで思い出した私は、一気に状況を理解してしまいました。
「貴方は……、もう一人の『神様』なんですか!?」
「ふふ、……ちゅっ、正解だよ。
さ、疑問も解けた事だし、もう何も心配いらないね。
桜ちゃんの事……、俺に頂戴」
「か、身体が……っ」
幽霊である私が実体をもつには、私自身の意思が必要なのに!!
勝手に身体が実体へと変わっていく。
もう一人の『神様』の温もりが、どんどん私の身体に感触を強く感じさせるように変化して……。
それを止めることも出来ない私は、『神様』の腕の中にぎゅぅっと抱き締められていました。
司さんだと思っていた人の姿が、茶髪から白銀の長い髪へと変化し、
綺麗だと思っていた顔立ちが、人外の美しさへと様変わりしていく。
「は、離してくださいっ!!」
「だーめ。君がアイツに連れて来られた日、
こっちの世界に来た時から、俺の痕を付けたくて堪らなかったんだからね。
だけど、俺の半神は融通が利かない奴でさ、
君を独占するには手間がかかりそうだったから、攻略対象って立場を利用させてもらったよ。
アイツに気付かれずに君に傍にいてもらう方法。
思ったよりも簡単に桜ちゃんを俺の傍におけたから、笑いが出そうだったよ」
「アイツって……んっ、神様の事、ですかっ」
「そう。アイツは面倒だと思っても、仕事を放り出せる奴じゃないからね。
そのお蔭で、俺はいつでも自由奔放に行動できるってわけ。
……って、せっかく俺の本当の姿を見せてあげたのに、
他の男の話はやめようよ」
「攻略対象の司さんじゃないなら、私が貴方の傍にいる必要はっ、ありま、せん!!
離してください!! もう一人の神様の所に帰ります!!」
攻略対象である東咲司さんが、もうその役目を果たせないのなら、
目の前にいる方が、彼でないのなら……。
私はこの事態を上司である『神様』に報告し、身の振り方を考えなくてはならない。
決して、この気まぐれな嘘つき神様の腕の中で甘い言葉を囁かれている場合ではないはずです!!
「暴れちゃ駄目だよ。俺は君の事を愛しているけれど、
他の奴の所に行くっていうのなら、……痛いお仕置きを与えちゃうよ?」
「――っ!!」
「気まぐれにアイツのとこに戻ってみたら、
死にたての可愛い幽霊ちゃんを連れてるだもん。
一目で気に入っちゃったから、俺のモノにして永遠に生かしてあげようかなって思ったんだよ」
「そ、そんなお気遣いは、む、無用ですっ」
「神である俺の妻になったら、もう転生なんか必要ないよ?
俺がずっと傍で可愛がってあげる。
朝も昼も、夜も……、世界が終わるまで、永遠に、ね」
全力でご遠慮させてください!!!!!!!
うっとりと語る神様、って、二人もいるからもういい加減名前の呼び方が面倒です!!
本来の上司である方を『神様』、こっちの嘘つき男は『カミサマ』と呼ぶ事にします!!
……って、そうじゃなくて!!
私は一体どうやってこのカミサマから逃げればいいんでしょうか!!
この方、絶対常識とか良識のあるカミサマじゃないですよね!?
自分の我儘を優先させるタイプというか、司さんの姿の時よりさらにねちっこいです!!
「わ、私、普通の人間としての人生が欲しいのでっ、
そのお申し出はご辞退させて頂きます!!」
「神様に逆らうなんて、悪い子だねぇ。
でも、俺と繋がっちゃったら……、もう逃げられないからね?」
つ、繋がるって……、このカミサマ、私をどうする気なんですかああああああ!!
額や頬、首筋、至る所に小さなキスを落として、カミサマは私を逃がさないように拘束しています。
というか……、すみません!! さっきから何か硬い感触が、私の下半身に当たっているんですか!!
考えたら駄目!! それが何であるかなんて、絶対に!!
ううっ、怖いです~!! このカミサマ、ねちっこ過ぎて怖いです~!!
「うぅっ……もう、いやぁっ」
「あぁ、泣き顔も可愛いね。ちゅっ、もっと俺に見せてごらん」
「い~や~で~す~!!」
このままじゃ、私、このカミサマに貞操を奪われてしまいますよ!!
愉しそうに囲われて、本当に逃げる隙がありません。
今にも気絶しそうな接触を施されそうになりながら、私が顔を背けた瞬間。
――ドォオオオオオオオオオオン!!!!!!
室内に目を焼くほどの閃光が巻き起こり、大きな轟音が鳴り響きました。
一体何事!? カミサマに拘束されているせいで瞼を閉じて耐える事しかできません。
徐々に治まっていく瞼の裏で、その時、あの方の声が聞こえました。
「よくも俺様のモノに、好き放題してくれたな」
死んでから、ずっと傍で聞き続けてきた低音美声……。
その声音が、あの方の機嫌を表すかのように酷く苛立たしげな気配を滲ませている。
そっと瞼を押し開くと、カミサマの背中越しには、私の上司である無茶振り俺様神様が、
鋭い眼差しをもってカミサマを射抜いていました。
怒りのオーラ全開ですっ。青筋も浮かんでますし、その視線だけで人を殺せそうな迫力があります!!
でも、良かった……、神様が助けに来てくれました!!
「神様!! 神様!!」
私が半泣きで神様に助けを求めると、バチッ! と静電気のような感触が身体に走り、
カミサマが眉を顰めた瞬間、その拘束が緩みました。
その隙を逃さず、私は急いで神様の方に駆け寄ります。
「神様~!! 怖かったですよ~っ!!」
「おう、よく頑張ったな。
攻略対象の件を一度全員分洗い直してみたら、
東咲司のデータだけ、変にいじくった跡が何か所も見つかってな。
こんな事出来るのは、俺以外に一人しかいねーと思って調べたら……」
私を腕の中に抱き締めた神様が、恐怖を拭うように頭を撫でてくれました。
そして、そのアイスブルーの瞳をカミサマに向けると、これ以上ないほどに冷たい殺気を含んだ声音を発しました。
「この無能半神野郎が……、俺に仕事を押し付けるだけじゃ飽きたりなかったようだな?
攻略対象を利用して桜に近付きやがって……、
ふざけんのも大概にしろよ?」
「ふざけてないよ。俺は桜ちゃんに一目惚れしちゃったんだから、
それを欲しいと思って何が悪い? 死者の一人ぐらい、俺に頂戴よ」
「誰がやるか!! この変態ストーカーが!!
こいつはな、俺が見付けてきたんだよ!! お・れ・が!!
それを人が気付かないのをいい事に、
一か月も桜にべったりしやがって……!!」
「か、神様!?」
えーと……。
私を抱く腕の強さが、その言葉と共にどんどん強くなる神様。
だけど、なんか……言ってる事が徐々に雲行きが怪しくなっていっているような……・。
「誰がお前みたいな奴に桜をやるか!!
これは俺のモンなんだよ!! 未来永劫な!!」
「は?」
「あぁ、やっぱりそういう考えだったんだねぇ。
さすが俺の半神。本人には言ってないんだろう?
転生がどうとか言ってたけど、その口振りじゃ、
桜ちゃんの事を転生させる気皆無だよねぇ?」
「えええええええ!?」
「人聞き悪い事言ってんじゃねぇよ。
徐々に口説く予定だったんだ。
だが、手元においとくのも理由がいるからな。
上のうるせー爺さん共を黙らせるために、
攻略対象のサポート役をやらせてたんだよ」
「か、神様!! そんなの初耳です!!
滅茶苦茶人を騙してるじゃないですか、それ!!」
「当然だ。教えてないからな。
ってか、俺じゃ不満なのか、お前は?」
いや、そういう問題じゃありませんよね!?
善良な死者を前に、実は騙してました、なんて……。
悪びれもせず言っていい台詞じゃないですよね~!!
なのに、私の上司である神様は、開き直ったように私の顔を覗き込む。
「今すぐ、逃げられないように落としてやろうか?
誰にも邪魔されない場所で、二人だけでゆっくりと」
「ご、ご遠慮します!!」
「ふふっ、フラれちゃったねぇ。
そんな偉そうで俺様な神なんか選んじゃ駄目だよ、桜ちゃん。
俺達には、そいつが入り込めないような密な一か月の時間があるんだから、
ほら、こっちにおいで。俺がたっぷり愛してあげるよ」
「そ、そっちも全力でご遠慮いたします!!」
寄って来たカミサマが、私の手を取り、その甲に口付けます。
それを見て、神様が思いきり嫌そうな顔で、カミサマの顔をグイグイと手のひらで押しのけようとし始めました。
こ、この状況は……、本当に何なのでしょうか……?
厳しくて命令ばかりする上司の神様が、実は私の事をモノにする計画を立てていたとか、
攻略対象のはずだった司さんが、まさかの偽物で、私を狙うカミサマだったとか……。
あぁ、もう……、話についていけませんよ。
今にも気絶しそうな私に気付いて、神様がお姫様抱っこに抱き方を変えて私を腕の中に閉じ込めてしまいました。
「お前が負担をかけるから、桜が具合悪そうにしてんじゃねぇか」
「いや、明らかに君に騙された事にショックを受けたんじゃない?
信じていた上司が、実はケダモノだったなんて、
あ~あぁ、桜ちゃんが可哀想だな~」
「いいや! お前が攻略対象に成りすましてた事がそもそもの発端だろうが。
今まで、夜だけは俺の元に戻しておいて良かったぜ。
桜を一晩中お前の傍に置いておかなくて済んだんだからな」
「人に責任の擦り付けは良くないと思うんだけどねぇ。
それと、夜は駄目でも、俺はほとんどの時間を桜ちゃんと過ごしてきたんだからね?
膝枕でしょ、ハグでしょ、ほっぺにキスもしたし?」
「――っ!! 桜!! 帰ったら覚悟してろよ!!
あの変態よりも、密な事するからな!!」
「か、神様っ!! お願いですから、人の話聞いてください!!
私、どちらともどうにかなる気なんてないんですって~!!」
「却下だ!!
俺の視界に入ったあの瞬間から、お前は俺のモンなんだよ。
観念して、さっさと嫁に来い!!」
「だ~か~ら~!!!!!!」
お嫁になんていきませんってば!!
そう叫んで抗議しているのに、神様は一歩も譲らずあちらの世界に帰る気満々です。
ただの幽霊に、逃げる術はなし……。
カミサマの方もニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて、一緒に帰る気のようです。
「じゃあ、俺と君、どっちが桜ちゃんの相手に相応しいか勝負しようか?」
「あぁ? 俺に決まってるだろうが!
お前はさっさとサボリの始末を、上の爺さん共に謝罪して忙殺されてこい」
「嫌だね。君が桜ちゃんに変な事をするかもしれないのに、
ジジィ共の相手なんかしてられないよ。
それに、桜ちゃんは、俺の未来の奥さんだからね。
ずーっと傍にいるよ」
「く・る・な!!
これは俺のだ!! 帰ったら鍵閉めて、お前なんか入れねーようにしてやる!!」
「ケチだねぇ。こういう度量の狭い男、今のうちにやめておいた方がいいよ、桜ちゃん?」
「……」
ギャアギャアと喧嘩をヒートアップさせながら、
神様の世界へと帰っていく私達……。
眼前には、ケダモノが二神……。
退路は……なし。
転生を夢見て、乙女ゲーの攻略対象のサポートポジションについて一か月。
どうやら私には、溺愛エンドが待っていたようです。
逃れられない甘い束縛と、神様達の強制的な愛情で、これからは雁字搦めになっていくのでしょう。
……本当に……、はぁ……っ!!
「どうしてこうなるんですかああああああああああ!!」
「うるさいぞ、桜。
帰ったら好きなだけ啼かせてやるから、大人しくしてろ」
「いりません!! 全力で拒否します!!」
「ふふ、桜ちゃんは本当に可愛いな~。
ねぇ、どこから攻めてあげようか?
俺さ、君の全部を食べちゃいたいから、手加減出来る自信ないんだよね」
「だから!! そういうのはいりませ~ん!!!!!!!!」
眩い神様の光に包まれながら、私の絶叫と共に、苦労の幽霊人生が幕開けするのでした……。
あぁ……、平穏無事な転生の日を迎えるのは……いつの日になるのでしょうか。がくっ。
ここまで読んで下さり、本当に有難うございました!
一度乙女ゲー設定のものを書いてみたかったんですが、
私が書くと全然別方向にずれていくのはもうデフォです。
前編・後編で構成してみましたが、
俺様神様とクセ者神様に愛されて、幽霊少女桜ちゃんは今後も苦労しそうですね。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いに思います。