攻略対象・東咲司の困った好感度
前編になります。
ヒロインは幽霊の少女。
乙女ゲー仕様の設定が反映された別次元の世界で、
女タラシのフェミニスト、東咲司のサポートを担当しています。
『これは一体、どういうことなんですか!!』
「どういうことって、……見たまんまじゃない?」
怒りの限界を越えそうな気分と涙目で怒鳴った私に対し、彼はどこまでもマイペースに答えます。
私達の目の前には、彼の個人情報データと、『好感度-200』と表示された映像がババン! と、空中に浮かんでいます。
この好感度-200というものを説明するには、
まず私の立場と彼のポジション、そしてこの世界観の説明をする必要があります。
でも、そんな説明を長々とするのも面倒なので、申し訳ありませんが、超簡略化説明で失礼いたしますね!
☆意地悪神様に転生権を脅しに使われて、
幽霊のまま、乙女ゲー世界で攻略対象のサポートやってます!!
はい、以上!! わかりやすいでしょう!?
え? なんですか? 手抜きにもほどがあるって?
だって、上司である神様が、
『ぐだぐだ語ってる暇があったら、仕事をしてくるんだな』
ものすごーく暗黒魔王みたいな笑みで脅すんですよ!!
さすがは、幽霊を脅してコキ使ってくれてる人ですよねぇ……。(涙)
転生したかったら、乙女ゲーの世界で担当攻略対象がヒロインとEDを迎えられるように
そのサポートと好感度管理をしろなんて言うんですからっ。
無茶振りにもほどがありますよ~……。
私、前世では乙女ゲーなんてやった事もないんですよ~……。
サポートにも向かないですって~……。
そんな風に抗議しても、神様は非常に爽やかに一蹴してくださいました。
あの鬼神めっ、ドSにもほどがありますよ!!
「(でも、目の前の攻略対象①である『司』さんを
ヒロインとくっつけないと、
私は永遠に幽霊のまま……、そんなのは嫌です!!)」
「桜ちゃん、百面相しちゃって可愛いね~」
「誰のせいですか!!」
はぁ……、こうも担当攻略対象がマイペースだと気苦労が多くてたまりません。
ちなみに、私が今いるこの世界の乙女ゲー仕様概要の中身は、神様に支給された説明書に記載されてありました。
えーと、確か内容は……。
『幼い頃から、おかん気質の世話焼き守護霊に守られているヒロインは、
高校入学と同時に、異界から侵入する妖達に狙われ始める。
そんな彼女は、学園内で出会う霊力をもった攻略対象達と共に絆を育み、
ラスボスである妖との決戦へと誘われていく』
でしたかね~。
神様曰く、「設定がありきたりだろう? だが油断はすんなよ」とのこと。
私の使命は、その数多くいる攻略キャラの一人、
ヒロインの通う高校の二年生、東咲司が、
彼女とラブラブEDを迎えるために、そのサポートをする事なのです。
ヒロインの趣味や好物、日々のスケジュールなどの個人情報を秘密裏にGETし、
それを役立てて、彼の行動を助けながらEDへと導く。
もう、かれこれ……一か月は協力してますかね……。
なのに、この東咲司という人物……、
物語開始から一か月も経つというのに、好感度-200ってのはどういう事なんですかね!?
せっかく私が情報を提供して、ヒロインに頻繁に会えるように奔走しているというのに、
人の意見は笑顔で躱してイベント発生を無視するわ、
ヒロインに会っても、挨拶だけでまるでそこから先に進まない。
一部の他の攻略対象とそのサポート幽霊コンビは、日々確実にラブラブEDに向けて頑張っているというのに。
なんでこんなにやる気がないんだか……。
「司さん、いい加減本腰いれませんか?
このままじゃ、ヒロインが別の攻略対象にとられて、
貴方は敗者になってしまいます」
「うん、わかってるよ。
ヒロインの子、え~と……、芽衣ちゃんだっけ?
あの子が、俺に対して『女タラシの東咲先輩』っていう、最底辺の好感度しか俺にもってないこともね?」
「何ヒロインの名前うろ覚えになってんですか!!
というか、それだけわかってて、なんで行動しないんですか!!」
もうヒロインが入学して一か月も経っている。
それどころか、司さんとヒロインの芽衣さんは何度も顔を合わせているのに、
名前さえうろ覚えってどういう事なんですか!!
私、毎日うるさいくらいにヒロインの情報を提供してますよね?
どう行動すればいいのか、アドバイスも寝ずの徹夜でお教えしてますよね?
……なのに、なんですか、本当にこのやる気のなさは。
思わず、ぶん殴りたくなる衝動が胸に沸々と……。
我慢、我慢です……私!!
「それに、俺なんかやる気が出ないんだよね……。
あの子、別に好みじゃないし?
自分が乙女ゲーとかいうゲームの世界観を元にした別次元の攻略対象だから、
ヒロインにアプローチしろって言われても、
全然、まったく、微塵も気乗りしない。
挨拶だって面倒だし」
聞きましたか、皆さん?
これが、乙女ゲーの攻略対象のほざく台詞でしょうか?
本来であれば、ヒロインが攻略対象を落としにかかるため奔走するという乙女ゲー。
しかし、この世界は若干仕様が違うのです。
先ほど説明した乙女ゲーの世界観はそのままですが、
ここはゲームの中ではなく、別次元にその設定や仕様が投影された世界。
攻略対象の皆さんにもちゃんと意思があり、ちゃんと生きている人々なのです。
それに、ゲームの物語設定に甘んじて従う人は極一部です。
別にEDを迎えたからといって、そこで世界の時間が終わるわけでもなく、
ヒロインとラブラブにならなくても、自分の人生はちゃんと歩む事が出来ます。
しかし……。
「ヒロインとラブラブEDを迎えたら、願い事がひとつ叶うんですよ!!
忘れちゃったんですか!?
司さん、ハーレム作りたいって言ってたじゃないですか!!」
「それね~……、正直もうどうでもいいかなって」
「なんですと!?」
「桜ちゃんも気付いてるでしょ?
俺が最近女遊びしてない事。ずっと君といるもんね」
「女性を弄ぶ行為をやめたのは良い事です。
でも、それだと私が困るので少しは協力してもらえませんか?」
「あぁ、俺がヒロインとくっついたら、
桜ちゃん、転生できるんだっけ?」
「そのとおりです!」
そう、実は私がこんなにも必死になって司さんをヒロインとくっつけたいのには理由があります。
それは、神様に握られている私の転生権。
彼とヒロインをラブラブEDにしない限り、私は永遠に幽霊のまま。
逆に、上手く事を運べば再びこの世に生まれ変わる事ができるのです。
司さんだって、ヒロインとラブラブになれば一つ願い事が叶うのに……。
「でもさー、桜ちゃんて、一日に数時間なら実体化出来るんだし、
なら、もう転生なんかしないで、ずっと俺の傍にいれば?
二人で仲良くずーっと一緒、楽しいと思わない?」
「幽霊相手に何を言ってるんですか、もう……。
貴方のお相手は、ヒロインの芽衣さんです!」
そう何度も言っているのに……、
一時的にこの世界に実体化している私の腰に両手を回して、
ふあぁと欠伸を漏らしながら、司さんは抱き付いている。
というか、この態勢……もう三十分ほど経つんですが……。
ヒロインの好感度情報と今後の方針を話し合っていたのに、
座っている私の膝に気持ちよさそうに頬ずりするばかりで、全く話の中身が詰められない。
恐ろしい事に……、出会って一か月、ずっとこの調子なのです……。
ヒロインの芽衣さんに懐きに行くどころか、
サポート役の幽霊の私に四六時中傍にいるように命じては、こうやって甘えてくるばかり。
「(私と出会って数日で、女性関係を全部清算された瞬間、
さすがに、キャラクター設定丸無視なのには、戦慄しましたけどね……)」
最初はヒロインの為の女性関係清算なのかなと思っていた頃の自分をぐーぱんしたいです。
そんな事あるわけなかったんですよ……。
彼の設定とイベント的に、女性関係を一か月目序盤で清算なんかしたら、
ヒロインが彼に関わるフラグが存在しなくなるんです。
最終イベント段階二歩手前ぐらいで、女性関係を清算するはずだったのに……。
「司さん、貴方がフラグを見事に台無しにしちゃったから、
それに代わるイベントを神様にお願いしに行ったんですよ?
なのに、それも無視しちゃって……。
私が転生できなくなったら、恨みますからね?」
「だから、転生なんかしなくていーんだってば。
二人で仲良く暮らそうよ。ヒロインとか攻略対象とかポイ捨てしてさ。
俺が戦線離脱したくらいじゃ、誰も迷惑しないよ。
ね? そうしよう」
「それじゃあ私がここにいる意味がないじゃないですか。
慕ってくれるのは有難いんですけど、こちらにも事情があるわけで、
というか、幽霊のままなんて絶対に嫌ですから。
私だってもう一度現世に転生して、恋の一つくらいしたいんですから」
馬鹿な事を言ってないで、さっさとヒロインのところに行ってくださいと背中を叩くと、
司さんがむくりと起き上がりました。
あ、良かった。膝枕状態からやっと解放されました。
けれど、なんだか怒ったような顔で……あれ、視界が急にぐるんと……。
ドン、と司さんの両手が私の顔の両サイドに着かれました。
目の前に見えるのは、彼の射抜くような怖い視線と、あとは……部屋の天井?
もしかしなくても、押し倒されているようです。
……なぜに!?
「何度も言わせないでくれるかな?
『転生なんかさせない』って、……俺は言ってるんだよ?
理解しない子には、鎖でもつけてお仕置きをしてあげようか?」
「つ、司さん!! 貴方ヤンデレルートの担当じゃないですよね!?
キャラクター設定無視して、意味不明な事言わないでください!!」
そう、乙女ゲームには数々の役割属性担当というものが存在する。
神様から貰った説明書を読んでいたら、事細かに誰が何の担当なのかは書いてあったんだけど、
……司さんにヤンデレ属性なんて存在していない。……はず。
ヒロインの通う高校の先輩で、優しいフェミニストだけど女性関係が派手。
物語を上手く進めていけば、その女性遍歴が全部清算され、ヒロインに一途になりハッピーエンド、のはず。
そこにヤンデレイベントなんて、微塵も存在してはいなかったはずです。
「ふふ、馬鹿だね?
それは、『ヒロイン』に対しての設定でしょ?
大体、世界観と設定が一緒でも、俺達は別次元の確かに考えて生きてる人間なんだよ。
全部が全部仕様通りに進むなんて……思っちゃ駄目だよ」
ぺろりと小さく舌なめずりをした司さんが、私の頬にちゅっとキスを落としました。
これはマズイ!! 薄々は気付いてましたが、この人、
ヒロインの芽衣さんじゃなくて、サポート役の私とのEDを狙ってるんですか!?
いや、最初からそんなEDは存在しませんけど!!
けれど、この触れ方や台詞、今の行為から考えると……、
「司さんっ、私は攻略される側じゃなくて、サポートする立場なんですよ!!
勝手に変なルート作って、囲わないでください~!!」
「そんなの俺の勝手でしょ?
初めて見た時から、俺のモノにしようって決めてたんだよねぇ……。
俺の手助けをしようって頑張る一生懸命さとか、
男の目の前で無防備に眠っちゃう間抜けなところとか……。
小動物みたいに可愛くてそそるんだよね」
ふふふふ……、もう目つきがイッちゃってますね~……。
子兎を駆る獣そのものじゃないですかっ。
だけど、それで大人しく陥落する私じゃないんですよ!!
伊達に幽霊やってません!! サポートキャラのプライドに賭けて、
幸せな第二の転生人生を賭けて、この危険フラグ、バキボキに折らせて頂きます!!
「司さん、鎖も拘束も私には意味がないのをお忘れですか?」
ふっと不敵な笑みを向けると、私は自身の実体化を瞬時に解いた。
身体が半透明に薄れ、司さんと触れ合っていた感触が消えてなくなりました。
「幽霊を舐めないでくださいませ!!
貴方が勝手に変なルートに挑戦しようが、
私は捕まえられません!! ご愁傷様でしたね!!」
フン! と大げさに胸を張って、舌を出して「べ~!!」と言ってやれば、
司さんが面白くなさそうに立ち上がった。
触れる事は出来ない。だけど、その強い視線だけは、私の心に触れてくるようで居心地が悪いです。
私は司さんの家の窓から外に飛び出すと、神様の元に帰る事にしました。
一旦、今後をどうするか神様にお伺いを立てないといけないですからね。
――神様の世界。
「はぁ? ……攻略対象が暴走し始めたから、担当を変えてほしいだぁ?」
「はい!! あのままじゃ、私がどんなに頑張っても、ヒロインの芽衣さんを見ようとはしません!!
それどころかっ、私の転生への道を邪魔しようとするんですよ!!」
神様がおられる世界にマッハのスピードで帰って来た私は、
珈琲を飲みながら、現世の様子を眺めていた神様の膝に泣きついていた。
ボタッと珈琲の中身が頭に落ちたけど、気にしません。
今はそれどころじゃないですから!!
黒銀髪の俺様神様は、私の様子に溜息を吐き出しました。
「この俺様が考えて組んだペアだぞ?
他の攻略対象と幽霊達は上手くやってる。
なんで、お前だけ特別扱いしなきゃいけないんだ?」
「だって……、司さんが全然やる気がないんですよ!!
反対に別方面にやる気があるというか、私を奈落の底に引き摺りこもうというかっ」
「あー、うるせぇな。
じゃあ、お前の担当の攻略対象のデータを俺に見せてみろ」
「ううっ、はい……」
神様のお膝から離れて、半べそになりながら両手を空中に伸ばすと、
司さんのデータ映像が現れました。
この一か月、ずっとチェックしてきた司さんのデータ……。
「見事に、ヒロインとの好感度が-200とは……。
普通、どんなに悪くても20はいくだろうに」
「そうなんです。挨拶とか顔を合わすことはちゃんとありますし、
悪い態度を向けているわけでもないんです。
なのに、芽衣さんから見た司さんは最低男のまま固定されているらしくて、
毎日好感度が順調に下がっていってるんです」
「タラシの設定も勝手に解消されてるとか、前に報告してたよなお前?」
「はい……。
イベント修正作業では神様にはお世話になりました。
でも、困った事に……、ヒロインの芽衣さんの中では、
なぜか、司さんは女タラシのままだって印象付けられているんですよ」
本当に……、不思議な事に、司さんが女性関係を清算させた事は周知の事実なのに、
芽衣さんの司さんへの印象は変わらないまま。
最近では顔を合わせる事も少なくなってきて、司さんを見るとダッシュで逃げてしまう芽衣さん。
しかも、それを見送りながら、司さんはすごく満足そうに私に笑いかけるんです。
そのせいで、好感度は下がる一方。
神様でさえ予想しなかった、まさかの好感度マイナスの事態を引き起こして今日に至るわけです。
「仕方ねーな。俺の方で調べといてやるよ。
あと、他のペアと変更は今更効かねーから、お前は担当攻略対象の所に戻れ」
「えええええ!?」
「うるせー。さっさと戻れ。
転生権を剥奪されてもいいのか?」
「よくありません!! 大人しく任務に戻ります!!」
ギロリと男前な神様にひと睨みされて、私は慌てて司さんの元に戻ることにしました。
今戻るのはすっごく気まずいけれど、実体化しなければ触れられる心配もないし、
気配を消して隠れてればいいですかね。うん、それがいいです。そうしましょう!
私が去った後、神様は顎に手をあて司さんのデータを怖い顔で睨んでいました。
「……まさか、な」
後編に続きます。