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AppendixEE  作者: 檀敬
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第三の扉◇翼の生えた少女

 この扉は重たいテーマだというご指摘をいただきましたけれど、これを入れないと相対論と量子論を語れないような気がして、どうしても入れたいテーマでした。テーマはもちろん『質量とエネルギー』で、ストーリーコンセプトは「質量とエネルギーの関係を、原爆の悲惨さを踏まえながら少女に説き知らせていく」というもの。やっぱり、相対論で超有名な方程式を出さない訳にゃいかないでしょう。シュレーディンガーもキッチリと出しちゃったので。


 近頃において原子のエネルギーに関してワイワイと騒がれているので、それをモチーフにすることも可能だったと思いますが、何しろタイムリー過ぎることが一番のネックだったし、これを書くに当たってちょうど良いモチーフを見つけることが出来たのが一番なんですけどね。

 そのモチーフとは、広島市立第一高等女学校(現広島市立舟入高等学校)の慰霊碑なのです。この広島市立第一高等女学校の慰霊碑の前面には、三人の少女が彫られています。左右のオカッパ頭の少女はスカート姿で、今を生きる人々を表しているそうです。そして、中央の少女は動員当時の鉢巻きにモンペ姿、亡くなったことを象徴して背に天使の翼を持っていて、更にその中央の少女が抱えている箱には「E=mc2」の公式が刻まれているのです。今でも建立されていますし、ググれば画像も出てきますので、ご興味のある方はどうぞ。


 宗教観云々という指摘もいただきましたが、ここは是非とも説明したかった部分でもあるので、ライナーノーツではシッカリと書こうと思います。


 本来、少女が抱える箱の部分には『原爆』と彫るつもりだったらしいのですが、この慰霊碑が一九四八年に建立された当時、占領軍の規制でその案は拒否されて『E=mc2』と刻印するしかなかったのだそうです。その癖、死んだ少女には天使の羽根が生えているという日本人の宗教観からは少々距離のある造形なのですからねぇ。そんなエピソードをもつこのモチーフをこの扉の話の骨子にしているので、宗教観をほとんど排したカタチであると僕は認識していたのです。

 しかし、実際には、立場がバラバラで違和感のある宗教的な記述が散見してしまいました。それは、僕が記述を排したのではなく、逆に全ての記述を無意識に放り込んだというのが「正しい言い訳」ではないでしょうか。ですから、この『EE』を読んだ方のそれぞれの宗教観の違いでそれぞれの琴線に触れる結果になったのだと分析して、僕はそう認識しました。

 この話に関して、宗教観を排することは不可能だと思いますが、一つだけはシッカリと言えることがあります。それは「このような悲惨なことを繰り返してはならない」ということ。それだけはどんな宗教観でも同じではないかなぁと確信しております。


 さて、テーマとモチーフを理解していただいたところで、第三の扉のゲストキャラを紹介しましょう。


 彼女の名前は『孝子(たかこ)』で、映画『原爆の子』の主人公の名前から拝借いたしました。女学校に通う一六歳の女の子を想定しました。服装は、上がセーラー服だけど、下がスカートではなく絣のモンペという、いかにも戦中らしい格好をさせました。

 しかしながら「広島県産業奨励館」(現在は「広島平和記念碑」で通称「原爆ドーム」)の近くに軍需工場があること、彼女の家がそこから自転車で二十分のところにあること、そしてその日は学徒動員の日であったことは、完全なるフィクションです。モチーフの女学校は爆心地より南だったと思いますので、後述する「炭化」という現象には至らないためにあえて爆心地へと設定を移動したという次第。

 芋粥と具のない味噌汁も当時を想像しながらの想定ですが、沸騰直前の味噌汁は、僕の知識としてちゃんと持っていましたよ。味噌汁は沸騰させちゃいけないんですよね。だけど、気が付いたら沸騰しちゃってるんですよねぇ。いつも味噌汁を作る時に同じ失敗をしてしまうダディだったりします、ゲショ。


 物語は、原爆炸裂の午前八時十五分に向かって突き進んでいきます。

 孝子が着替え始めたのが七時三十分で、朝食を済ませて家を出たのが八時ちょっと過ぎ。もう少しで工場に着くというところで……。


 さて、ここから先の記述についての指摘、人称表現の絡みで、痛みに関することとアインシュタイン・エレベータの内装の表現についての二点がありましたが、これに関しては「序論」の「人称について」で記述しましたので、ここでの解説は省略させていただきます。ここで再び書くとダディ自身がそのプレッシャーで押し潰れそうなので。


 先に進んで、マーサとドドさんの前に現れた孝子に、原子爆弾炸裂時の状況を説明するのですが、ここでは「炭化」を選択しました。よく「原爆の影」として建物などに人の影の話を聞いていたので、最初のうちは「蒸発」と表現していたのですが、調べてみた感じでは爆心地でも蒸発しないで「炭化」するようです。恐らく温度が四千度を超える高温になると炭素も昇華するようなので形を成さなくなるとは思いますが。

 その後の原子爆弾の説明が難しかったです。チタンブレードを知っている少女が核分裂反応を知らないのですから……当たり前か。

 この辺の設定バランスが非常に悪くて、いっそのこと、孝子を理科、特に物理の成績が抜群に良い娘にしようかとも思いましたが、それも取って付けたような設定に思われたので潔しとは思えず。苦慮した挙句、そのままにしました。


 そして、孝子の持っている箱に話題が移ります。

 この箱は漆塗りで広島の伝統工芸である「一国斎高盛絵」で作られていて、その漆工芸の中でも特殊な技術である『堆彩漆』で『E=mc2』と蓋に刻まれているという設定にして、ご当地の伝統工芸の宣伝をさせていただきました。実際の作品を観た訳ではありませんが、相当に高価なものであると思われます。実際の工芸作品は、内部全面を金箔で仕上げるということはないと思いますが、〇・六八グラムのウラン二三五という「塵」を強調したいがためにあえてこの表現を使いました。


 広島の原爆については諸説あるのですが、この「EE」を書くに当たって重要視したのは、手軽に情報を引き出せるウィキペディア情報で、それを参照しましたので、ウィキペディアに書かれていた「〇・六八グラム」という数字を用いました。

 広島に投下された原爆には、五十キログラムのウラン二三五が搭載されていました。爆縮という方法で起爆され、核分裂したウランが全てエネルギーに変換されて爆発したのではなく、そのうちのたった〇・六八グラムだけがエネルギーに変換されたのです。それでもあの破壊力ですから『エネルギー(E)=質量(m)×光速度(c)の二乗』という方程式の凄さを物語っていると言えるでしょう。でも、そう解釈するよりも、質量というモノはエネルギーの塊であるというべきか、逆にこの方程式は等価関係なので、それだけのエネルギーを注ぎ込まないと質量にならないというべきなのかもしれません。


 この第三の扉は、戦争と原子力と、その両方を意味する核兵器に対しての、僕なりのささやかな「シュプレヒコール」でもあり、また、マーサの言葉である『翼の生えた少女とは。無常なものね』は、僕なりの「ソーシャル・アイロニー」でもあるのです。

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