第一の扉◇等価原理の闇
第一の扉は「等価原理の闇」というサブタイトルの下、重力(万有引力)と加速度は等価であるという理屈を筋にして、海王星の軌道上に建設されたISCを舞台にしたスペースビルダーの話を推理風サスペンスで仕立てました。
しかしながら、ほんの少しのバイオレンスが認められるかなという程度で、推理とかサスペンスなどというところまでは全く達していないというのが実情で、自分の筆の悪さが露呈しております。ここは素直にお詫びいたします。すみません。
気を取り直して、第一の扉のゲストキャラをご紹介しましょう。
主役で宇宙空間に吹っ飛ばされるSBの「ジョン」は四十二歳で、いわゆる「被害者」です。海王星にあるISCではナンバーワンの腕を持つけれども、職人気質の仕事第一で、家族を顧みない程に宇宙空間の仕事に魅入られている男、という設定です。
そして、ジョンの弟子でもあり、仕事の相棒で片腕である「マーク」は三十六歳で、いわゆる「実行犯」です。優秀な学校を優秀な成績で卒業して技術も優秀な反面、自尊心やプライドが異常に高く、叩き上げのジョンを尊敬してはいるけれども、学歴のないジョンを心の中で卑下していた。ジョンの妻であるエレンとは幼馴染で、マークの初恋の相手だった。家族を省みないジョンの隙を見てエレンと密会している。マークは初恋の相手であるエレンが自分を見てくれている、だからエレンのためなら何でもするつもりになっている、という設定。
最後に本文の表面には一切登場しないジョンの妻「エレン」は、マークと同い年の三十六歳。マークの幼馴染だけれども、幼い頃はがり勉でチンケな存在だったマークを意識したことは全くなかった。男としての自信に溢れたジョンを心から愛しているが、いつも自分を見ていてほしいエレンに対して振り向かないジョンに苛立ちが募り、当て付けのつもりでマークと不倫関係に陥る。不倫相手であるマークに入れ知恵をされ、いつの間にかマークと殺人を共謀する話に発展し、遂にはジョンの殺害をマークに示唆するという行動を執ってしまった、という設定です。
ストーリーの流れは以下の通り。
宇宙船修理中のEVA(宇宙遊泳)の作業で、相棒であるマークに作業船の機器を故意に操作されて、宇宙空間に吹っ飛ばされたSBのジョン。最後にはレスキューチームによって助けられ、彼が飛ばされたことは、事故でなく事件だったことを聞かされる。そして事件は殺人未遂の扱いとなり、奥さんであるエレンが殺人依頼をし、エレンの浮気相手でありジョンの相棒であるマークが共謀して殺人を実行したのだった、というもの。
広大な宇宙空間に放り出されたジョンは、今までに培った経験から出来うる限りの冷静さを持って、アクシデントの状況を把握します。宇宙服、生命維持装置、そして移動ユニットの点検と淡々と行い、左足の損傷よりも自分自身の生命の存続を優先させます。ジョンにとっては痛みに耐えながらの苦しい作業であろうと想像しながら描写しました。
指摘されて気付いたのですが、この部分は『2001年・宇宙の旅』で描かれている「HALに弾き飛ばされるフランク・プール」のシーンと似た雰囲気で書いていました。フランク・プールも、後に発表された『3001年・終局の旅』においては見事に地球に生還してますね。生還する状況は、ジョンとフランとでは全く違うけれど、どこかデジャブなモチーフであったことは否定しません。
ジョンの携帯するレーダーには、既にレンジから逸脱し何の影も映っていません。それでも自分の位置を推測しながら、自分が救助されるための方策を冷静に考えるジョン。MMUをリセットして制御を取り戻し、自分の姿勢を変えて、吹っ飛ばされていく加速を打ち消して、ジョン自身が深遠な宇宙空間に飲み込まれないように、またレスキュー可能範囲に留まるように逆方向への噴射を行いました。実はこの部分には元ネタがあって、星野宣之の『2001夜物語』に出てくる「第四夜・大渦巻Ⅲ」をオマージュしています。しかしながら、オマージュした「大渦巻Ⅲ」では上手く使いこなされている時間の観念、つまり「生命維持装置の稼働時間が四時間」というネタを僕は使い切れませんでした。その無念さが少々残っています。
そして、相対論との絡みは少々強引なカタチに。
ここのテーマは「加速度運動と等速運動と静止」で『外部から見る観測者には「三つの違い」は明白ですけれど、宇宙空間における観測対象自体の閉じた内部に居る者にとって、外部からの情報がない限りはこの三つを区別することは出来ない』ということなのですが、これを定理としてヒトの心の襞にまで応用している訳なんです。
この論理をもってジョンの心理状態とシンクロさせて『自分が宇宙空間を漂流しているという状況で、妻に裏切られ、弟子(相棒)に裏切られて、ジョンは自分の心を見失いました。外部との接触を遮断され、暗闇の宇宙空間に置かれた、宇宙服という『箱』の中で無重量で漂えば、加速と等速と静止の、三つのどの状態に置かれているかを確かめる術が無いことと同じように。しかし、犯罪行為という情報を与えられた結果、妻が裏切った原因と、弟子が裏切った原因を冷静に見極め、それが自分に起因しているのではないかという想いが湧き起り、自分の立ち位置を認識した上で自分には戻らなければならない「場所」があるということをシッカリと認識した』という結論を、ジョンはマーサとドドさんの会話から導き出したという訳なのです。
え、少々こじ付けだって?
そう、その通り。強引だったことは認めましょう。(割と素直)
でもいいじゃない。それがダディの解釈なんだもの。(めっちゃ強引)
もう一つ、反省点を。
マークには実に陳腐な殺人計画を実行させてしまったことです。もう少し緻密で完璧な計画を立案したかったと作者は後悔しています。ゴメンね、マーク。