聴覚障害者の日常 見えない声編
国語の話しになる。
アタシの勝手な憶測なのだが、小さい頃から聴覚障害をもった場合、日本語の習得は大変な努力を要し、大抵、国語が苦手だと思う。
例に漏れず、アタシも日本語が苦手だ。特にカタカナの単語はすらすらと読めない。「コミュニケーション」という言葉は「コミニュケーション」だと思っていたりする。長いことそう思っていたので、正しいのはどちらなのかいまでもあやふやになってしまう。
また、「的を射る」のを「的を得る」とか勘違いして、おかしさに気がつかなかったりする。
これは、健常者に話したり書いてみたりすることで間違いを指摘してもらう。
それが、アタシにとっての言語リハビリになっている。
聞こえないので、音については未知の世界だ。
音について説明されている文を読むと、わからないけれどこういうものなのだ、と覚えるしかない。「地を這うような恐ろしい音」なんて、どんなんだろうと思う。お化け屋敷の類いは恐ろし気な音で雰囲気をあげているらしいが、申し訳ないけれどアタシは平気だ。
どうしても、まだ、納得のいかない言葉というものがある。
『声』や『音』というのは「見えない」もので、動きや色がついているわけではないだろう。
『声が裏返る』、『黄色い声』、『透き通った声』、『音が割れる』、先ほどの『地を這うような音』など思いついただけでも色々ある。
アタシは人前で話すときはよく声が裏返るのだそうだ。でも、別に舌をひっくり返して話しているわけでもない。ただ緊張しているだけだ。それは自覚しているが、声のほうがどうなのかまではわからない。聞こえる人は声が「見える」のかと思った。
「黄色い声」というのがあるなら、「赤い声」「青い声」が あってもいいじゃないか。
時々、黄色い声がどういう声だったのか、音が割れるとはどういう音だったのか忘れて、友人に繰返し聞いているのだが、納得できていないものは覚えにくいのだよなぁ。