お役所天国
SF、コメディです。肩の力を抜いてお読み下さい
伸介が着いたのは正午になる少し前だった。ゲートでいかめしい男に質問を
受けたがそれで済まなかった。
「恐れ入りますが、アポはお取りになったのでしょうか?」
「ええ、先日、しかと博士にお会いする約束はさせていただいたのですが」
国立超伝導研究所の最高主幹、長谷川博士に会う予定で来たのだが、
相変わらずの役所仕事で、三日前から関係省庁と連絡を取り合って、やっと
許可が下りたのが今朝だ。
その研究所の税(贅)を尽くした玄関ロビーで美しい受付嬢が伸介の
通行証をながめるだけで、中々うんと言わないのだ。
「ねっほら、こことここに印があるでしょう」
「ええ、でも初めて見る許可証なんですもの」
受付嬢とすったもんだしていると上司らしい男が近づいて来て間に入った。
「きみ、食事の時間だから行きたまえ」
「はい、失礼いたします」
そう言うといきなり受付の札をひっくり返して食事中になった。
「ひゃ、それはないでしょう」
伸介は小さな悲鳴を上げたが、上司はその受付嬢に満面の笑みを
浮かべて後姿を見送った。
まだ正午になるには十五分前とたっぷりとある。
「ちょっと、中に入らせて下さいよ」
「何ですか、うむうむそうですか」
伸介があせって事の次第を必死に訴えていたがその上司が品良く手を上げた。
「わかりました、伝えておきましょう」
「あっえっ伝えるって」
「ええ、受付がかえってくればそう伝えておきます」
「あんた、バカにしてんじゃないの、こっちは朝飯もロクに取らずに
出向いてきているのに少しはわかってくれよ」
「それはいかん、これからは毎日朝食を取らないと体によくありませんぞ」
「えっなっなっちょっちょっと」
伸介はあまりにも的外れな事をまことしやかに言われたので
次の言葉が喉につかえてめまいがした。それを読み取ったのか上司は
伸介に言った。
「受付の彼女も大変なんですよ、この後食事の為にロッカー室に
行ってですな、まず着替えをせんといかんでしょ」
「はあ」
「それが済むとトイレですな、同僚に乱れた姿を見せては失礼ですから
化粧を入念にするわけです」
「はあ」
「それからですな、受付の激務を癒すために同僚や先輩と少し、軽い話で
気持ちをほぐすわけです。やはりセラピーは重要かつ必要ですからな
心身を健康に保つにはこういう短い時間にも有効に使っとるわけです」
「そっそれって普通さぼりって言うんじゃ?」
「だまらっしゃい、国の重要な仕事に携わっている者の気持ちは一般平民に
わかるはずがない、じゃ失礼しますよ、私も食事前準備時間をいちじるしく
オーバーしましたので、髪をとかす暇がなくなってしまった」
「はあ」
「一分二十一秒の勤務時間外手当てを請求しないといけないな、
請求する時間は労働と見なされるので五分は余分につけておかないとな はははは」
上司は声だかに独り言を言うとさっさと離れていった。伸介はものを言う
元気もなくなって崩れる様に超贅沢な来賓ソファに座り込んだ。
「まじかよう・・」
記者の伸介は大学の友人から長谷川教授がノーベル賞なんて物の数ではない、
とんでもない発明をしたと聞いてやって来たのだが
異次元の世界に迷いこんだ気がした。
横のカフェでは職員達が華やかにくつろいでいて伸介になど目もくれなかった。
伸介は腹立ちまぎれで駅前のコンビニで買ったおにぎりをのりも巻かず
食べたのでうっかりセロファンにくるまれたのりを捨ててしまった。
「しっしまった」
気がついた伸介がひろおうとすると掃除のおばさんがやってきて
機嫌悪そうにそれを拾いあげた。
「あんた、仕事つくんないでよ」
「はあすんません」
「ここは腰を曲げんないでも勤まるって聞いたからやって来たのに、
これじゃあ契約違反よ」
「おっおばちゃん、職員さん?」
「あったりまえよ、天国一筋、いえ役所一筋のキャリアウーマンよ」
「仕事きついの?」
「そうよ、あんたが仕事させたから今から休憩室にいって少し休まないとね、
ああ痛い」
その掃除婦は腰を軽やかにトントンと叩くとうれしそうに奥に入っていった。
「なんだ、元気じゃん」
伸介は見るもの、話すものが自分達の世界とかけ離れすぎて疲れきってしまい
日ごろの寝不足がたたってウトウトしていると靴音が聞こえた。
さっきの受付嬢だ。
「あのう、もうお伺いさせていただいていいんでしょ?」
なんだか卑屈になってしまって言葉までややこしくなってしまった。
「ええ、どうぞ」
受付嬢は伸介をまだいたのかと言う感じでちらりと見たが
その後は知らぬふうで無視をしてしまった。
伸介は怒りをぐっと我慢して三階に上がると長谷川教授の部屋を
ノックした。やっとこれたと言う感慨で少し涙がにじんだ。
「長谷川先生いらっしゃいますかあ?」
そう一言、言うと扉が内側に少し開いて目だけのぞいた。
「先生ですか?」
「しっ静かに」
長谷川は伸介の腕をぐいとつかむと部屋の中にひっぱりこんだ。
「お前、食べる物は持っとるか?」
「ええ、おにぎりの残りがありますが」
「くれ」
長谷川が気ぜわしげにおにぎりをぱくつくと少し落ち着いたのかやっとボロ椅子に
座り込んだ。
「お前だったな、大学の教え子の友だちで伸介と言うのは?」
「ええ、大発明だと聞いたものですから」
「しっ声が大きい」
「はいい、すんませえん」
伸介も長谷川の様子に合わせて声を落とした。
「でっその発明は出来上がったらしいと聞いたのですが」
「ああ、とっくに出来とる」
「かいつまんで説明ねがえませんか、今なら夕刊にはぶち込めますので」
「うむ、簡単に言うと瞬間移動装置じゃ」
「うわ、テレポート出来る機械なんですね?」
「そうだ」
「すげえ、漫画の世界だけだと思っていたのに実現したんだ」
伸介は凄い特ダネに編集局長賞ものだとうきうきした気分になった。
「いつ、世界に発表するんです?」
「せん」
「はあ?どうしてですか、交通や物流に革命がおきますよ」
伸介は博士の意外な言葉に耳をうたがった。すると長谷川はさらに
声を小さくして言った。
「あんた、関西の有る町の役所で午後五時で勤務を終わって、五時三分の電車に
乗れると思うかね?」
伸介は意外な問いにきょとんとした、そう言えば昔そんな話を聞いた事がある。
普通なら五時に終わっても残務整理や着替えで三十分程度はかかるのだが
たしかその役所では職員が五時三分の電車に乗っていた事で仕事をないがしろに
しているのではないかと問題になった事があった。しかし昔の話だ。
「そりゃあ駅前ならあるんじゃないですか?」
「いやずいぶんと離れていて、全力で走っても十分はかかるな」
「ではどうして?」
「わしの機械が原因だ」
「ひっ それじゃもう実用化しているんですか?」
「そうだ、あいつら勤めが終わったら一刻も早く帰りたいと抜かしおって
わしに無理やりに作らせおったんだ」
「じゃあ、役人の人達は通勤なんて苦しみを知らないんですか?」
「今じゃ改良されて家を数歩出るともう役所のタイムカードの前だ。
「しっしかし、研究や製作にお金がかかったんでしょうね?」
伸介は流れる汗もわからないくらいの驚きで博士の口を見つめていた。
「そうさのう・・確か三十兆円近くかかったそうだが」
「うへええ、国家予算なみだあ」
「しっ声がおおきい まっ消費税を上げれば問題はない」
長谷川博士は驚く伸介をなだめるようにして隅に置かれた黒い布を取り払った。
「何ですか、これは」
「これが新しい発明でな、振幅瞬間出現装置だ」
「ふにゃ、ななんですって」
「振幅瞬間出現装置じゃ」
「バカにわかるように言って下さい」
「うむ、家にあんたがいるとする」
「ふむふむ」
「同じ時間に町のスナックで飲んでいるあんたもいると言う寸法だ」
「じゃあ二人いるって事になりませんか?」
「ああ、見た目にはな」
「見た目といいますと・・・良くわかりませんなあ、その辺の犬っころに言うつもりで
説明をお願いします」
「つまりだ、瞬間に何度も目にも見えないくらいの超高速で移動させるんだ、
そうするとどちらにも見えるだろ?」
「残像現象の様なものですか?」
「それは目の錯覚だか、こいつは凄いぞ、
まるでいる様に見えるし触る事も出来るからな」
「じゃあ家と職場を超高速で振り子の様に移動しているわけですか?」
「そうだ、あいつら、仕事と家庭を両立させねばならんから残業はしないと
言い出したんだがさらに昼間のいない間のコミニュケ−ションが取れないのも
理不尽だと抜かしやがってこいつを作らせたんだ」
「うへええ、何でも要求するんですね?」
「あいつら、国の金だからな、なんでも出来ると思っているんだ」
「なるほど、しかし、これを使うと不便じゃありませんか?」
「わかるか?」
「そりゃあそうでしょ、中身は一つなんだから考える事も一つだし、
動きも一緒ですからね」
「先日、職員の奴がこれを使っている時に、トイレにいったんだが、
家の中ではリビングだったらしい」
「はあ、撒き散らしたんですか」
「うむ、・・完璧に半分が残っていたそうだ」
「ははは、いいじゃないですか、それくらいで家で
くつろげるんなら我慢も出来るでしょう」
「この前は凄かったぞ、庶務課長の奴、
机に座っているのに悲鳴をあげて歯が折れたんだ」
「えっどうしたんです?」
「これだよ」
博士がぴっと小指をたてた。庶務課長の奴、どうも愛人の部屋にいたらしい。
「愛人の恋人と鉢合わせで、見てる間に腫れ上がって心臓を一突きで死んだよ」
「うわ、本当ですか?それは事件じゃないですか」
「いや、業務上の事故と言う事で労災も退職金もおりるらしい」
「へええ、ずいぶんと羨ましい話ですね」
伸介はバカらしくなった。役人天国とは良く言ったものだ。急に受付嬢の顔も
美しく思えなくなってきた。
「じゃあ 博士もバカらしくなってきたでしょう?」
その時、初めて博士がにやりとした。
「ふふ、それでな、少し細工をしておいたのだ」
博士はそう言うと小さなスイッチの様な物を取り出した。
「こいつは全ての機械を瞬時に停止するスイッチなんだ、こいつの
スイッチを入れると振幅瞬間出現装置が止まるのだ」
じゃあ二つが一つになるんですね」
「そうだ、こいつは役所の外で止まる様になっているんだ、まあ見ていなさい」
そう言うと博士が勢いよくスイッチを押した。
「さあ、ゆっくりとお茶でも飲もうじゃないか」
博士は急に大きな普通の声でしゃべりだすとドアをバンとばかり大きく開けた。
「なっ」
「あいやあ」
ホテルの様な国立超伝導研究所に人っ子一人いなかった。




