なろう系作品における能力貸付について
なろう系作品には能力貸付というジャンルがある。
主人公がスキルや魔力などを仲間に貸しているという設定だが問題があることが多い。
とある作品では、「契約」「金融」「追放ざまぁ」という三つの要素を組み合わせた物語が描かれている。しかし、読み進めるほどに、それらの要素が十分に噛み合っておらず、設定や人物描写、物語の展開に多くの違和感や矛盾が生じていることが分かる。
最大の問題は、主人公が持つ「能力を貸し付ける」スキルの仕組みである。
作中では、「貸しているのは能力だけであり、努力したのは借り手自身」と説明される。しかし実際の描写では、貸与した能力だけでなく、その能力を用いて得た成長分まで主人公へ返済される仕組みになっている。
これは貸付という概念とは大きく異なる。
仮に筋力を一〇〇貸した人物が努力によって一一〇まで成長したのであれば、返却されるべきなのは貸した一〇〇であり、残りの一〇は本人が努力によって獲得した成果であるはずだ。
ところが本作では、その努力による成長分まで返済対象となり、さらに利息まで付いて主人公へ戻っていく。
つまり借り手は四年間努力しても、その成果は最終的に主人公へ吸収されることになる。
これは貸付ではなく、他人に能力を育成させて回収する寄生型能力である。
しかも借り手本人は、そのことに四年間まったく気付かない。
筋力が増えれば日常生活の感覚も変わる。
魔力量が増えれば魔法の使用感も変わる。
身体能力が下がれば動きは鈍くなる。
それにもかかわらず、四年間誰一人として違和感を覚えないという描写には説得力がない。
契約そのものにも大きな問題がある。
作中では無利息・元本据置・督促なしという極めて借り手に有利な契約だったにもかかわらず、契約終了と同時に「契約日に遡って年一五%複利」が適用される。
これは金融の世界では極めて問題のある契約である。
無利息として契約したものを、後から「実は四年間利息が付いていた」とするような契約は、公平性という観点から大きな疑問が残る。
しかも主人公自身が「えげつない」と自覚している。
それでも「契約書に書いてあるから」で正当化する姿勢は、誠実な契約というより悪質な契約を連想させる。
主人公を誠実な金融人として描きたいのか、それとも冷酷な債権者として描きたいのか、作品全体で方向性が定まっていない。
生命維持条項についても同様である。
作中では「生命維持に必要な能力は徴収しない」と説明されている。
しかし戦闘中には筋力や魔力が急激に失われ、技が発動できなくなるほど能力が低下している。
どこまで奪えば生命維持に支障がなく、どこから危険なのかという基準は一切示されない。
その境界は常に作者の都合で変動しているように見える。
主人公の成長にも問題がある。
一般的な成長物語では、修行や努力、失敗や経験を積み重ねた結果として強くなる。
しかし本作では主人公は食堂で食事をしているだけで能力が上昇し、スキルが進化し、新たな能力まで獲得する。
本人はほとんど努力していない。
敵が戦えば戦うほど主人公が強くなるだけである。
そのため、読者が主人公の努力や成長に共感する余地がほとんど存在しない。
無双はしているが、達成感が伴わない。
追放した側のパーティも不自然である。
四年間にわたり依頼管理、装備整備、帳簿管理、交渉、宿の手配、戦略立案などを一人が担当していたにもかかわらず、それを「雑用」としか認識していない。
さらに追放した翌日には装備管理も薬品管理も戦略も崩壊してしまう。
一人の離脱によってここまで急速に組織が機能不全に陥るのであれば、それまでよく最高ランク近くまで成長できたものだという疑問が生じる。
敵側の知能が極端に低く設定されているため、主人公が優秀に見える構図になっている。
監察官という立場の人物も一貫性がない。
当初は冷静沈着な監察官として登場するが、その後は主人公を過剰に評価し、自宅への同居を勧め、生活費まで負担すると申し出る。
十分な交流も積み重ねもない段階でここまで急接近する理由は描かれていない。
主人公を称賛するためだけの存在になってしまっている。
ギルド全体の描写も統一されていない。
主人公は四年間にわたり完璧な事務処理を行い、監察官からも高く評価されている。
それほど有能であればギルド内では有名人であるはずだ。
ところが一般の冒険者たちは「役立たず」「雑魚」と嘲笑している。
一方で監察官は「パーティが急成長した最大の功労者」と評価する。
世界全体で主人公に対する評価が一致していない。
新たな仲間となるパーティについても、ご都合主義が目立つ。
偶然再会した相手は全員が人格者であり、美少女であり、全員が将来性抜群のユニークスキル持ちであり、即座に主人公を全面的に信頼する。
偶然が重なりすぎており、物語の都合を優先している印象が強い。
さらに「ハズレスキル」と評価されている能力も違和感がある。
反撃能力、十倍増幅、必中能力などは、説明だけを見れば極めて将来性が高い。
普通であれば教育機関やギルドが育成対象として扱う能力である。
それにもかかわらず、世界中の誰も価値を理解できず、主人公だけがその可能性を見抜くという構図になっている。
世界全体が主人公を引き立てるためだけに無能化しているように見える。
敵役となる冒険者たちも典型的な悪役として描かれている。
場所代を要求し、女性冒険者を奴隷にすると脅迫し、それを周囲も見て見ぬふりをする。
現実的な冒険者ギルドであれば、このような恐喝行為は日常的に取り締まられるはずである。
しかし本作では主人公が活躍する場面を作るためだけに周囲全体が機能停止している。
主人公の人物像にも一貫性がない。
金融を重視する人物として描かれる一方で、信用できる相手には飴玉三粒という象徴的な利息だけで能力を貸し出す。
契約第一主義なのか、人情第一主義なのか、その場面ごとに都合よく使い分けられている印象を受ける。
しかも物語そのものも、敵が勝手に弱体化し、主人公は食事をしているだけという展開が多く、期待される「逆転劇」ではなく「システムによる自動勝利」に近い構造になっている。
総じて、本作は「契約」「金融」「能力貸付」という着眼点自体は興味深い。しかし、それらを支える世界観や契約理論、人物心理の描写が十分に練られていない。
契約は作者に都合のよい万能設定となり、主人公は努力せずに強くなり、敵は必要以上に愚かに描かれ、周囲の人物は主人公を持ち上げるための装置となっている。
その結果、「金融」を題材にしながら契約の公平性は描かれず、「努力」を題材にしながら主人公自身は努力せず、「ざまぁ」を題材にしながら敵を不自然に無能化することで成立させている印象が強い。
もし作品の完成度を高めるのであれば、「貸した能力と本人の努力をどのように区別するのか」「契約内容に公平性を持たせるにはどうするのか」「主人公自身にも成長のための試練を与えるべきではないか」「敵側にも一定の合理性や実力を持たせるべきではないか」といった部分を掘り下げる必要がある。
発想そのものには独自性があるだけに、それを支える設定と描写の説得力が不足していることが、本作最大の課題である。




