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そこらへんの冒険者のふつうの恋

作者: ひえー
掲載日:2026/05/17

 酒場《跳ね馬亭》は今日もうるさかった。


「最後にぶっ飛ばしたのは俺だ!」

「は? あたしが足止めしてなきゃ食われてたろ!」


 ガルドとリゼが怒鳴り合い、周囲の冒険者が笑う。


「また夫婦喧嘩か?」

「誰が夫婦だ!」


 声が綺麗に重なって、さらに笑いが起きた。


 ガルドは熊みたいにデカい重戦士だ。流れ者だったが、豪快な性格と面倒見の良さで今では街に馴染みきっている。


 一方、リゼはこの街育ちのシーフ。商人も衛兵も子供も、皆が彼女を知っていた。


 そして誰もが知っている。この二人がいつも一緒だということを。


「で、いつ結婚すんだ?」


「しねえよ」

「するかバカ」


 また声が揃う。


 リゼはため息をつきながら酒を飲んだ。


 ガルドとは長い付き合いだ。目線だけで次の動きが分かる。命を預けられる相手。


 だからこそ、この想いを言えなかった。


「おい、難しい顔してんな」


 ガルドの岩のような手が頭をぐしゃぐしゃと撫でる。そんな仕草ひとつで胸が高鳴るのが悔しい。


「してねえよ」

「してるって」


 笑うガルドを見て、リゼは小さく目を逸らした。

 こんな男、好きにならない方が無理だろう。


 でも、今の関係が壊れるのは怖かった。

◾️


 翌朝、ガルドは頭を掻きながらギルドの扉を押し開けた。


「ぉぉ……酒残ってんな……」

「自業自得だバーカ」


 すでに受付前にいたリゼが鼻で笑う。朝だというのにいつも通り軽装で、腰の短剣も磨かれていた。こいつは本当に酒が残らない。


「お前おかしいだろ。あんだけ飲んだぞ昨日」

「鍛え方が違う」

「シーフの鍛え方じゃねえよそれ」


 リゼは掲示板を指した。

「そうそう、これ受けるか?」


 掲示板を見る。大型魔獣討伐。少人数推奨、高報酬。


「お、いいじゃねえか」

「絶対そう言うと思った」

「面白そうだしな!」

「それ基準で依頼決めんな」


 呆れた声。だがリゼも依頼書を剥がしている時点で、受ける気満々だった。


 ガルドは笑う。こういうところが好きだった。


 危険を前にしても怯まない。むしろ目を輝かせる。命知らずなくせに、生きるのが上手い女。


 自然すぎて、自分でも時々怖くなる。リゼが隣にいるのが当たり前になりすぎていた。


 もし、いなくなったら。そこまで考えて、ガルドは眉をひそめる。


 考える必要もない。リゼは強い。その辺の冒険者よりよほど死ににくい。

 それに、自分が守る。ずっとそうしてきた。


 リゼをどう思っているかなんて、何年も前から分かっている。年季の入った片想いだ。リゼのためなら命を張れる。隣にいてほしい。笑っていてほしい。無茶してほしくない。他の男と近いと妙に腹が立つ。


 だが、言わない。言えない。今さら関係を変えるのが怖かった。


 もし気まずくなったら?

 もし今みたいに並べなくなったら?


 そうなったら、自分がどうなるか想像もつかない。それぐらい好きだった。


「おい」


 リゼがガルドの脇腹を小突く。


「ぼーっとすんな」

「してねえよ」

「してた」


 リゼはじっとこちらを見上げた。赤茶の目。戦闘中は鋭いのに、普段は妙に柔らかい。

出会った頃はもっと尖っていた気がする。まあ、お互い様か。


「……なんだよ」

「いや」


 リゼは口端を吊り上げて笑った。


「今日も頼りにしてる、って話」


 一瞬、心臓が妙な跳ね方をした。

 ガルドは誤魔化すように大声で笑う。


「任せろ!がはは!」

「うるさ」

「がっはっは!」


 笑いながら、ガルドはふと思う。

 この時間が、ずっと続けばいいのに。


◾️

 砂煙が舞う。岩蜥蜴は最後にびくりと痙攣した後、動かなくなった。


 リゼが短剣を引き抜き、肩で息をした。


「……終わり」

「楽勝だな!」

「どこがだよ、普通にデカかったぞ」


 ガルドは豪快に笑った。確かに強敵ではあったが、二人にとっては想定内だ。


 ガルドは倒れた岩蜥蜴を蹴る。


「晩飯うまそうだな」

「食う気かよ」

「食えんのか?」

「不味いよ」


 リゼが呆れながら短剣の血を払う。その横顔を見て、ガルドは少しだけ口元を緩めた。


 戦闘後のリゼは、気が抜けるのか少し幼く見える。まあ本人に言ったら蹴られるので言わないが。


「ん?」


 リゼが顔を上げた。同時に、ガルドも気づく。


 静かすぎる。


「……ガルド」

「おう」


 反射的に盾を構える。空気が変わった。冒険者の勘だった。長年生き残ってきた感覚が、全力で警鐘を鳴らしている。


 その瞬間。ぐしゃりと。

 岩蜥蜴の死体が、潰れた。


「は?」


 巨大な何かが、上から降ってきていた。岩蜥蜴より、さらに大きい。四足で、異様に長い前脚。

 そして、裂けるみたいに広い口。


 ガルドは即座にリゼの肩を掴んだ。


「下がれ!!」


 飛び退く。次の瞬間、さっきまでいた場所の地面が爆ぜた。岩が礫となって降り注ぐ。


 砂煙の向こうで、化け物が低く唸った。


「……なんだ、こいつ」


 リゼの声が硬い。ガルドも同意だった。こんな魔物、今までやってきて見たことがない。


 その見た目は異様だった。

 身体中が黒ずみ、肉が歪んでいる。ところどころ骨が外に飛び出していて、まともな生物に見えない。


「ギルドの情報にこんなのなかったぞ」

「イレギュラーか……!」


 化け物が動く。速い。巨体に似合わない速度で岩場を駆けてくる。


「っ、右からだ!!」


 リゼが叫ぶ。ガルドは反射で盾を構えた。直後、衝撃。


「ぐっ……!」


 重い。盾ごと身体が押し込まれる。


「なんだこいつ、馬鹿力かよ……!」

「ガルド!」

「来んな!!」


 嫌な感じがした。こいつはまずい。化け物が口を開く。喉の奥が赤く脈動する。


「避けろ!!」


 瞬間、赤黒い閃光が走った。熱線が射出され、岩壁が抉り、しゅうしゅうと煙が上がる。


「はぁ!?」


 リゼが横へ飛ぶ。ガルドも転がるように回避した。


 爆音に峡谷が揺れる。


 ガルドは舌打ちした。


「聞いてねえぞこんな化け物……!」

「撤退しよう」


 リゼが低く言う。だがその瞬間。化け物の目が、ぎらりとリゼを捉えた。

 化け物が一直線に跳んだ。狙いはリゼ。ガルドの身体が反射で動く。


 間に合わない。そう思った瞬間、リゼが獰猛に笑った。


「舐めんなよ」


 短剣が閃く。化け物の爪を弾き、その勢いを利用して懐へ潜り込む。


「任せた!」

「任された!」


 叫ばれる前に、ガルドは走っていた。盾を構え、真正面から突っ込む。


 リゼが跳ぶ。ガルドの盾を踏み台にして、さらに高く。


「そこだァ!!」


 短剣が化け物の目へ突き刺さった。歪な悲鳴で脳が揺れる。同時にガルドが全力で盾を叩き込む。


 化け物の巨体が岩壁へ吹き飛んだ。しかし直ぐにゆらりと立ち上がる。

 嘲笑うように口を裂いて。


 ガルドの背筋を、冷たいものが走った。

「……冗談だろ」


◾️


 嫌な化け物だった。

 強い弱いの話じゃない。生き物としての気持ち悪さが、今まで戦ってきた魔物と違う。


 てかてかと黒光りする肉が脈打っている。潰れたはずの部分が蠢き、骨が軋みながら元の形へ戻っていく。


 再生しているのだ。


「うっわ、最悪……」


 思わず本音が漏れた。隣でガルドが盾を構え直す。


「目ぇ潰したよな?」

「潰した。なのに動いてる」


 化け物は片目を失ったまま、こちらを見ていた。いや、見ている気配がある。視線というより、獲物を探る獣の感覚に近い。


 峡谷に低い唸り声が響く。リゼは短剣を握り直した。


 冷や汗が流れているのが分かる。


 撤退。頭ではそれが正しいと分かっていた。ギルドの情報にないイレギュラー。未知の再生能力。二人だけで深追いする理由はない。


 だが。

 この化け物は速すぎた。


「逃げろ。あたしが囮になる」

「却下」


 即答だった。リゼは眉をひそめる。


「聞けよ」

「聞いた上で却下だ」

「お前足遅ぇだろ。あたしなら撒ける」

「却下」

「ガルド!」

「却下」


 この男、こういう時だけ異様に頑固になる。化け物が地面を蹴った。


「っ!」


 爆発みたいな速度だった。巨体が一瞬で間合いを潰す。ガルドが前へ出る。


 轟音。爪と盾がぶつかった。


「ぐ、おお……ッ!」


 地面が割れる。ガルドの足が岩を砕きながら沈み込んだ。


 重い。見ているだけで分かる。今までの敵と比べても、純粋な膂力が異常だった。


「ガルド!」

「気にすんな、やれ!!」


 怒鳴る声。リゼは舌打ちしながら駆けた。


 右側面へ回る。化け物の意識は完全にガルドへ向いていた。タンクとしては理想的な状況。だからこそ腹が立つ。


 こいつはいつもそうだ。自分が壁になればいいと思っている。昔から、出会った頃からずっと。


 リゼは岩を蹴り、一気に跳んだ。短剣を振るう。狙いは首筋。刃が肉へ沈む。


 だが浅い。


「硬っ……!」


 直後、化け物の尾が唸りを上げた。


「リゼ!!」


 咄嗟に身を捻る。だが避け切れない。


「ッ、ぐ……!」


 吹き飛ばされる。岩壁に叩きつけられ、肺から空気が抜けた。


「リゼ!」

「うる、せぇ……!」


 痛む脇腹を押さえながら立ち上がる。折れてはいない。まだ動ける。その瞬間、化け物がガルドを盾ごと押し込んだ。


 巨体が滑る。


 ガルドの顔が歪む。リゼの背筋が冷えた。あのガルドが押されている。


「っ……!」


 考えるより先に身体が動く。


 地面を蹴る。

 加速、加速、加速! 化け物の背後へ滑り込む。狙うはその後ろ脚。


 腱を断つ。


「はぁッ!」


 肉を裂く感触。


 化け物が咆哮した。体勢が崩れる。ガルドが即座に押し返した。


「おおおおおおおおおッ!!」


 盾の一撃。化け物の身体が浮く。


 そこへ追撃しようとして、リゼは止まった。違和感。化け物が、笑っているように見えた。


「――ガルド、離れろ!!」


 叫ぶ。直後、化け物の全身が赤黒く発光した。だがガルドは間に合わない。至近距離。逃げ場がない。


 リゼは歯を食いしばった。


 無茶だと分かっている。でも、行かない理由はなかった。


 昔からそうだった。ガルドが前に出る。なら自分は、その背中を死なせない。


「ガルド!!」


 跳ぶ。化け物の身体が膨れ上がる。爆発が来る。リゼはガルドへ飛びついた。


 次の瞬間、世界が赤く弾けた。

 そのまま地面を転がった。背中へ焼けるような痛みが走る。砕けた岩が雨みたいに降ってきた。


「ッ、ぐ……!」


 耳鳴りが酷い。


 視界が白くなって、肺に熱い砂が入り込んだみたいだった。しばらく、本当に何も分からなかった。

 やがて。


「……リゼ」


 低い声が聞こえる。


 リゼはゆっくり顔を上げた。


 リゼに覆い被さるようにして、ガルドがいた。


 煤まみれで、額から血を流して、それでもちゃんと生きている。

 その瞬間、全身から力が抜けた。


「……生きてんじゃねえか、バカ」

「お前もな」


 周囲は酷い有様だった。

 地面は抉れ、岩壁は崩れ、さっきまで化け物がいた場所には巨大なクレーターができている。


 肉片すら残っていない。自爆。そうとしか思えなかった。


「なんなんだよ、あれ……」


 リゼは息を吐いた。


 経験上、魔物が死に際に暴走することはある。だがあんな規模は見たことがない。

 ガルドが舌打ちする。


「ギルドに報告だな」

「だね……」


 立ち上がろうとして、よろめく。


「っ」

「怪我してんのか」

「大したことないよ」

「嘘つけ」


身体がふわりと浮いた。


「は!?」


 気づけば、ガルドの肩に担ぎ上げられていた。


「ちょ、おい!!」

「暴れんな危ねえ」

「降ろせ!!」

「却下」

「さっきから却下しか言わないね!?」


 ガルドはそのまま当然みたいな顔で歩き出した。リゼは顔を真っ赤にする。


「おいバカ! 見られたらどうすんだ!」

「別に」

「別にじゃねえよ!!」


 しかもよりによって肩担ぎだ。荷物扱いである。


「重くねえのか」

「軽すぎる、もっと肉食え」

「今はそういう話してねえ!」


 ガルドは豪快に笑った。くそ、楽しんでやがる。

 リゼは本気で暴れようとして、脇腹が痛み、顔をしかめた。


 それを感じ取ったのか、ガルドは口をへの字に曲げた。


「ほら見ろ」


 その声が少し低くて、リゼは黙った。峡谷の風が吹き抜ける。


「……なあ」

「ん?」

「降ろせ」

「怪我人は大人しくしとけ」


 ガルドは少し考えてから、

「こんな無茶二度とするなよ」

と言った。

 リゼはムカついた。ガルドがどんなに止めたって、やってやると思った。

「お前が無茶しないんだったらあたしも無茶しない!」

「俺はいいんだよ、盾役だから」

 ガルドは珍しく静かな声だった。


「でも、お前が怪我すんのは嫌だ」

「何でだよ」

「好きだから」


 言った後、ガルドはしまったというような顔をした。リゼは目を見開く。好き? こいつが、あたしを?


 ガルドは固まっていた。

 さっきまで豪快に笑っていた男とは思えない顔で、目を逸らし、頭を掻く。


「……いや、今のは」

「今のは?」


 リゼの声が妙に掠れた。ガルドがさらに気まずそうな顔をする。


「その、違くてだな」

「何が違うんだよ」

「いや、違わねえけど」

「どっちだよ」


 リゼは自分でも分かるくらい心臓がうるさかった。


 好き。


 ガルドが、そう言った。聞き間違いじゃない。


 長年一緒にいた。背中を預け合って、死地を越えて、酒場で笑って。でも、こいつはそういうことを絶対言わない男だと思っていた。だから今、頭が追いつかない。


「……お前、今の意味分かって言ってる?」

「分かってる」


 返事だけは早かった。ガルドは観念したみたいに大きく息を吐く。


「ずっと言わねえつもりだったんだよ」


 リゼは黙った。ガルドは苦笑する。


「変なことを言って、お前と組めなくなるのが嫌だった」


 その言葉が胸に落ちる。同じだった。リゼもずっと、それが怖かった。


「……馬鹿だな」


 リゼは急に力が抜けた。ああ、こいつも同じだったのか。ガルドは耳まで赤かった。あのガルドが。思わず吹き出す。


「ははっ……」

「笑うな!」

「いや、だって……」


 可笑しかった。

 強くて、豪快で、魔物相手には平然としてるくせに、こんなことで慌てている。

 ずっと見てきた男の、知らない顔だった。


「……あたしも」

「ん?」


 リゼは少しだけ視線を逸らした。


「好きだよ、バーカ」


 数秒、沈黙。次の瞬間。


「……マジで?」

「今さら嘘つくか」


 ガルドが呆然としている。その顔を見ていると、なんだか無性に腹が立ってきた。


「何その反応」

「いや、お前絶対俺のこと殴ると思ってた」

「どんな認識だよ」

「実際よく殴るし」

「それはお前がアホだからだろ」


 ガルドはしばらく黙っていたが、やがて堪えきれなくなったように笑い出した。


「がはははっ!」

「うるっさ」

「いや、だってよぉ……!」


 本当に嬉しそうだった。それを見て、リゼも少し笑う。


 なんだ、もっと早く言えばよかった。


 そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。だが次の瞬間。ガルドが当然みたいにまたリゼを担ぎ直す。


「だから降ろせって!」

「怪我人は黙ってろ!」

「恋人になったからって許した覚えないんだけど!?」

「恋人」


 ガルドがその言葉を嬉しそうに繰り返した。

 リゼは顔が熱くなるのを感じながら、ガルドの背中を軽く蹴った。


「にやにやすんな、気持ち悪い!」

「無理だろこれは!」

◾️


 ガルドとリゼが付き合い始めたことは、驚くほど早く街中に広まった。まあ原因は自分だ。


「隠す必要なくねえ?」


 そう言ったら、リゼに本気で頭を叩かれた。だが時すでに遅し。


「やっと付き合ったのか!」

「遅ぇんだよお前ら!」

「俺、十年前から賭けてたぞ!」


 酒場《跳ね馬亭》はしばらく祭りみたいになった。

 ガルドは豪快に笑っていたが、リゼは顔を真っ赤にしてキレていた。


「うるせえ!!」

「照れてる照れてる」

「殺すぞ!!」


 いつも通りだ。

 付き合ったからといって、急に何かが変わったわけじゃない。二人で依頼を受けて、酒場で騒いで、危ない橋を渡る。


 ただ。


「怪我してねえか」


 気づくと、前より口にしていた。些細な傷を見つけるたびに、妙に気になる。


「してねえよ」


 リゼはいつも通り鬱陶しそうに返す。だが、本当に無茶をした時は少しだけ目を逸らす。それが分かるくらいには、長い付き合いだった。


「お前こそ前出すぎ」

「盾役だからいいんだよ」

「良くねえ」


 即答される。ガルドは苦笑した。昔からそうだ。


 リゼは自分の怪我には無頓着なくせに、ガルドの無茶にはすぐ怒る。


 たぶん一生治らない。まあ、自分も同じなのだろうが。


 夕焼けが街を赤く染めている。

 丘の上に座り込み、ガルドは大きく伸びをした。


「平和だなぁ」

「お前昨日酒場で椅子壊してたろ」

「あれは椅子が弱い」

「お前が強すぎんだよ」


 リゼが呆れながら笑う。


 その横顔を見て、ガルドは少しだけ目を細めた。綺麗だと思った。昔から思っていた。


 だが、口に出すと絶対調子に乗るので言わない。

 ガルドはぼんやり空を見上げる。


 昔は、帰る場所なんてなかった。依頼を受けて、金を稼いで、また別の街へ行く。そんな生き方だった。


 でも今は帰る街がある。待ってる奴らがいる。隣にはリゼがいる。


 それが、とても嬉しかった。


「……なあ」

「ん?」


 リゼがこちらを見る。赤茶の目。戦闘中は鋭いくせに、今は柔らかかった。

ガルドは頭を掻く。こういう時、気の利いた言葉が出てこない。


 だから、正直に言った。


「これからも、隣にいろよ」


 リゼが少し目を丸くする。


 しまった、もっとマシな言い方あっただろ、とガルドは今さら思った。


 だがリゼは、ふっと笑った。


「命令?」

「……お願い」

「はは」


 リゼは肩を揺らして笑う。それから、自然みたいな動作で肩を寄せてきた。


「断る理由はないね」


 その瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。ガルドは照れ隠しに大声で笑った。


「がはは!」

「うるさ」


 リゼが呆れたように笑う。夕陽が沈んでいく。街には灯りがともり始めていた。


 帰る場所がある。大切な女がいる。

 それだけで十分だ。

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