記憶と覚悟
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家に帰ると、佑介はお気に入りの白いマグカップに温かいコーヒーを注ぎ、自分の部屋へ向かった。こうやって放課後に一人でくつろぐのがなんとも心地いい。母は平日のため仕事で外出中だ。一人息子とはいっても彼女だけの稼ぎで僕をここまで育てるのはさぞ大変だったことだろう。いまでもこうして働き続けてくれていることに感謝しても仕切れない。
『異世界の生き方』を手に取ると佑介はじっくりと1行ずつ読んでいった。異世界はこの作品において夢の中、を意味するらしい。断片的な記憶を再生しているといわれる夢を、世界と定義づけるのはいかがなものだろうか。確かに、寝ている間に見る夢はまるで自分がその世界に住んでいるようなそんな感覚を与える。かといって、永遠にそこで生活するわけでもなく、数時間後にはその世界から必然的に淘汰される。
「異世界へ行く方法...?そしてそこに滞在し続ける方法...?」
どうやらただ夢を見るだけでは異世界へ行ったとはいえないらしい。なにかしらの刺激を加えて、夢をみている状態を維持し続ける。これが可能になったとき、自分がみている空間や世界は異世界と定義され、そこにとどまり続けることを、生きる、としている。
何時間もかけて佑介は藍那にもらった本を読んでいった。徐々に徐々に、かかれていること、言わんとしていることが明白になってくる。藍那の言うとおり、これは夢を操作することを可能にするのかもしれない。
自分がみたい世界を設定することができればなおおもしろいのだが、そこまでの内容は記載されていなかった。自分が研究対象にしている二つの事件に関する特別な内容はかかれていなさそうだ。
『異世界の生き方』に記載されていた内容はこうである。
人は夢を見るとき自分が経験したものを結びつけようとし、存在しない世界を生み出す。夢の中に飛び込んだら、自分の頭に刺激を加えながら三度こう叫ぶのだ。「インマー・アウフェント」と。
その呪文によりあなたがみる世界は異世界へと変容する。このとき、夢を見終わらない構造が作り出されている。逆にこの夢から冷めたいとき、「エンデ・アウヴェルト」と唱えるそうだ。
あまりにも嘘くさい呪文と内容ではあった。RPGに出てくる技名のような言葉を叫ぶだけで本当にそんなことが起こりうるのか。
しかし佑介はこういう話は大好きだ。読んだ以上、試さない理由はない。
分厚かったこの本を一気に読破すると佑介は内容を復習するかのようにノートにメモを取り出した。呪文はもちろん、異世界でしてはいけないことなども明記されており、まさに異世界での生き方を学んだのだ。高校生の時、暇さえあれば本を読ぶような人間だったもので内容理解自体はすぐに済んだが、その内容の整理と、考察はまた別に時間がかかる。ホットコーヒーはとっくに冷め切ってしまっていた。
次の日、サークルに藍那がきた。同期の津村はまだ彼女の存在を知らなかったようで、突然の登場に目を丸くしている。
「初めまして、今日からオカルトサークルでお世話になります、山城と申します。」
オカルトサークルに女子が来るのは珍しいことで、部員のほとんどが男子であった。非公認のサークルであるため、特別な書類の提出も必要なく、代表である自分と副代表の津村にさえ挨拶をすれば誰でも部室を簡単に出入りしていい雰囲気になっていた。
「よろしく。うちはそこまで複雑なことは追っていないけれども、オカルトに興味あるやつがなんとなく集まって情報の交換を定期的にしているよ。時間が合えば、みんなで心霊スポットにドライブしちゃったりしてね。女の子はほとんどいないけど仲良くやってるよ。」
「黒山トンネルに行ったやつな。あのとき、佑介が熱を出したの今でも覚えてるよ。なにかにとりつかれたんじゃないかってレベルだったな。まあ、それ以外特に変わったことはなかったが。」
近くで話を聞いていた岸が話に入ってきた。彼も同じく同期のメンバーで周りからは下の名で海翔と呼ばれている。海翔ではなく海星だったなら、起死回生だったのに、とよくいじられる人気ものだ。オカルトサークル唯一の女子だった後輩の山野詩と数ヶ月前から付き合っている。
「黒山トンネル懐かしいな。またみんなでそういう合宿とかできればいいのだけだけど。」
今日話したいのは夢の本の話だ。脱線しそうになった話題を終わらせると、佑介は藍那に踏み込んだ。
「昨日の本、読んだんだけどすごく面白かった。なにか藍那の気になることや試したいことがあるなら協力したい。」
「さすがサークル長!仕事が早いです!いいですか先輩、まさに早速なのですが。」
津村も岸もきょとんとしている。俺の夢のことも彼女との出会いも何も知らないのだから当然だ。
「ぜひあなたに異世界に飛び込んでもらいたいです。あなたがみている夢はもちろん記憶のかけら。でも怪しいと思いませんか?最近森を歩いたり、変なところを彷徨った経験はないですよね。先輩はなにかにとりかれているのかもしれません。」
思い返してみても最近心霊スポットに行った記憶はない。確かに黒山トンネルの時は熱を出したが、それはもうずっと昔の話で。
「思い出せない記憶が、あるのかもしれません。」
何も考えずに単調な毎日を過ごしているだけの僕に記憶をなくすタイミングなどあるはずもない。しかし、彼女の言うように僕がどこか無意識に飛び込んだとするなら。
「シャイニングヒル....そこなら足を踏み入れたかもしれない。」
サークル代表として、なにか大きな発見をしなければと佑介は追い込まれていた。自分が気になるシャイニングヒル失踪事件。事件が起きた場所もそう遠くはない距離だ。もしかしたら気づかぬうちに。藍那が続ける。
「人は記憶を失うことだってあります。でも、それでも夢に現れるその森は、あなたに伝えたいことがあるのかもしれない。私はそう思います。」
いい機会だと僕自身も思った。この夢の解明ができるのならサークルとしても一歩大きく成長するはずだ。
「よし、今夜だ。なにか、みつけてみるよ。」
あたりを見渡すと、話についていけなかった二人が後輩の山野と遠藤のもとで談笑する姿が目に入った。今、無理に彼らに説明する必要もない。黒のアウターを羽織った佑介は一本だけ、とポケットからタバコを取り出した。
「覚悟を決めたときだけね。」
なにか言い出そうとした藍那の言葉を遮るように、佑介はそう吐いてそっと火をつけた。
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