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桎梏の森 ー追憶は眠りの底でー  作者: 月宮 碧斗


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桎梏の彼岸

ご覧いただきありがとうございます。

 目が覚めたとき、そこは見慣れた自宅のベッドだった。昨夜の細かな出来事はもう掴めない。ただ、夢の底で辿り着いた真実だけが、鋭い棘のように心に残っている。

 成瀬花菜を死なせたのは、自分だった。

 忘却に沈めていたはずの過去も、目を逸らし続けてきた罪も、結局は佑介自身の内側で静かに息を潜めていただけなのだ。それを思い出した今、胸を締めつけていた痛みはまだ消えない。それでも同時に、長い悪夢という桎梏からようやく解き放たれたような、奇妙な安堵が彼を包んでいた。


 あの日、花菜が姿を消したあと、両親のもとへ戻ってきたのは佑介ただ一人だった。

 まだ幼かった彼が、どうやってあの山奥から帰ってきたのか。両親には知る由もない。ただ、姉と一緒に出かけたはずの弟だけが帰り、花菜の姿だけがどこにもない――その現実は、二人の心を深くかき乱したに違いない。

 やがてその悲劇は、家族そのものを静かに壊していった。

 花菜が消えたのはお前のせいだ、と互いに責任をなすりつけ合う日々が続き、張り詰めていた糸はついに切れた。

 事件を境に、両親は離婚した。

 佑介は母に引き取られ、旧姓である一ノ瀬の名を与えられた。

 今になって思えば、母は何かに気づいていたのかもしれない。

 一人で戻ってきた幼い佑介の、あまりにも沈んだ目。怯えと後悔を押し殺したような、あの表情に。

 彼女はきっと、言葉にならない罪の影を感じ取っていた。

 だからこそ、これ以上その子に罪を背負わせまいとしたのだろう。

 花菜という存在ごと過去を閉ざし、佑介を“最初から一人っ子だった”かのように育てていった。

 それは母なりの愛だったのである。


 ベッドから起き上がろうとした瞬間、左手に何かを握りしめていたことに気づき、佑介は息を呑んだ。

 ゆっくりと開いた掌の上で、黄色いペンダントが朝の光を受けて淡く輝いていた。

 食卓へ向かうと母親がいつも通り朝食の支度をしていた。心なしか母親の表情はいつもより明るく見えた。この日のハニートーストの甘さを佑介は決して忘れることはない。



 数日後、藍那がもうこの世にいないことを知った。オカルトサークルのメンバーは衝撃を受けていたが、夢を共有し、『濫觴世界』を読んでいた佑介にとっては驚くことではない。彼女は彼女の意志であちらの世界で生きることを選んだのである。向こうの世界で生きたいと思った暁には、もう戻ることはできないのだから。



 僕は今日からも強く歩いて行く。もう僕を縛るものはない。この世にいない姉さんの分まで、そしてきっかけを与えてくれた藍那の分まで強く、生きていこうと思う。




 あれから一年ほどが過ぎ、再び春が巡ってきた。

 あの日を境に、シャイニングヒル付近で新たな失踪が起こることはなかった。今では星座が美しく見える理王山にも劣らぬほど、シャイニングヒルはかつての賑わいを取り戻している。

 佑介、津村、海翔の三人は社会人となり、詩、澪、紫苑はオカルトサークルの幹部として新たな日々を歩んでいた。津村は営業職に就き、海翔は天文学の道へ進んだ。誰もがそれぞれの場所で、自分だけの道を見つけていく。そして佑介は、心理カウンセラーとして夢を読み解く道を選んだ。



 他人と分かり合えない日々も、果てのない孤独も。それでも生きていれば、やがてそこに意味を見いだせる時が来る。僕らの人生、そのすべてに意味があると信じられるのなら、今は知り得ないことさえ、いつか巡り会うべくして巡り会える。運命とは、きっとそういうふうにできている。



 あれから桎梏の森を彷徨うことはもうない。藍色の空の下、桃色の桜がひらひらと彼の肩に散った。


最後までご覧いただきありがとうございました。

少しでも楽しめた方、感想・評価・拡散等よろしくお願いいたします。

評判がよければ次回作にも挑戦してみたいです。


改めまして、『桎梏の森 ー追憶は眠りの底でー』を見つけていただき、本当にありがとうございました。

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