トパーズの残光
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ドアを開けた先はシャイニングヒルだった。しかし、この前訪れた記憶の中のシャイニングヒルとはまるで空気が違う。佑介はすぐに気づいた。ここは二十年以上前のシャイニングヒルだと。
佑介と藍那が出たのはシャイニングヒルの広場だった。当時のシャイニングヒルは今よりも人気が多く、散歩をするやキャンプをする人で比較的賑わっている。行き交う人の中に藍那は、一人の聞き覚えのある姿をした少女を見つけた。桃色のシャツを着たショートボブの女の子だ。
「成瀬花菜...」
藍那はそうつぶやくと、気づかぬうちに彼女を追いかけていた。広場を外れて柵を越え、人気のない森の中へと進み続ける。一目散に追いかける藍那に佑介も続いた。
藍那が足を止めた場所は、佑介と遠藤がシャイニングヒルで見たあの場所に酷似していた。
鬱蒼と茂る草木も、荒れたままの山道も、山奥特有の息苦しい静けさも、すべてが見覚えのあるものだった。その先には、不自然なほど鮮やかな花々と、耳を打つほど激しい流れの川が広がっていた。
「みて!」
藍那に話しかけられて立ち尽くす少女の方に目を向ける。少女が手を伸ばす先には、彼女よりも小さな手をした男の子がいるのがみえた。心臓が爆発するかのような気分だった。
「成瀬花菜...彼女はあの日、あの当時...一人じゃなかったということなの...?佑君、なにか思い出した?」
思い出す自分を隠したい一心だった。けれども、間違いない、全て思い出した。
この子の名は、
『成瀬佑介』――――。
花菜はそっと小さな頭を撫でると、優しく呟いた。
「佑ちゃん、危ないからママのとこ戻ろうね。」
「ねーね、まーだ。」
そして小さな指は鮮やかな花を差す。
「あの花、ほしい。白と、黒のやつ。」
自然界に咲くのは珍しい白黒のネモフィラだった。川辺の花々は色鮮やかに咲きほこっていたが、成瀬佑介がほしがったのは危なすぎるくらい川に近いところに咲いたものだった。
「もう、佑ちゃんはいつもそうね。じゃあちょっと待ってて。」
成瀬花菜は、短い足を懸命に動かして走った。
ただ、弟の佑介を喜ばせたい――その一心で。
けれど、その優しさは空しく宙を舞い、やがて灰のように儚く消えていく。
次の瞬間、白と黒のネモフィラに手を伸ばした彼女は足を滑らせ、激流の中へと呑み込まれていった。
そんな...成瀬花菜は...僕のお姉ちゃんだった...。そして失踪事件の犯人はこの僕だ。
僕のわがままさえなければ。姉の言葉を素直に聞いていれば。
こんなことにはならなかった。
衝撃と後悔で泣き崩れる佑介の隣で藍那は何も言わなかった。森を吹き抜ける風の音と流れる川音だけが怖いくらいに響いていた。
「ここで命を落とした成瀬花菜が...僕の姉が、助けを求めていたんだな...。運悪く命を落とした彼女は、誰かにみつけてもらいたかったんだろう。その優しさと、彼女を自信を。
...だけど彼女の行方はみつかることなく、忘れ去られてしまった。この付近を訪れる人々にも、助けを求めていたんだ。異世界を作り出して引きずり込むことしか、この世にいない彼女にはできなかった...」
ここを探しに訪れた藍那の父も、そして恐らくこの花々を探しに来た大学生達も、彼女のうねりに飲み込まれた。シャイニングヒル失踪事件だけが、異世界への失踪ではなく、現実世界での失踪だったのである。
佑介の涙は止まらない。なぜ、なぜ。こんな過去、僕は知らされていなかった。
知る由もない物事も、忘れ去られた出来事も、人は心のどこかで覚えているのだろう。
たとえ思い出すことはできなくても、この世界を生きる身体自身が。
二十年以上前の成瀬兄弟が、姿を消した後、川の前にゆっくりと静かな歪みが現れた。空間が張り裂け、その先に暗黒の異世界が広がっているのが見えてくる。その世界は徐々に大きく広がり、佑介達を包み込んでしまうほどだった。
「藍那、逃げよう。この異世界も姉さんが作り出した歪みだ。これじゃ僕たちもこのまま...」
焦る佑介に、藍那はそっと言った。
「ごめんね、佑君。」
「ごめんねって、何が...?」
彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「私は...私は」
「どうした藍那、早く戻ろう。僕はもう何もかも思い出したんだ。姉さんだって僕に思い出してもらえて、嬉しかったと思う。現世で僕が償うだけだ...」
「私は、この世界にいたい...」
黒く広がる世界の先には、彼女が尊敬してやまない、父親の姿があった。ようやく...父に会えた。正義感の強いあなたを、私はずっとずっと追いかけて...。ここまで危険を冒して...。
「あなたには言ってなかった。私の父が、成瀬花菜を探して失踪したこと。」
涙を拭きながら、藍那は続ける。
「父親の失踪は大きくニュースにならなかった。成瀬花菜が見つかっていない以上、同じ場所で失踪したお父さんも、警察はみつからないと考えたのかも...。報道するだけしてまた行方不明で終わってしまっては警察の名が立たないからね...。彼の正義は評価されることなく、闇に葬られてしまった。私はずっとお父さんを探してきたの...。元の世界に戻りたいなんて思わない...。この世界でも、彼と居られるなら....」
ゆっくりと彼女は、世界に吸い込まれていく。もう佑介の声も届かない。
「お父さん...ただ、あなたに会いたくて...。ここまで来られて、よかった......」
藍那が佑介の方を振り返る。ただ一言、佑君ありがとう、というと異世界の闇へと吸い込まれてしまった。彼女の笑顔は最後まで素敵だった。消えてしまう直前に藍那が落とした黄色いペンダントはトパーズのように光り輝いていた。
シャイニングヒル失踪事件の真相が明らかになりました。
予想ができた方はいらっしゃいましたか?
評価、感想どんなものでもお待ちしております。
次回最終章です!




