死にたがりのおっさん、暁に哭く
荒廃した街の片隅。ここは、異形が際限なく湧き出る泥濘のような場所だ。
頸城終夜は依頼を受けたわけでもなく、ただ死に場所を求めて危険な場所に出向くことを日課にしている。
「あー死にてぇ……」
戦闘中にも関わらず、終夜は無気力に肩を落とし引きずるような足取りで、腐臭を放つ異形たちの合間をふらふらと歩く。
異形に切り裂かれ食われるなりしてとっとと死ねれば楽なのに……と願い。
だが、一体の異形が彼を見つけ跳躍し襲い掛かろうとした瞬間、彼の意思に反して身体が鋭く跳ね、腰に指していた黒塗りで白鞘状態の刀、二振りを素早く抜刀して即座に一閃。異形の巨躯を瞬時に両断する。
「ちっ、妖刀め。毎度余計な真似を……」
頭上から崩れ落ちてくる異形の残骸を、彼は嫌そうに身をかわして避け、手にしている刀たちを苦々しく怨敵を睨むがごとく見つめる。
『いい加減にあきらめな。俺様たちは主を亡くすと困るんだよ』
口の悪い刀は虎徹。
『毎度毎度、失礼な主人ですね。私は由緒正しき尊い御神刀であって、妖刀などではございません』
慇懃無礼で丁寧な刀は竜胆。
彼が名付けたものではなく、二振りを拾ってしまったときに名乗られた名だ。
『おい!俺様だって格式高く霊験あらたか御神刀だっつうの』
主人の命を慈しむのではなく、生存を強要する虎徹の怒号。
「俺にとっては妖刀だ。勝手に動いて喚く、迷惑でタチの悪い『ガラクタ』だよ」
彼はうんざりした顔でため息を吐く。
『刀だけにタチが悪ぃってかぁ!!』
『……このような下賤の刃と、我のような由緒正しき御神刀を並べるとは…主、やめていただきたい。冗談が過ぎますよ』
虎徹と竜胆はそれぞれ轟々と文句を言う。
「あー……うるせぇ。お前たちが俺の身体を無理やり酷使するから腰がいてぇじゃねぇか」
『今更!!ずっといてぇっつってるだろうがよ』
『主の腰痛はもともとですよね?人のせいにしないでいただきい』
彼はやかましい二振りを血振りして鞘に納めた。そうすればシンと静寂を得ることが出来る。
「……はぁ、今日も死ねなかった」
痛む腰をさすりながら、腐臭を放つ異形の骸を無造作に蹴り、泥にまみれた貴金属を拾い上げる。
異形たちは湧き出でては歩き回り、屠り貪った人間の持ち物を見につけることを好む。骸の残骸からは時に金貨や高価な装飾品が手に入る。
いくら無気力な彼であっても生き延びてしまえば、宿代、酒代、食事代、日々の日銭がいる。
餓死を試したこともあるが……拒食はただただ腹が減って虚しいだけで無意味な抵抗だった。
彼が運悪く(・・・)拾ってしまった二振りの刀が喧しくなるだけだ。
彼の持つスキルは《命縛の祝福》。いかなる状況でも生命活動を維持し、致命傷を負っても即座に修復される。快復ではなく“維持”であるため、苦痛や空腹感は残る。 残酷までに生存を保証するスキルだ。
そして、刀を拾って得てしまったスキル、《命鎖ノ冥誓》。
持ち主が命を手放そうとするたび、二振りがその死を拒む。血が尽きても、心が折れても、魂が冥暗に引かれようとも——この二振りの刀がある限り、主は死ねない。それは守護か、呪縛か。
骸を漁っていると久方ぶりに豪華な指輪と金貨を得た。これで当面の金は得た。「はぁ」と喜びではないため息が口からこぼれる。
異形の死の香りを辿って集まってきた別の異形が、骸から在るであろう宝物を得ようと歓喜し周囲を見渡す。そして彼に宝物を横取りされたと気づき怒り、襲い掛かってくる。
「あーあぁ……めんどくせぇな……」
死ねないと理解っている彼は今回も異形を目の前にしても動きもしない。だが当然スキル《命鎖ノ冥誓》によって先ほど納めたばかりの二振りを躍るようにして抜刀する羽目になる。
『主!!いい加減にあきらめなぁ!無駄なんだよっ』
『まったくです。コレと同じ意見なことは業腹ですがもうお諦めなさい』
虎徹も竜胆も毎度同じように彼を説得しているがそれは無意味なことだと。
「うっせ、どうせお前たちが勝手に動くんだ……」
集まってきた異形たちを難なく片づけて、ただ骸の残骸が降り注いでくるのを避けながら目ぼしい金目の物を回収する。
煩い二振りはすでに鞘に納めた。
今日はいつもよりも実入りがある。一通り貴金属を回収した彼はこの街唯一の質屋に行くことにした。
「……はぁ……慣れちまった自分が嫌だが、……クセェ」
ズルズルと足を引きずって歩く。湿った空気に、異形の血肉の匂いが混ざっている。もう慣れたはずなのに、心底うんざりした。
街に戻って質屋に入るとカフィの香りが漂っている。
「てめぇ、俺の癒しの時間にクッセェ臭いを持ちこむんじゃねぇ」
店の主、鐘巻銭蔵は手元にあった新聞を投げつけて怒鳴る。
「上等なもの持ってなきゃ容赦しねぇぞ」
カフィを一気に飲み干してから、「モノをだせ」彼に手のひらを差し出す。
銭蔵は彼がこの街に来てからやってきた……追いかけてきた借金取りでもある。銭蔵のスキルは《亡者の貸借対照表》。
相手が死にかけていようが別世界に逃げようが、帳簿の上で生きていれば、どこまでも追いかけられる。
「俺からの借金を踏み倒そうなんて一億年早い。お前の魂には《債務の烙印》が刻まれてんだよ」
彼は今の銭蔵からは借金をしているわけではない。前世の銭蔵から前世の終夜が借りた金を今とりたてられている。
「けっ……前世の金なんか関係ねぇだろ」
ぼそりと文句を言うが、前世の記憶がしっかりとあるせいで諦めて支払うしかない。
「ふん、まぁまぁだな」
銭蔵の目が鋭く光る。金貨をトントンと小気味よく重ねて見せてから借金分を自分の手元に戻す。そしてわずかな金子を袋に入れて彼に戻す。
「ちっとも元金が減らねぇな。ま、俺は困りゃしねぇがな」
前世の終夜が踏み倒したまま死んだことで、転生するまでの年月、この世界で再会するまでの延滞料までも請求されている。
じっと袋を見つめる彼に借金を完済する日はこないであろう。
「またクッセェまま来られたら迷惑だからな!!おい、マリッサ、こいつを綺麗にしてくれ」
手元に置いていたベルを騒々しく鳴らし隣の娼館の主を呼び込む。
「いや……俺はかえっ……」
「うるせぇ!汚ねぇ姿で店に入られたら俺が迷惑なんだよ!!」
他の客に迷惑だなどと言うが、この街で清潔な人間の方が珍しい……いや、いないと言いたい彼だったが、銭蔵の笑顔の口元に光る歯を見てあきらめた。
以前の銭蔵には歯がなかった。若いころに悪さで歯を溶かしてしまっていた。
今の銭蔵は以前と比べたら天と地のように容姿が異なる。英国紳士風の見た目で所謂イケオジではあるが、派手な服を好み、歯は金歯とダイヤでギラギラと光っていて台無しなのだ。非常に残念な男だ。
歯があるせいで印象は異なるが、こうした口の中が見えるほどの笑顔を浮かべている銭蔵に逆らうのはとても危険であるということを彼は身に染みてわかっている。
「もぅ、喧しいねぇ、旦那。なんな……」
娼館からできたマリッサは彼を見つけて、彼の腕をとる。
「あらぁ、終夜ちゃん、また汚れたものだねぇ」
豊かな胸を押し付け、スリットの入ったドレスの足元を絡ませてくる。
「今日は特別にアタシがお相手してあげようかしらぁ」
などと笑うマリッサは年齢不詳ではあるがおそらくは銭蔵とさほど変わらないであろう年増だ。
「……風呂だけ貸してくれ」
「もちろん貸すわ、うちは風呂屋なんだからぁ」
マリッサの蠱惑的な赤い唇が弧を描く。
「おい、さっさと連れていけ」
「はいはい」
彼は逆らう気力もなくマリッサに腕を組まれたまま隣に連れていかれた。
「……」
夜の名残がまだ薄く漂う空に、ひとすじの白い気配が差し込む。
彼は少々身綺麗な姿で痛む腰を擦りながら娼館を出る。
朝、娼館の賑やかさで目を覚ますのはとんでもなく苦痛だから。
「はぁ……」
ズルズルと思い足取りでまた街の端に向かう。
腰のポケットを触ってまた溜息。金子の入っていた袋は薄くなっている。
銭蔵の店で換金して娼館に連れ込まれた日は稼いだ金も持っていた金も全部毟り取られる。逃げたい気持ちもあるがこの街には銭蔵の質屋か商業ギルドしかない。
正規の商業ギルドに身を置くのは彼の性に合わない。そして好きに異形狩りに出かけられないのだ。
「……」
彼はそっと空を見上げる。
人の気配はほとんどなく、鳥の声もまだためらいがちで、静けさの中に「これから始まる」というかすかな鼓動だけを感じる中、その光は強く主張しない。
ただ、そっと、今日という彼の物語が始まる。
「はぁ……死にてぇ……」
どんな朝を迎えても彼のつぶやきはいつも同じ……
初めましての方ははじめまして
お久しぶりの方はご無沙汰しております
タイトルや内容で誤解されると大変なので最初にお伝えしておきますと私の精神状態がやべぇわけではないのでご心配なく
いつもの雰囲気からはだいぶ変わっていますが、私的にはもともとこちら寄りの作風が好きでした
ただこの終夜というキャラは、他の作品と同じでいきなり頭に湧いてどんどんイメージが固まっていった感じですのである意味では楽しく書けるものです
普段のほのぼのをお待ちくださってる方には申し訳ないです
どちらも私の中にあるものなので少しでも楽しんで?いただければ幸いです
まだ書きたいキャラもいますし、エピソードあって長編にしたい気持ちもありますがひとまず一話完結です
このおっさんもちょっと愛せそうであったら嬉しいです
紫楼




