【サンプル】さがしています
文学フリマ東京41で頒布する、短編ホラー小説のサンプルになります。
WebカタログURL→ https://c.bunfree.net/c/tokyo41/1F/P/27
ご協力お待ちしております。
井上梨香の異変は、誰の目から見ても明らかだった。
その日は八月二八日で、彼女が一週間ぶりに出勤した日だった。都内某所にあるビルの三階に入る、スマホアクセサリーなどの雑貨をオンライン販売するテナントで、若いアルバイターを中心とする職場だ。同じくアルバイトである彼らはまず、井上の挙動不審さに目を引かれた。うつむきがちに、何かを確認するようにきょろきょろと辺りを見回しながら、それでも同僚たちに挨拶は欠かさなかった。
いざ業務に入っても、ある時は何も無い部屋の隅をじっと見つめ、またある時は些細な物音にびくびくと肩を震わせるなど、それが絶えず続いた。
まるで見えない何かに怯えているように。
そんな彼女の様子を、藤野は怪訝な表情で見つめていた。
藤野巡もこの職場、しがないネットショップ運営のアルバイトの一人だが、どの業務もそつなくこなす能力とその社交性によって、仕事の振り分けなど社員がやる業務も任されており、明言こそされていないが、事実上のバイトリーダー的存在となっていた。
藤野は考える。自分が入っていってもいい問題だろうかと。
彼女の休暇中だった一週間の間に何かあったのは明白である。この怯えようからしてストーカーにでも目をつけられたのだろうか。面倒事は割と好きだし、そいつを成敗して彼女に恩を売っておくのも悪くないか。
在庫管理の作業を片手間にこなしつつ思案していると、梱包作業中である井上たちの方から声が聞こえた。
「梨香ちゃんどうしたの?休み中何かあった?」
と尋ねたのは、井上の隣で作業していた山本彩花だった。
彼女もまたこの職場で藤野と負けず劣らず社交的で、快活な性格だ。音楽好きで毎年必ず夏フェスに行き、その度に現地で新しい友人ができるほどだ。「私でよければ話聞くよ?昼休みでも、今でもいいし」続けて話す山本。
「……巻き込んじゃ悪いから」おずおずと井上は答えた。
「余計心配になるよ。何があったの?」山本がすかさず返す。
「だって、ここにも来ちゃうかもしれないから」
「来るって誰が?井上さん」
と、作業を適当なところで切り上げてきた藤野が聞いた。今日社員が出勤してくるのは午後からだ。後でペースを上げてやれば十分間に合うだろうと思ってのことだ。何より、彼女の返答には違和感があった。
「藤野くん……」やはりうつむきがちな井上。間近で彼女を見て、目の下に濃いクマがあることに気付く。
「俺も心配だよ、井上さん。よければ話聞かせてくれないかな。ほら、社員さんもまだいないしさ」後半、少し声を潜めてそう促す。
「でも、でも……」
「ね、藤野くんもこう言ってることだし」山本も続く。
「…………」数秒の沈黙。
「井上さん?」
「……ごめん二人とも、やっぱりダメ。これはあたしの問題だから」
「でもありがとね。心配してくれて嬉しい」
口角を上げて、笑いながら井上は言った。明らかに強がりの表情だった。
しかしこう返されては二人もそれ以上深くは聞けなかった。
それからちょうど、十日経った日にあの事件が起きた。
*
九月に入ったが未だ残暑厳しく、首筋に垂れる汗をハンカチで拭きながら藤野は職場に向かっていた。時刻は七時三十分過ぎ。いつも皆より少し早めに着くのだが、今日はとりわけ早く到着しそうだ。というのも、いつもは閑静な住宅街なのだが、今日に限って外で大きな女性の叫び声が聞こえて、五時半に目が覚めてしまった。しかし同居人はそんな声は聞こえなかったという。
夢でも見たんだろうと自分を納得させ、部屋の掃除などをしていたが、それでも時間が余ってしまったというわけだ。
昨日は休みのシフトだったので、まずは社員から業務を引き継がないといけないな、などと考えながら職場であるビルの入口に近づくと……、入口ドアの左脇に、神崎香が朝日に照らされながら佇んでいた。
「おはよう、神崎さん」
藤野が声をかけると、神崎はきっちり揃えた前髪の下から目を覗かせて、無言で軽く会釈をした。小柄な女子大生である彼女だが、いつも俯きがちで無愛想なタイプなので、藤野も別段気にしない。
「朝早いね。ところで、なんで中に入らないの?暑くない?」
藤野が尋ねる。職場はこのビルのテナントの三階だ。酷暑のピークは過ぎ去ったとはいえ、今日も朝から三十度超えの猛暑。時間が早いので鍵は空いていないが、せめてビルの中に入って待っていればいいものを、何故この暑い屋外にいるのか、藤野は疑問に思ったのだ。
「それは……見ればわかります」
神崎はやや困惑が混ざった声音で答えた。いまいち意図が掴めない。
「あー……ちょっとよく分からないんだけど、ほら、鍵なら俺持ってるし、一緒に上行かない?」
「鍵はいらないんです。開いてるから」
「……はあ?」
ますます意味が分からない。開いてる?不法侵入……強盗でも入ったのだろうか?マイナーな雑貨ばかり売っている薄利多売のネットショップなんて狙うのか?
藤野が考えている間に、神崎が口を開いた。
「上、行きましょうか。あんまり行きたくないですけど」
「ああ……うん」訳がわからないが、ひとまず頷く。
「見てもわからないかもしれないですけど」
そんな彼女の一言に、どこかうすら寒いものを感じた。
*
細長いエントランスを抜け、二人はエレベーターに乗った。
藤野が三階のボタンを押し、ドアが閉まる。
エレベーターが上昇する。浮遊感に身を任せながら、無言で斜め下辺りを見つめている神崎。沈黙に耐えかねて藤野が口を開く。
「……もしかして昨日、社員さんが鍵かけ忘れたのかな。それでいたずらでもされたとか?」
「……」依然として無言の神崎。
「ノーヒントじゃわかんないや。マジで何があったの?神崎さん」
「……いたずら、なんですかね」
ぽつりと一言。
こっちが聞きたいよ、というのをぐっと堪えるうちに、ポーンと電子音が響く。三階に着いたらしい。
ドアが開いて最初に見えたのは、ひらひらと通路に舞い落ちる一枚の白い紙だった。
それが目に入ったのであろう神崎は、ひ、と小さく短い悲鳴を発した。
エレベーターから出てその紙を拾い上げた藤野は、しばし呆気に取られた。
紙の一番上には「さがしています」の文字。そして上半分には、女性の胸から上を写した画質の荒いモノクロ写真が印刷されていた。異質だったのは顔だった。右目だけが何倍にも大きく拡大され、口元は口角を無理やり上げたように歪んでいる。
下半分は横書きでこのように記述されていた。
なまえ:井上 梨香
しんちょう:165センチ
かみのけ:ながいちゃいろ
たいけい:やせがた
ふくそう:みずいろのワンピース
みかけたかたはご連絡ください
(080から始まる電話番号)
……なんだ、これは。
写真部分をもう一度よく見ると、やはり井上の写真のようだった。藤野は思わず苦笑いをした。わざわざこんなものを作るなんて、いたずらにしては随分たちの悪い……。
「藤野さん」
神崎の一言に振り返る。
その方角には閉じられたドアがあるはずだった。
しかしそこにあったのは、開け放たれたドアと、その入口から職場内に至るまで、びっしり満遍なく貼られた……藤野が手に取ったものと同じ、「さがしています」の無数のビラだった。
……尋常じゃないな、これは。再び苦笑してしまう。いたずらなんて、生半可なレベルじゃあないぞ……。
そんな藤野を横目に神崎が口を開く。
「……だから、外にいたんです。ここにいたくなくて」
「朝からなんか、変だったんです。早朝に誰かの声が聞こえて目が覚めて、二度寝しようとしても嫌な予感がして全然寝れなくて、それで今日は早く出たんです」
よほど不安だったのか、神崎にしては珍しく饒舌に今朝のことを語った。これを聞いた藤野は、フリーズしかけた思考を再び回転させ、尋ねる。
「……それ、女の叫び声みたいな?」
不安げな表情のまま神崎は頷く。
「はい、まさにそれです」
「俺もだよ」
ため息混じりに藤野は答えた。その矢先、背後でエレベーターが到着した音が鳴る。
「あれ二人とも何やって……、え?」
声の主はつい一ヶ月ほど前に入ったばかりの青年、篠原千秋だった。神崎と同じ大学生で、夏でも常に黒いマスクを着用している彼だが、藤野らと同様に状況が飲み込めないようで、エレベーターから出るやいなや、目だけでも困惑しているのが分かっった。
「えーっと……どういう状況ですか?」
相変わらず敬語だが軽薄さのにじむ声音で尋ねる篠原の後ろに、藤野はエレベーター内でへたり込む井上の姿を確認した。
「あ……あぁ……」井上の口から声が漏れ出す。
「もしかして昨日言ってた、探し人みたいな紙ってあの……」
エレベーターの扉を押さえながら篠原が話す途中で、井上がよろめきながら立ち上がり、よたよたと不安定な足取りでエレベーター内から出る。
「やっぱり、話すべきじゃなかったんだぁ……」
片手で髪を掻き乱しながら、笑っているような、あるいは泣いているような声で呟きながら、ビラにまみれた職場へ向かう。「井上さん!」と呼ぶ藤野の声も届いていないようだった。何枚もの自分の歪んだ顔が印刷されたビラを手当たり次第に剥がしながら中に入り、そのまま乱雑にドアを閉め、がちゃりと鍵をかけてしまった。
「…………」思わず目を見合わせる一同。
「……早く追いかけたほうがいい気がします」神崎が小さく言う。
「そうだね」藤野は社員から貸し渡されていた鍵を取り出した。あっけなくドアが開く。しかし井上の姿は見当たらず、辺り一面を埋め尽くすように貼られた無数のビラがあるのみだった。
「井上さーん!」篠原が呼びかけるが返答はない。
ドアが閉まっていたのはものの十秒程度。そう遠くには行っていないはずだ。それなのに、床に落ちているビラを踏みつけるような音もせず、不気味なほど静かだった。
「……手分けして探そう」藤野の提案に二人は(神崎は嫌々ながらも)頷く。
それほど規模の大きいネットショップではない。探す場所は限られている。商品棚の合間、事務作業用のデスク、梱包作業用のスペース、……各々が井上を探す。しかしどこもかしこも多数の「さがしています」の文字が出迎えるのみ。念のため開け放たれた窓から下の道路を見てみたが、一安心というべきか、そこにも井上の姿はない。
「こんな短い間にどこ行ったんですかね」
お手上げといった様子で篠原が言う。
「消えちゃったみたい……」そう呟く神崎の顔色は悪い。早くこんな所から出たいという気持ちをぐっと抑えているようだ。
「俺も探せる範囲は探した。三人がかりでも見つからないとなると……」
「あそこしかない」
藤野が指差したのは、社員達しか入れない売上などの貴重品が保管されている一部屋。ここの鍵は藤野も持っていない。
だが、入口や窓の全てが、おそらく時間的に一番乗りであろう神崎が来た時にもう開いていたのなら……何故開いていたのかはこの際置いておくが……この部屋の扉も開放されていたのかもしれない、という考えだった。
「井上さーん?」
一応、扉をノックしながら呼びかける。
案の定応答はなかった。
「どうしたらいいんですかね、この状況」なかば呆れ気味で篠原。
藤野も「そうだね」と続ける。
「俺も通報するべきかどうか考えてるんだけど、どう説明すればって感じだよね。朝来たら変な人探しのビラがめいっぱい貼られてて、同僚の一人がいなくなっちゃいましたって?イミフだよね」
でもまあ、と藤野は仕切り直す。
「ここまでの異常事態はバイトの出る幕じゃないよ。社員さん待とう」
「そーですね」篠原は異議なしという様子だった。
「……それなら、私エレベーターのところにいますね」
と言いながら、神崎はそそくさとオフィスから出ていった。
「じゃあ俺も……このビラ?見てると頭痛くなりそうなんで」と篠原。
「藤野さんももう出ましょうよ、一旦」
「……うん」
閉ざされた扉を一瞥し、藤野は篠原に続いてオフィスを後にしようとしたところで、来たばかりであろう社員の一人とかち合った。
彼もまた、この異様な状況を飲み込めないようで、入口の前で立ち尽くしていた。
「……おはよう」
藤野たちと目が合い、そう挨拶するので精一杯なようだった。
「おはようございます」藤野が返し、続けて言う。
「僕たちもこの貼り紙のことは分からないんですけど、オフィスの中で井上さんがいなくなって探してるんです。残りは社員用の部屋しか可能性がなくて、開けてもらえませんか?」
「あ、ああ……わかった」
四人いる社員の中でも大人しく若い彼は、藤野の簡潔で堂々とした物言いに押され、オフィス内に貼られたビラをきょろきょろと見ながら社員用部屋まで向かう。その道中、篠原がマスク越しに囁いた。
「相変わらずクレバーですね、藤野さんは」
「……面倒事には慣れてるからね」
藤野が微笑みながら返すと同時に、四人は再び社員用部屋のドアにたどり着く。
「この中に井上さんが?」社員が言う。
「他のところは全部探しました。考えたくはなかったですが、窓の外も一応。どこにもいないんです」
「藤野さんの言う通りですよ。まるで消えちゃったみたいに」やれやれという感じで篠原も続く。
「わかった、じゃあ開けてみよう」
社員が鍵を取り出し、束ねられた鍵から一本をドアの鍵穴に差し込む。
鍵を回すと、がちゃりと音が響く。
「井上さん……?」
社員が呟きながらドアノブをひねり、扉を開く。
扉の隙間から見えたのは、床に垂れる髪だった。
「ひっ……」神崎が短く悲鳴を上げる。
「これ以上開かない、何か邪魔してる」
社員が言うと、藤野が前に出る。
「僕が見てみます」
隙間はぎりぎり頭が入る広さだった。そこから藤野が部屋を覗いた。
そこには、こちらに向かってうつ伏せで倒れている、井上の姿があった。
やはりこの部屋の中にもあのビラがところ狭しと貼られていた。息を飲む一同。
ドアが開かなかったのは、彼女の両手がドアに引っかかっているためだった。よく見ると、ドアの内側、特にドアノブ付近に引っかき傷、それも血が滲んだものが多数ついている。
「井上さん?」藤野が声をかけるが、井上はぴくりとも動かない。
「……神崎さん、外出てたほうがいいかもよ」藤野が言う。
「私は大丈夫です、早く確認してください」小声だが早口で神崎が答える。
「……わかった」
ドアにかかる手をどけて、ドアを開放する。その間も井上の身体は反応がなかった。微妙に右の壁側を向いている彼女の顔、その口元にはぐしゃぐしゃに丸められた紙が見えた。
藤野は井上の首に、人差し指と中指を当てる。
「井上さんは……?」社員が不安げに尋ねる。
無言で首を振る藤野。
「ど、どうして……」言葉が見つからないといった様子の社員。
「とりあえず、ここから出て、警察と救急車を呼びましょう。ありのままを言うしかないと思います」
藤野の提案で一同はオフィスを後にし、エレベーター前で待機することにした。
*
警察の調べでは、井上の死因はあのビラを喉に詰まらせたことによる、窒息死らしく、事件性はないとされ、精神的に追い詰められていた事による自殺で処理するということだった。
あの日から一週間が経過していた。その日は休日だった、自宅で警察からの連絡を受けた藤野は考える。
無論、自殺なわけがない。かといってあの死に方は他殺でもないだろう。彼女はあの部屋から出たがっていたのだから。
どうにも人為的なものには思えなかった。自分は何か得体の知れないものと関わっているような気がしていた。一方で、極限まで錯乱した人間が突拍子もない行動を起こすことも彼は知っていた。そういうこともあるかもしれないと。
考えても仕方ないか、と家事に戻ろうとした時だった。
置いたばかりのスマホから通知音が響く。画面を見ると、職場のライングループにメッセージが届いたようだった。
「梨香が自殺なんておかしいと思いませんか?」
アプリを開くと、送信者は井上と親しかった一人、渡辺彰だった。彼氏募集中だった井上のタイプではなかったようだが、気は合ったらしく異性だったもののよく休憩中は一緒に過ごしていた。
続けてメッセージが届く。
「警察は自殺って言ってましたが、梨香は誰かに殺されたんだと思います。時間ある方、一緒に調べませんか?」
「何人でも大歓迎です。ちなみに調べるアタリはつけてます」
少し間を置いて、別のメンバーからのメッセージも表示される。
「私も参加します」と送ったのは、山本と同様に仲の良かった田中結だ。
なるほど、彼らなりの敵討ちといったところか。
数分ほど様子見していると、ぽつぽつと返信が届く。といっても他のバイトがある、忙しいなどといったものばかりだった。実のところ、関わりたくないというのが本音だろうが。
藤野は他の仕事はしておらず、ちょうど暇だった。それに調べる宛があるというのも好奇心をそそられた。
「こないだ話したアレさあ、なんか調べたいって人が出てきたんだけど」
と、尋ねた相手は同居人だった。
「どう思う?行ってもいいかな?」
「え……別に行けば、いいんじゃない……?行きたいなら……」
ゲーム中だった同居人はおっかなびっくり答える。
「オッケー」言うやいなや、メッセージ欄に参加する旨を入力している間だった。
「私も行っていいですか」という返信があった。送信者のアイコンはモンシロチョウの写真。神崎だった。
「へえ、あの子も来るんだ。意外だな」独り言のように呟きながら「僕も参加させてください!」と入力し、送信した。
「さーて、あとは誰が来るかな」言いながら皿洗いを始める藤野。
「なんか嬉しそうじゃない……?同僚が一人、お亡くなりになってるんでしょ……」
なかば呆れ気味に、ゲームが一段落した同居人が言う。
「でもねえ……そういうの、あんまり関わらないほうがいいと思うけど」
その少し後、藤野のスマホに再び通知が来る。
「僕も行きまーす」というメッセージとともに表示されていた自撮りのアイコンは、篠原だった。
*
九月十一日。渡辺の提案に乗った田中、藤野、神崎、篠原ら五人は、渡辺の運転するレンタカーで、関東北部にある井上の実家へ向かっていた。
車窓から見える風景は住宅街から次第に山と木々ばかりになり、遠くに見える民家は数えられる程度しかなくなっていった。
実家を訪ねたことがあった渡辺と田中以外の三人は、その雰囲気から井上はてっきり都内出身だと思っていたので、少なからず驚いていた。
車を運転しながら、渡辺が話す。
「藤野さん、篠原さん、神崎さんも、参加してくれてありがとう。冷房の温度はどうかな?暑くない?」
「俺は大丈夫。二人は?」藤野が横にいる篠原、神崎に問いかける。
「ちょうどいいでーす」
「大丈夫です」
それぞれ笑顔、小声で答える。
眼鏡をくいと上げ、渡辺が続ける。「よかった。これからの流れとしては、まず梨香の実家へ話を聞きに行く。お母さんと、多分妹がいたはず」
「その後、例の場所に向かおうと思う。結と篠原くんは知ってると思うけど……」
「井上さんが肝試しに行ったっていうところですよね?」
篠原の言葉に渡辺が頷く。
「そう。整理すると、梨香の様子がおかしくなったのが先月末だったよね」
「実はその前の休暇中、友達三人と一緒に肝試しに行ったらしいんだ。結も知ってると思うけど」
「うん、私はシフト入れてたから行けなくて……」
「もう気に病むなっていっただろ。僕も用事があって行けなかったんだから」
申し訳なさげに言う田中を、すかさず渡辺が諭す。
「……ええと、それで、梨香が死んだ日の前日に彼女から相談されたんだ。篠原くんもいたと思うけど」
促され、篠原が答える。
「あー、藤野さんと神崎さんは休みでしたよね。もう限界だったみたいで、休憩中にみんなで話を聞くことになったんですよ。それが、肝試しに行ってからおかしなことが起こるようになったんだって」
うん、と渡辺も言う。
「うん、で、その肝試しに行ったっていう場所が、この辺りでは近寄る人はまずいない、禁足地?みたいな扱いをされてる場所らしくて。そこにある廃墟に友達三人と一緒に行ったんだって」
渡辺が続ける。
「そう……その次の日から変なビラをあちこちで、道端の掲示板や電柱に貼ってあるのを見かけたり、住んでるマンションの郵便受けに封筒に入れて投函してあったって。それも、封筒の裏面に知らない人の名前と住所が書いてあるとか……。」
「みんなオフィスで見ただろうから、ビラ自体の不気味さは言うまでもないけど、一番不思議なのは、毎回ビラの文面が変わってること。梨香が言うには、ビラの文面とその時の服装が一致してたらしい」
「……確かに、あの日は水色のワンピースを着てた」藤野が呟く。
「そうなんだよ。どっかの誰かのいたずらにしては手が込みすぎてるし、なんというか……ストーカーとか、そんなちゃちなもんじゃない気がする」
「じゃあ……何なの?」田中が尋ねる。
「僕も分からない。でもその廃墟について調べれば何か分かるかもしれない」渡辺は力強く答えた。
「……見えてきた、あれが梨香の実家」
渡辺が指差す先に、一軒の民家があった。




