第8話
数日ぶりに、リリエルに会いに行く。
道中、モルダン司教との話を頭の中で反芻した。
ずっと、自分が聖女捜索の任に就けた理由を考えていた。
塔の警護を任され、聖女を守っているのだと自負していたが、その聖女には易々と逃げられてしまった。
国王の慈悲により、名誉挽回の機を与えられたのだと、思っていた。
だけれど、それはどうやら勘違いだったらしい。
……私が、女だから。
国王はわずかな可能性でも、王家の血が外で残ることを恐れたのだろう。
その冷静な計算の果てに、選ばれたに過ぎなかった。
「……すべて、手のひらの上だったわけか。」
それでも。
リリエルと出会えたことを、私は感謝しよう。
「リリエル。」
一人湖に足を浸し佇む、愛しい人の姿。
たった数日会えなかっただけでも、こんなにも胸が締め付けられる。
彼女は振り返らない。
覚悟は、していた。
『謝罪したい』など、我欲以外の何ものでもないだろう。
それでも、伝えなければならない。
「リリエル。
……許さなくてもいい。ただ、どうか……聞いていてほしい。
モルダン司教と話をしてきた。
君の、言う通りだったよ。
司教は悪意を持ってリリエルにあんな生活を強いたわけではなかった。
世間の噂を信じて、真実を見ようともしていなかったのは、私の方だった。」
せめてもの礼儀と誠意を込めて、彼女の前で初めて兜を脱いだ。
金属の擦れる音とともに、視界が開けていく。
森の瘴気が、盾を失った顔中を覆った。
それは痛みを伴うけれど、リリエルを悲しませたままにする方がよっぽど、痛い。
「……本当に、申し訳ない。
もし叶うのなら、君を——」
「騎士様、やっぱりきれいね。」
言葉を遮ったのは、リリエルの軽やかな声。
いつの間にか彼女はこちらを向き、またいつもの表情で私の顔を見つめていた。
「……傷だらけだよ。」
日頃の鍛錬。
戦さを伴う任務。
リリエルが自由を手に入れた日に受けた、罰。
この顔には、もういくつの傷があるだろうか。
「そう。
あの日よりは、増えたみたい。」
「……覚えて、いたの?」
「覚えてた。
だってあの日、初めてあんなに怒られたもの。」
あの日。
いつもの通り、塔の周辺を警護していた日。
番の交代で兜を脱いだ時、塔の窓から身を乗り出す少女を見た。
すぐに引っ込んでしまったけれど、あれが聖女なのだと知った。
そして、胸が高鳴った。
目が合ったあの時から、きっと私は——。
「……モルダン司教に、こっぴどく叱られたんでしょう?」
「そう、あんなに怒った司教様、初めて見たの。
だからあなたの顔も、覚えてた。きれいだなって。」
「綺麗なんて、もったいないよ。
私なんかよりも、リリエルの方がずっと綺麗だ。」
するとリリエルはほんの少し片眉を吊り上げ、自分の胸の辺りをとんとんと叩いてみせた。
「きれいよ。
だって、あのとき、このあたりがどきどきして、ぎゅーってなったもの。きれいだと、思ったの。」
鼻の奥が、痛い。
これが毒のせいではないことは明白だ。
ずっと私の、独りよがりだと思っていたのに。
「……リリエル。それは多分、恋だよ。
私も、あなたが好き。愛してるよ。」
塔の外に出て、やっと色んな感情に触れ始めたリリエルに、きっとまだ恋なんて言ってもわからない。
想像通り、リリエルは困ったような顔をしていて、それが、愛おしい。
「好きだよ、リリエル。
だから……君のことを、私に守らせてほしい。
君が望むなら、私はどこまでも、いつまでもそばにいよう。
——モルダン司教の死刑執行日は、もうすぐそこだ。
君は、どうしたい。」
「助けられる?」
間髪入れず返ってきたのは、まるで私の思いを確認する問いかけのようで。
たとえその答えがどれほど残酷であろうと、リリエルは知らなければならない。
「……処刑を免れることは、できないだろう。」
彼女の目がほんの一瞬、揺れた。
それでも私の話を遮ろうとしないのは、すでに心が決まっているからか。
「全てが誤解だったとしても、倫理的に看過されない事項もある。それに、君を逃す手立てを考えていたこと自体が、反逆罪にあたる。
君が街へ戻れば今度こそ、二度と塔から出られない可能性だってある。」
「そう。
でもわたし、司教様が悪い人だって思われてるのは、嫌。
それに、わたしのこと守ってくれるんでしょう?」
イタズラっぽく光る目が、どうにも懐かしい。
リリエルの前に跪き、その手を取った。
まっすぐに、お互いの目を見つめ合う。
「誓おう。
アレン=ヴァルデンハイムの名において、君を必ず守ると。
リリエル、君の、思うままに。」
お読みいただきありがとうございます。
タイトル回収できました。
次回、最終話です。お楽しみに。