第5話
「わからない。
何を怒ってるの?」
リリエルの目はまっすぐで、その言葉には裏表もない、純粋な疑問だった。
浮世離れしていることは知っていた。だけれど、これでは人として、あまりにも足りていないではないか。
「リリエル、よく聞いて。
……私は、君を知っている。この森に入るずっと前から。
存在を知っている、と言った方が正しいかな。
だけれど、君が今までどんな生活を送っていたのかは知らない。パンとシチューしか食べたことがなくて、無邪気で、持っている知識が植物だけに偏っている。
平気で毒を食べるし、自分を刺した。
……これは、他の人たちではありえないことなんだ。
自分を大切にしていないように、私の目には映るんだよ。それが怒った理由だ。
教えてほしい。
君がここに来るまで、どんな生活を送っていたのか。」
少しの間、リリエルは何かを考えるように目を逸らし、やがてゆっくりと語り出した。
「わたし、ずっと塔の中で暮らしてた。
ずーっと本を読んでて、植物のことが書いてあったの。
そうしたら司教様が、いろんなものを持ってきてくれた。
植物って、おもしろいの。
キズが治せたり、病気も治せたり。病気にもなれるの。たくさん、研究した。
薬を作るのに、司教様がわたしの血がいるんだって。
ふらふらしても、司教様は褒めてくれたもの。」
辿々しくも懸命に言葉を探すリリエルは、本当に子供のようだった。
もしかすると、人と会話する経験すらほとんどなかったのかもしれない。
それを思うと、胸が痛んだ。
「あそこに咲いてる花、ここでしか生きられないの。
司教様にお願いしたけど、ダメって。
司教様、いなくなったときに、塔を出たの。
いろんな人に聞いて、ここを見つけて、ずーっと植物といたの。
今も、研究の続きで、血がいるから。
いつものことだもの、何も変じゃない。」
あまりにも淡々と、当たり前のことのように話すリリエルに、ほんの少しの恐怖を覚えた。
それと同時に、昔から聞かされていたリリエルの生活と現実がかけ離れすぎていて、吐き気すら催した。
——国の安泰は、聖女の祈りなんかじゃない。
この子の犠牲の上に、成り立っていたんだ。
「……モルダン司教は、君を利用していた。
君は、恐らく……塔の中でずっと、薬や毒薬を作らされていたんだろう。
それを司教は己の欲のために不正に取引をしていた。」
「司教様はそんなこと、しないもの。」
きっと人を疑うということも、知らないのだろう。
それでも、リリエルが利用され、搾取され続けて生きてきたことは紛れもない事実だ。
「聞きなさい。
モルダン司教は君を利用していた。これは事実なんだよ。
だけれど安心して良い。
そのモルダン司教は捕まった。刑の執行日も決まったと、先ほど連絡があった。
君への行いを報告すれば、もしかするともっと早まる可能性もある。
リリエル、君はもう塔に戻らなくて良いし、こんな森で一人暮らす必要もない。
……私が、責任を持って面倒を見よう。」
途端に、リリエルは今まで見たことのない表情をこちらへ向けた。
いつもの、わずかに口角の上がった顔ではない。
無表情に目だけを見開き、……まるで、睨まれているような。
「リリエル……?」
「司教様は、そんなことしない。
勝手なこと言わないで。帰って!」
荒げた声も、初めて聞いた。
それ以上は、何も言えなかった。
リリエルの気迫に押されたのもあるが、私自身、森の毒で体が限界だった。
「……また、来る。」
それだけ言い残し、森を去った。
あのリリエルが、あそこまで感情をむき出しにするなんて。
調べる必要が、あるかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
リリエルの口調で文章書くの難しい。
次回、舞台が変わります。お楽しみに。