第4話
城に常駐する者たちは皆、一斉に朝食を取る。
この日もガヤガヤと騒がしい中、リリエルに次は何を食べさせようかと考えを巡らせていた時だった。
「おはよう、アレン。
例の任務、進捗はいかが?」
「ヘレナ、おはよう。
それなりに順調だよ。
なかなかに骨は折れるけれど。」
隣に腰を下ろした同僚たちが、声をかけてきた。
「順調か〜、私たちは全然だめ。
あの男、全く口を割ろうとしないんだよ。
ねえ?オリバー。」
「元々時間がかかるとは思ってたが……もうひと月は経つのに進展ゼロだ。
あーあ、俺も塔周りの警護の任に就いてればなあ。アレンの方を任されたかもしれないのに。」
「オリバー、口を慎みなさい。
……私は、どれだけ時間がかかろうとも、必ず完遂するよ。」
しばらくやり取りを交わしたのち、いつものように訓練場へと向かった。
「なあ、モルダン司教の話聞いたか。」
「国中がその話で持ちきりなんだ、知らないわけないだろ。」
「あんな優しそうな顔してやることが外道だよな…。」
どこもかしこも、先日起きた事件の話で溢れている。
それはそうだろう。
神に仕え、国民を導くはずの司教が、国を裏切った。
貴重な薬や危険な毒を売り捌き、私腹を肥やしていただなんて、噂の種とならない方がどうかしている。
加えて人身売買の証拠まで上がれば言い逃れはできまい。
あの穏やかな笑みを思い出せば、信じ難いことだが——事実彼は今、牢に繋がれている。
午後となり今日も、リリエルの元へと向かった。
以前の魚が気に入ったなら、肉料理はお気に召すだろうか。
彼女の体は、あまりにも細い。
あんな食生活であれば、18歳前後と聞いていたのにせいぜい13,4歳の子供にしか見えないのも納得だ。
しっかりと栄養を摂らせねばならない。
だが——
話せば話すほど、彼女の生活の実態がわからない。
かつてリリエルはどんな暮らしを……?
一人では答えの出ない問いを続けていると、すっかり見慣れた後ろ姿が視界に映った。
「リリエル——、リリエル!!」
そこには、腕から血を流し座り込んでいるリリエルがいた。
傍らに血のついた枝が落ちている。恐らく枝が刺さったのだろう。
「止血を……!
大丈夫、この程度なら持ち合わせでなんとかなる……!」
リリエルはぼんやりとこちらを見ている。
——そうだ、ここは自生する植物全てが毒を持つ呪いの森。
普通の救急用品で、助かるのだろうか……?
「騎士様、きれいな布はある?
そこに置いてる葉っぱ、包んでわたして。」
そんな悠長な暇があるか、そうは思ったが、リリエルの声はあまりに凛として、落ち着いていて。
言う通り、その葉を彼女に渡した。
するとその葉を取り出し、傷口に直接当てた。
ジュッと嫌な音がして、顔を顰めるリリエル。
次第に煙が立ち、肉の焦げるような臭いが鼻腔を覆う。
「リリエル……、何を……。」
リリエルの腕からその葉を引き剥がしたい気持ちでいっぱいだった。
だけれど、彼女がわざわざ布に包めと言ったことも、その苦痛に耐える様も、何か意味があるように思えて動けない。
いつの間にか煙は消え、嫌な臭いも無くなった。
リリエルはその葉を剥がし、腕の状態を確かめ始めた。
——傷が、なくなっている。
「傷を治してくれる毒。
……少しだけのつもりだったのに、刺さっちゃった。」
「……自分で、刺したってこと?
ッなんでそんな危ないことしたの!?あなた言ってたでしょう!ここの植物は全部毒だって!
それに怪我だって……!どれだけ心配させるの!?」
言ってしまった後で、思わず口を押さえた。
つい、怒鳴ってしまった。
何も考えなしにやったとは限らない、むしろそうであってほしい。
だけれど、そんな理屈よりも彼女の身に、何かあったら。
「だって、道具がないもの。
研究の道具、持ってくればよかった。」
悪びれる様子もなく、ただいつもの声で、いつもの調子で、リリエルはのんびりと言い放った。
彼女について知らないことが、多すぎる。
「リリエル。
君は……ここに来るまで、どんな暮らしをしていたんだ。
何をしようとしていたのか、教えて。」
お読みいただきありがとうございます。
結局リリエルは肉を食べられたのだろうか。
次回、喧嘩します。お楽しみに。