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第8話 十魔天と昼食

 それからしばしの時間、教室には重苦しい静寂が満ちていました。

 き、気まずいです……。

 窓側の最後列に座った一色くんは、腕を組んで外をジッと眺めていますし、天羽さんは相変わらず瞑目。

 早乙女さんは何やら音程の外れた鼻歌を歌っていますが、白河さんはちょこんと座ってまるで置き物。

 桐生さんは教科書とノートを見て、予習復習をしているように見えました。

 ちなみに、わたしの席は一色くんの隣です。

 だからどうと言うことはありませんけど……。

 それより結局、他の人は欠席なんでしょうか?

 手持無沙汰になって扉の方を見ていましたが、時間ギリギリになっても人数が増える様子はありません。

 すると、授業開始の合図である鐘の音が鳴ると同時に引き戸が開いて、見知った顔が姿を現しました。


「皆、おはよう。 全員揃ってるわね」


 にこやかな笑みを湛えてそう言ったのは、試験を担当してくれた橘先生。

 彼女が担任なんですね。

 それ自体はさほど意外じゃないですが、口にした言葉には疑問を持ちました。

 これで全員?

 少なくとも『肆言姫』はあと3人いますし、『参言衆』も早乙女さんたちだけではないと思っていました。

 実際、机には他にも名札が張ってあります。

 そんなわたしの気持ちを見透かしたかのように、橘先生が苦笑を浮かべて説明してくれました。


「他の特務組の生徒たちは、任務中なのよ。 だから、今はこれで全員なの」

「あ……そ、そうでしたか」

「ふん。 まったくもって、勉強不足だな。 仮にも特務組に所属したのなら、その程度のことは調べておけ」

「ご、ごめんなさい……」

「まぁまぁ、桐生くん。 無明さんは入学したばかりなんだから、仕方ないわよ」

「甘やかさないで下さい、橘先生。 特務組は、ただの学生ではありません。 ヒノモトの要なんです。 実力は言うまでもなく、知識も多く持っていて当然でしょう」

「それはそうなんだけど……。 無明さんは、特務組見習いみたいなところもあるから。 そうよね、天羽さん?」

「厳密に言えば、見習いですらないと思っています。 先ほどお伝えしましたが、場合によっては天羽家の総力をもって排除するつもりですから」

「あらあら。 彼女はこう言ってるけど、無明さんはどう考えてるの?」


 断固たる決意が垣間見える天羽さんを、楽しそうに見てから話を振って来た橘先生。

 他人事だと思っているのか、完全に面白がっていますね……。

 不愉快に感じましたが、ここは大人しく返答しましょうか。


「天羽さんの気持ちは、わからなくもないです。 確かにわたしは、言魂を持っていませんから。 ですが、それでも出来ることはあると信じています」

「なるほどね。 まぁ、今ここで言い合っても答えは出ないでしょうし、あとは実技の時間に決着を付けなさい。 さぁ、座学の授業を始めるわよ。 教科書の52ページを開いて」


 あっさりと話を締め括った橘先生の指示に従って、全員が教科書を手に取りました。

 さり気なく一色くんを見ると、彼も言う通りにしています。

 思いのほか素直ですね……。

 いえ、普通のことなんですが。

 そのようなことより、授業に集中です。

 開いたページを見ると、魔族たちとの戦いの歴史などが書かれていました。

 ふむふむ、これなら付いて行けそうですね。

 内心でわたしが安堵していると、橘先生が早速とばかりに問を投げます。


「今日は新しい子もいるから、復習からにしましょうか。 魔族たちとの戦いが本格化したのは、どれくらい前からかわかる? じゃあ……桐生くん」

「はい、約500年前です」


 淀みなく答える桐生さん。

 わたしも同じ答えですね。

 付け加えるとすれば、それ以前から魔族たちは存在しましたが、比較的平穏だったと記録が残っています。

 橘先生は満足そうに頷き、続いての問題を出しました。


「はい、正解。 それじゃあ、どうして魔族たちは急に攻めて来たのかしら。 早乙女さん、わかる?」

「理由や目的は不明です! ただ1番有力なのは、ヒノモトを滅ぼして魔族が支配する世界を作ろうとしているって説です!」


 早乙女さんは右手を挙げて、元気いっぱいに答えました。

 彼女がどう言った人なのか、まだわかりません……。

 答えに関してはわたしも似たようなものですが、ヒノモトを本気で滅ぼそうと考えているのかは、個人的には懐疑的に思っています。

 だって本当にそうなら、もっと魔族が前に出て来るべきじゃないですか?

 しかし実際には、魔物との小競り合いが大半で、魔族を見たと言う報告は数えられる程度です。

 あ、勿論、それはそれで良いんですよ?

 魔族は魔物よりも圧倒的に強いらしいので、出会わないと言うことは、被害が少なく済む訳ですし。

 ただ、不気味と言えば不気味ですね……。

 密かに考えを巡らせている間にも、橘先生は授業を進めます。


「魔族たちの思惑を知るのは、長年の課題ね。 でも、侵攻の傾向はある程度掴めてるわ。 白河さん、どう言ったものかしら?」

「狙われる場所に法則性は見付からないけど、首都に近いほど頻度が高くて敵も強い」


 平坦ながら、はっきりとした声を白河さんは発しました。

 わたしも知識としては知っていることですが、本当に知識だけです。

 山奥で暮らしていた為、魔族はおろか魔物との戦闘経験すらありません。

 母上から、注意点などは学びましたが。

 特筆すべきは、魔族も魔物も魂力を持たない代わりに、別の力を有しています。

 それこそが魔力で、魔力を使って行使される様々な攻撃などを、魔術と呼んでいるようですね。

 わたしたちで言う、言魂のようなもの。

 魔族たちと戦う際は、気を付けなければなりません。


「地方は常在の言魂士で対応出来るけど、首都近辺は貴女たち特務組の力が必要よ。 でも、他にも重要な役割を担ってる方がいらっしゃるわよね、天羽さん?」

「学院長です。 あの方の言魂がなければ、わたしたちは十全に力を発揮出来ません」


 橘先生に問われた天羽さんは、間髪入れずに返答しました。

 神出鬼没な魔族たちに対して、わたしたちは基本的に迎え撃つしかありません。

 そうなると本来なら、後手に回るところですが、その不利を打ち消しているのが学院長。

 【聡明叡智(そうめいえいち)】。

 戦闘用ではないですけど、非常に強力な四文字の言魂。

 元々の意味は、生まれつき才能があり、賢くて先々まで見通せることや、高い知恵と理解力を兼ね備えていること。

 そして具体的な能力は、魔族たちの出現する時間や場所を、いち早く察知することです。

 言魂を使うには魂力が必要なので、常時発動とまでは行きませんが、それに近い頻度で使っていると聞きました。

 その代わりに、学院長自身が戦闘に参加することは出来ませんけど、それを補って余りある働きでしょう。

 また、この言魂はかなり特殊で、代々学院長を務める岩倉家の当主に、発現して来ました。

 他の言魂には、世襲制などありません。

 まぁ、お陰で長期間ヒノモトの安全を確保出来ているんですから、文句などあるはずもないですが。

 その後も歴史などを中心に、言魂士に必要な情報を教えてもらいました。

 わたしや一色くんも、例外なく当てられましたけど、きちんと答えられましたよ。

 えっへん。

 ……そ、それは冗談として、復習と言うだけあって大体は既に知っている内容でしたが、改めて頭に叩き込んでおきましょう。

 こうして初めての座学の授業は、無事に終わりを迎える――かに思われましたが――


「さて、そろそろ時間ね。 じゃあ最後に、とっておきの問題。 魔族にも階級があってトップは魔王だけど、その下に直属の部下がいるの。 知ってるかしら?」


 そうなんですか?

 魔族の情報が少な過ぎて、知りませんでした。

 橘先生と視線が合ったわたしは、困惑しながら首を横に振ります。

 天羽さんを含めた他の人たちも、答えられないようですね。

 ところが、橘先生は何故だか笑みを浮かべて、いきなり名指ししました。


「一色くん、どうかしら?」


 橘先生の言葉を聞いて、全員の視線が彼に集まります。

 それを受けても、一色くんが狼狽えることなどありませんが、どことなく煩わしそうにはしていました。

 流石に、知りませんよね……。

 彼ならもしかしたらと思いましたけど、それはあまりにも自分勝手な期待――


「『十魔天』だ。 その名の通り、10人の魔族。 強さは横並びではなく、バラつきがある」

「お見事。 完璧な回答ね」


 一色くんに拍手を送る、橘先生。

 気付けばわたしも、同じようにしていました……。

 それほど驚いたんです。

 天羽さんは目を細め、早乙女さんは口笛を吹き、白河さんは眠そうなまま目を輝かせ、桐生さんは小さく舌打ちしていました。

 当の本人は半眼を橘先生に返していましたが、彼女はニコニコ笑っています。

 良くわからない、やり取りですね……。

 などと不思議に思っていると、タイミング良く鐘が鳴りました。

 それを聞いた橘先生は教科書を閉じて、上機嫌に言い放ちます。


「はい、今日はここまで。 しっかりご飯を食べて、午後の実技もしっかりね。 特に無明さんと天羽さんは、お互い悔いのないように頑張りなさい」

「は、はい……!」

「わたしは平常運転です」


 気合いを入れるわたしの一方、天羽さんは澄まし顔で言い返しています。

 よほど自信があるんでしょうね……。

 対照的なわたしたちに苦笑を漏らした橘先生は、そのまま教材を持って教室を出て行きました。

 それから天羽さんも無言で立ち上がり、当然のように付き従った桐生さんたちを引き連れて、同じく教室をあとにします。

 白河さんは、チラリと一色くんを見ていましたけど。

 残されたのは、わたしと彼だけですが……どうしましょう。

 いえ、わたしがどうするかは決まっていますが、問題は一色くん。

 席を離れようとはせず、窓から遠くを眺めていました。

 こ、これはチャンス……でしょうか。

 べ、別に緊張するようなことでは、ないですよね?

 誰にともなく、内心で呟いたわたしは、深呼吸してから声を掛けました。


「い、一色くん、ご飯はどうするんですか?」

「何も考えていない」

「え……食べないつもりですか?」

「それでも構わないな」

「だ、駄目ですよ。 しっかり食べるようにと、橘先生も仰っていたでしょう?」

「そう言われても、食べるものがない」

「……購買でも食堂でも、方法はいくらでもあるじゃないですか」

「面倒だ」

「もう……。 し、仕方ありませんから、これをどうぞ」


 そう言ってわたしが取り出したのは、黒い大きめの弁当箱。

 横目でこちらを見た一色くんは、僅かな沈黙を挟んでから言葉を紡ぎました。


「用意していたのか?」

「す、炊事はわたしが担当すると、言っていましたから……」

「それなら、前もって言って欲しかった。 もし俺が自分で何か持って来ていたら、どうするつもりだったんだ?」

「う……すみません……」

「このことに限らない。 今後は何かあれば、事前に教えてくれ」

「はい……」


 本当にわたしは、考えなしですね。

 呆れられるのも、当然です……。

 涙が溢れそうになりましたけど、自業自得なんですから、それはいけません。

 情けなくなって、下を向いてしまいましたが――


「有難う」

「へ……?」

「食べて良いんだろう?」

「は、はい……」


 わたしの手から弁当箱を受け取った一色くんが、黙々と食事を始めました。

 まったくもって、この人のことは掴めません……。

 まさか、わたしをからかって遊んでいるのでは……ないですよね。

 一定のペースで、彼は手を動かし続けていましたが、ピタリと止まりました。

 あれ……も、もしかして、何か問題でも……。


「美味しい」


 それだけ言って、手を再稼働させる一色くん。

 毎回ですが、不意打ちは卑怯です……。

 顔が赤くなるのを感じて、誤魔化すように自分の弁当箱を取り出しました。

 彼に振り回されるのは疲れますけど……憎くは思えません。

 小さく息をついたわたしは、チラリと一色くんの顔を盗み見てから、箸を手に取ります。

 隣り合った彼との間には、確かな隔たりがありますが、それと同時に繋がりもあるように思うのは、わたしだけでしょうか?

 気になりましたが、問い質す勇気はありません。

 それに、今は他に考えるべきことがありますしね。

 食事を始めたわたしは、少しでも勝率を上げるべく、思考を回転させるのでした。

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