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第2話 無字姫、初陣

 晴天の下、訓練場に辿り着いたわたしは、唖然としてしまいました。

 数え切れないほどの言魂士たちが刃を交わし、炎や水、風などを用いた超常の力を駆使して、競い合っています。

 年齢はバラバラに見えますけど、全体的には若い人が多いでしょうか。

 わたしですか?

 わたしは今、18歳です。

 成人済みなので、お酒を飲むことも出来るんですよ。

 まぁ、実際に飲んだことはないんですが……。

 母上が飲みませんでしたし、なんとなく怖いので。

 それはともかく、これだけ激しく戦えば下手をすれば大怪我ではすみませんけど、その心配はいりません。

 この訓練場には、【結界】や【守護】、【障壁】、【修復】、【回復】などの言魂を持った人たちが、協力して作った空間が展開されているからです。

 本来なら致命傷になるダメージも軽傷で済み、仮に怪我をしてもすぐに治ると聞きました。

 また、訓練場自体が破損しても、元通りにようです。

 定期的に展開し直す必要があるそうですけど、お陰で思い切り戦えているようですね。

 わたしも生徒になればお世話になると思いますし、こうした縁の下の力持ち的な言魂の使い手にも、感謝したいです。

 などと、少し気の早いことを考えているところに、前方から1人の女性が歩み寄って来ました。

 年齢は20代半ばくらいでしょうか?

 高身長でスレンダーな美人さんで、髪は短め。

 紫の振袖を着ていて、一目で生徒じゃないとわかります。

 柔らかい雰囲気で笑みを浮かべていますが……それだけではない、何かを感じました。

 わたしが内心で、密かに警戒心を高めていると、その女性が朗らかな口調で言葉を紡ぎます。


「こんにちは、貴女が無明夜宵さんね?」

「は、はい、そうです」

「ふふ、そんなに緊張しないで? わたしは橘歌奏(たちばなかなで)。 言魂学院の教員で、貴女たちの試験を担当する者よ」


 ニコニコと笑う橘先生。

 いえ、その自己紹介だと逆に緊張してしまうんですが……。

 これがわざとなのかそうではないのか、今のところ判断が難しいです。

 どちらにせよ、わたしは乗り越えなければなりません。

 小さく息をついて、気を落ち着かせてから言い返しました。


「よろしくお願いします」

「あら? 思ったよりも、しっかりしてるのね。 じゃあ、行きましょうか。 もう1人は準備して待ってるけど、無明さんは時間が必要かしら?」


 どことなく橘先生は、挑発的に聞いて来ました。

 どうやら、わたしを試しているらしいですね。

 既に試験は始まっている……と言ったところでしょう。

 それならば、わたしも相応の答えを返す必要があります。


「試験を受けると決まったときから、準備は怠っていません。 すぐに始めて頂いて結構です」

「ふぅん……。 強がってる訳じゃなさそうね。 良いわ、だったらそうさせてもらおうかしら」


 探るような目を向けて来ていた橘先生が、踵を返して歩き出しました。

 彼女の後ろを付いて行き、遂に訓練場に足を踏み入れます。

 その瞬間に何とも言い難い感覚を覚えましたが、恐らく言魂の空間に入ったからではないでしょうか。

 正装ではない者が珍しいようで、多くの視線が殺到して恥ずかしいです……。

 しかし、そのようなことで挫ける訳には行きません。

 周りの反応を努めて意識の外に締め出して、試験に集中し直しました。

 すると、橘先生に連れて行かれたのは訓練場の隅……ではなく、中央付近。

 当然、近くには数多くの生徒たちがおり、何事かとこちらを窺っています。

 正直なところ、わたしもかなり戸惑っていました。

 だって、そうじゃないですか?

 突発的な試験をするなら、授業の邪魔にならないように、配慮するべきだと思います。

 それにもかかわらず、このような目立つ場所を選んだ理由をわたしは考え、ある答えを導き出しました。

 この結論が正しいかどうか定かじゃないですが、何にせよ厳しい試験になりそうですね……。

 それでも退くことはなく、背中に担いでいた大荷物を地面に下ろしました。

 そして、一振りの刀だけを握り、橘先生の元に向かいます。

 この刀は無明家に伝わる家宝で、銘は『葬命(そうめい)』だと教えられました。

 言魂のような特別な力は持ちませんが、刀としての性能は折り紙付きです。

 そのことに勘付いたのか、橘先生の目がスッと細められました。

 ですが、瞬く間に元の笑みに戻り、傍に立つ少年を手で示しながら、楽しそうに口を開きます。


「無明さん、こちら一緒に試験を受ける、一色(いっしき)透真くんよ」

「あ……む、無明夜宵です、よろしくお願いします」


 紹介を受けたわたしは、急いで自己紹介しました。

 いくら試験に集中するとは言え、挨拶は大事ですよね。

 そう思っていたのですが――


「サッサと始めろ」


 こちらを見ようともせず、橘先生を促す一色くん。

 流石に、ちょっと傷付きました……。

 でも、だからと言って、気持ちが萎えることはないです。

 頭を切り替えたわたしは一色くんに倣って、橘先生に目を向けました。

 それを受けた彼女は軽く苦笑してから、ある意味で予想通りの行動に出ます。


「じゃあ今から、一色透真くんと……無明! 夜宵さんの試験を始めるわね」


 敢えて大声で、わたしが無明家の人間だとアピールした橘先生。

 当然と言いますか、こちらに注目していた人たちの耳にも届いており、口々に呟きを漏らしています。


「無明って……あの没落した?」

「それしかねぇだろ。 他に無明って家系はねぇし。 てことは、あの子が『無字姫』か……」

「言魂もないのに言魂学院の試験を受けるなんて、何を考えてるのかしら?」

「まさか、今になって言魂に目覚めたってのかよ?」

「それはないでしょ。 言魂は産まれたときから宿ってるって、常識じゃない。 あとになって目覚めるなんて、聞いたことないわ」

「マジでどう言うつもりだ? まさか、無明家の名前で無理やり入ろうってのか?」

「いやいや。 昔ならともかく、今の無明家にそんな力ねぇだろ」

「冷やかしなら帰ってくれないかな。 こっちは真剣なんだからね?」


 わたしだって真剣です。

 そう反論したかったですが、グッと堪えました。

 実際問題として、わたしは言魂を持っていません。

 それゆえ、彼らの反応は正常とすら言えます。

 この状況を作った橘先生を恨めしく思いますが、これも試験の一部だと受け取りましょう。

 それに入学すれば、日常的に起きることかもしれません。

 予行演習だと思えば、どうと言うこともないですね。

 ざわつきかけた心を静めたわたしは、真っ直ぐに橘先生を見据えました。

 そんなわたしの態度が意外だったのか、彼女は微かに目を丸くしましたが、すぐに笑顔になって言い放ちます。

 ただ、その内容は予想通りのような、少し突拍子もないような、微妙な感じでした。


「試験内容だけど、2人で戦ってもらうわ。 それで、勝った方が合格よ」

「え……!? 勝敗だけで決まるんですか……?」

「そうよ、無明さん。 何か問題あるかしら?」

「……いえ、大丈夫です」


 本音を言えば、問題はあると思います。

 戦うのは文句ありませんが、これはあくまでも試験なんですから、勝敗よりも内容が肝要じゃないでしょうか?

 そう思いつつも、ここで何を言っても詮無いこと。

 何より、一色くんがやる気満々でした。

 こちらに途轍もない敵意……いえ、殺気をぶつけて来ています。

 まるで、今から行われるのは試験の為の模擬戦ではなく、命を懸けた決闘かのように。

 あまり乗り気じゃありませんが、そう言うことならわたしも覚悟する必要がありますね。

 『葬命』の鞘に手を掛けて、真っ向から一色くんと視線を交えました。

 相変わらず恐ろしいほどの気迫が伝わって来ますが……何と言いますか……ず、随分と整った容貌をしています……。

 い、いえ、だからどうと言う訳ではないんですよ?

 今から戦う相手なんですから、勝つことだけを考えなければなりません。

 ……まぁ、外見が良いのは、覆せない事実ですが……。

 で、ですが、心を乱される訳には行かないんです。

 ほんのちょっぴり顔が赤くなっている気がしなくもないですけど……こ、これは戦意が高揚しているからであって、決して邪な気持ちでは――


「何をしている? 始めるぞ」

「ひゃい……!?」

「……そんな状態で戦えるのか? 少し落ち着け」

「は……はい……。 すみません……」


 一色くんに宥められたわたしは、大きく深呼吸を繰り返しました。

 まだ万全とは言い難いですけど、充分に平常心を取り戻せたと思います。

 それは良いんですが……何を考えているんでしょう?

 彼にとってわたしは倒すべき相手なのに、どうして手を貸すようなことをしたのかわかりません。

 実は優しい人なのかと思ったりしましたけど、今も刺すようなプレッシャーが放たれています。

 言葉にせずとも、負ける気はないと訴え掛けて来ました。

 だったら何故……と気になりましたが、今は置いておきましょう。

 とにもかくにも、わたしにとってはチャンスです。

 相手が隙を見せてくれるのなら、そこを突かない手はありません。

 改めてわたしは、『葬命』を腰溜めに構えました。

 対する一色くんは虚空に指を走らせ、虚空に浮かび上がったのは【刀】の文字。

 同時に、彼の左手に一振りの刀が握られました。

 それを見た生徒たちは、明らかに落胆した様子です。


「なんだよ。 『無字姫』の相手、一文字使いじゃねぇか」

「しかも【刀】って……。 ありふれた言魂、筆頭みたいなもんだろ」

「特別に試験を受けてるくらいだから、二文字だと思ってたんだけどね」

「ちッ! 期待して損したぜ」

「『無字姫』と一文字使いの戦いかぁ……。 とんでもなく低レベルになりそうな予感がするわ」

「見る価値なくない? ほら、自分たちのことを考えようよ」


 一色くんの言魂が【刀】だと知って、興味を失ったようですね。

 言っていませんでしたが、言魂を発動するには魂力と呼ばれるエネルギーが必要です。

 その魂力を込めて自身の言魂を書くことで、初めて力が発揮されます。

 魂力の総量は産まれたときから決まっており、当然ながら多ければ多いほど、有利なことに違いはありません。

 ただし、魂力を操る技術などは訓練次第で上達するので、総量だけで優劣が付くとも言い切れないでしょう。

 ちなみに、わたしにも魂力自体はあります。

 ですが、エネルギーがあってもそれを形にするものがなければ、意味を成しません。

 魂力に関しての説明は以上として、生徒たちが一色くんを見限るのも致し方ないと思います。

 それほど【刀】の言魂士は、どこにでもいますから。

 しかし……わたしの感想は違います。

 一色くんが言魂を書いた速度。

 要するに、発動までの時間。

 これが、尋常ではなく速かったんです。

 言魂士にとって言魂の強さは重要ですが、それが発揮されるまでに時間を掛けているようでは、宝の持ち腐れと言っても過言ではありません。

 その観点から見れば、一色くんは超一流の言魂士。

 更に言えば……彼の言魂には、何か違和感があります。

 いえ、はっきりとしたことはわからないんですけど……。

 普通の【刀】とは異なる、とんでもないプレッシャーが撒き散らされています。

 何にせよ、警戒しなければなりませんね。

 わたしが胸中で緊張感を高めていると、一色くんも構えを取りました。

 こちらと同じく納刀したままで、居合の態勢。

 奇しくも似たスタイルのようですが……より一層負けられません。

 静かに戦意を昂らせて橘先生を見ると、彼女は笑顔のまま1つ頷いて、コインを取り出しました。

 そして、それをわたしたちに見せ付けるようにしてから、上に弾いて――


「はぁッ……!」

「ふッ……!」


 戦いの火蓋が切られました。

 コインが地面で跳ねると同時に踏み込み、抜刀。

 様子見など考えない、全力の一撃。

 ところが、一色くんは全く遅れることなく、同時に刀を抜き放ちました。

 わたしたちの中間地点で刃が交錯し、甲高い音が鳴り響きます。

 そのまま鍔迫り合いの形になりましたが……見事ですね。

 速い上に精確で、力強い。

 鍔迫り合いの技量も非常に高く、駆け引きが絶妙に巧いです。

 少しでも気を抜いたら、あっと言う間に持って行かれますね……。

 必死に付いて行きながら隙を窺っていると、ほんの僅かに一色くんが刀を引きました。

 ここです……!

 勝機を見出したわたしは、間髪入れずに押し込みました。

 ですが、それは罠だったようです。


「甘い」


 しまったと思ったときには遅く、力を入れた瞬間に受け流されました。

 すれ違うように背後を取られて、そこに振り下ろされる必殺の刃。

 やられましたね……。

 このままでは負けてしまいますが、母上の為にも諦める訳には行きません……!


「く……!」


 前方に流された勢いをそのままに、跳び込み前転する要領で、その場を脱しました。

 刀が背後を通過するのを感じて、冷や汗が流れます。

 本当にギリギリでした……。

 でも、まだ安心するには早いですね。

 起き上がると同時に反転して、『葬命』を真一文字に一閃します……!


「良い反応だ」


 思った通り一色くんは追撃を掛けて来ており、振り下ろされた刀を弾き返します。

 半分くらい賭けでしたが、上手く行きました……。

 距離が空いたことで一息つけましたけど……困りましたね。

 一色くんが強いことは漠然とわかっていたつもりですが、想像以上です。

 だからと言って、諦めるつもりはありません。

 目的を果たすべく、必ずや勝利してみせましょう。

 小さく息をついて決意を固めたわたしは、再び彼に挑み掛かろうとして――


「おい! 滅茶苦茶ハイレベルじゃねぇか!?」

「つ、使ってるのは刀だけだけど、動きがちょっと半端じゃないよね!」

「正直、目で追うのが精一杯だったぜ……」

「わかる……。 『無字姫』も一文字使いも、速過ぎるわよ……」

「て言うか、2人とも見た目が良過ぎるんだよな……」

「あ、それ言っちゃう? 『無字姫』も綺麗で可愛いけど、一文字使いも相当格好良いよね~」

「うんうん。 何て言うの? 目の保養ってやつ?」

「う~ん……認めたくないけど、惹かれちゃう!」


 生徒たちの見る目が変わっていることに気付いて、顔が紅潮するのを自覚しました……。

 こ、このようなときに何を考えているんですか、わたしは……!

 身悶えるほどの羞恥に襲われましたが、辛うじて戦闘態勢を維持し続けます。

 深呼吸して気を取り直したわたしは、一色くんに意識を戻しました。

 しかし、彼から放たれたのは、極めて鋭利な言葉。


「7回だ」

「え……?」

「今の間に、俺が仕掛けられた回数だ。 つまり、お前は俺に7回見逃されたことになる」

「……ッ! どうして、そのようなことを……?」

「理由を気にする暇があるなら、集中しろ。 次に気を抜いたら、容赦なく斬る」

「……わかりました」


 全身から幻視出来るほどの、闘志を立ち昇らせる一色くん。

 本当に、わたしは何をしているんでしょうね……。

 彼の思惑はわかりませんが、これほどまでに真摯に向き合ってくれている相手を、蔑ろにするような真似をするだなんて……。

 情けなくて仕方ないですけど、反省はあとです。

 今度こそ全身全霊をもって、この人を倒しましょう。

 神経をピンと張り詰めて、隙を探しましたが……そんなものはありません。

 ならば、どうするか。

 決まっています。

 真っ向から打ち倒すのみ。

 決死の覚悟を抱いたわたしは、呼吸を整え――


「行きますッ……!」

「来い」


 駆け出しました。

 間合いに入ると同時に抜刀し、逆袈裟に斬り上げます。

 一色くんも同じような動きで、またしても刃が激突しましたが、全てが同じではありません。


「ほう……」


 鍔迫り合いになる前に『葬命』を操って、一色くんの斬撃を受け流し、お返しとばかりに背後を取ります。

 彼の口から、感心したような声が漏れたのを聞いて、少しだけ嬉しくなりました。

 ほ、本当に少しだけですよ?

 そんなことを思いつつ『葬命』を引き絞って、最短距離で突き出します。

 ところが、一色くんは転身することで躱し、そのまま横殴りの一撃を繰り出して来ました。

 やはり、一筋縄では行きませんね……。

 真横から襲い来る刀を、その場に伏せるようにして回避。

 頭上を刃が通り過ぎるのを確認する間もなく、足払いを仕掛けます。

 初めての体術ですが、いかがでしょうか?

 わたしの思いを知ってか知らずか、一色くんは言葉ではなく、動きで答えを返して来ました。

 小さく跳躍することで足払いをやり過ごし、落下の勢いも乗せた、大上段からの振り下ろし。

 タイミング的には受けられますが……いけません。

 刹那の間に結論付けたわたしは、低い姿勢から横に跳びました。

 その直後、一色くんの刀が寸前までわたしがいた空間を裂いて、そのまま地面を叩き――


「中々の判断だ」

「……有難うございます」


 刻まれた、地割れのように深い亀裂。

 いや、どんな威力ですか……。

 時が巻き戻るように、すぐに修復が始まりましたが、戦慄が迸りますね……。

 やはり、ただの【刀】とは到底思えませんけど、考えている場合じゃありません。

 それまで受け手だった一色くんが、先手を取ったからです。

 遂に来ましたか。

 馬鹿げた速度の袈裟斬りを辛くも打ち返し、反撃の一閃を繰り出しました。

 しかし、軽くバックステップするだけで容易く躱され、間髪入れずに踏み込みながらの刺突。

 敵ながら、惚れ惚れする対処ですね。

 ……いや、感心してどうするんですか……!

 彼は倒すべき敵でしょう……!?

 自分に喝を入れて、右に転身することで避けながら、『葬命』を真一文字に振るいました。

 我ながら文句の付けようもない反撃だったと思いますが、一色くんには通用しません。


「悪くないが、狙いが素直だな」


 顔色を変えることもなく、平然と弾かれました。

 これは、自信喪失しそうですね……。

 逆らうことなく後ろに跳んで、一呼吸置きます。

 一色くんから目を離すことなく、思考を巡らせました。

 単純な速度や剣技だけなら、互角じゃないかと思います。

 威力に関しては圧倒的に劣っていますけど、これに関してはなんとか捌くしかありません。

 ですが彼の強さは、そう言った次元とは別の部分に、あるのではないでしょうか。

 先を読む力、咄嗟の判断力。

 これらが抜群に優れています。

 いえ……それすらも、本質じゃないかもしれません。

 何より差があると感じるのは、戦闘経験です。

 言うまでもなく、初対面の彼の過去など知りませんが、的外れではないかと。

 同い年くらいにもかかわらず、一色くんからは歴戦の猛者のような風格が漂って来ました。

 これが、わたしとの決定的な違い。

 客観的に見て、勝てる見込みは薄いと思われます。

 だとしても――


「……負けません」


 『葬命』を握り直して、宣言しました。

 ほとんど強がりみたいなものですが、本気なのも嘘ではないです。

 そのことが伝わったのか、一色くんも真剣な面持ちで構えてくれました。

 油断してくれた方が助かる……とは思いません。

 実力で勝ってこそ、意味があるんです。

 最後の気力を振り絞ったわたしは、それまで以上の勢いで前に出ました。

 まずは、挨拶代わりの居合抜き。

 当然のように受けられましたが、ここからが本番です。

 威力を落とした代わりに、速度と手数を増やした連撃に繋げました。

 フェイントも混ぜて、時折荒い攻撃も含めつつ、一色くんの全身に斬り掛かります。

 狙いが素直だと言われたので、早速改善してみました。

 その効果はあったらしく、一色くんも少し避け辛そうにしています。

 防戦一方になっており、明らかに押しているのはわたし。

 しかし、それは表面上のこと。


「はぁ……! はぁ……!」

「どうした、限界か?」

「まだ、です……!」

「そうか」


 連続攻撃は主導権を握れる一方で、体力の消耗が激しい諸刃の剣。

 断っておくと、通常ならこの程度はどうと言うこともありません。

 ただし、目の前にいるのは尋常ならざる相手。

 その圧力は容赦なく、わたしを心身ともに削って来ます。

 回避し続けている一色くんも疲労はあるはずですが、わたしほどではなさそうでした。

 このままでは、確実にこちらが先に力尽きるでしょう。

 ですが……思い通りにはさせません。

 『葬命』を振るい続けながら、わたしは勝負に出ました。

 連続攻撃を止めて、大きな隙を晒します。

 彼の目からは、わたしが体力切れを起こしたように見えたでしょう。

 案の定、即座に反応して、必殺の一撃を放たれました。

 鋭く速い、袈裟斬り。

 わたしの体を斜めに斬り裂くべく、刃が走り――


「はぁッ……!」


 それを待っていました。

 わたしの攻撃を素直だと言っていましたが、彼の攻撃も最適解を選び続けていたんです。

 ですから、隙を晒せば確実に仕留める攻撃をして来ると、信じていました。

 あとは、それに合わせられるかどうかですが……際どいところで間に合ったようです。

 一色くんの袈裟斬りを紙一重で躱しながら、胴に『葬命』を走らせました。

 当たって下さい……!

 懸命に願いながらの一閃は、彼の体に吸い込まれ――


「見事だ」


 称賛の言葉が聞こえたものの、切先が僅かに掠めたのみ。

 これ以上ないほどのタイミングだったと思うんですけど、本当に化物じみていますね……。

 申し訳ありません母上、わたしの負けのようです……。

 無念な気持ちを抱えている半面で、やり切った達成感はありました。

 この人に負けたのなら、仕方ないと思えます。

 今後のことは、またあとで考えましょう。

 ……あれ、まだ攻撃が来ませんね……?

 とっくに斬られていても、おかしくないんですけど……。

 恐る恐る視線を巡らせると、至近距離に一色くんが悠然と佇んでいました。

 何を考えているかわからない無表情ですが……その……やはり格好良いですね……。

 ではなく……!

 本当に、何を考えているんでしょう?

 これだけ無防備なわたしに、トドメを刺さないだなんて……。

 不思議を通り越して混乱して来ましたが、そこに聞き覚えのある声が響きました。


「はい、そこまで」


 ハッとして目を転じた先にいたのは、笑顔の橘先生。

 そこまで……?

 わたしの頭の中が疑問符でいっぱいだったのに対して、一色くんは心得ているとでも言いたげに、【刀】を解除しています。

 訳がわかりません……。

 取り敢えずわたしも納刀して居住まいを正すと、橘先生は笑みを深めながら、意外な言葉を紡ぎました。


「時間切れの引き分けってことで、2人とも合格ね」

「え……? 合格……?」

「そうよ、無明さん。 おめでとう」

「で、ですが、引き分けって……。 どう見ても、わたしの負けだと思うんですが……」

「そう言われてもね。 実際に貴女は無事だし、時間切れなんだから仕方ないでしょう?」

「……制限時間なんてありましたか?」

「言ってなかっただけで、あったわよ」

「……そうですか」


 何と言いますか……複雑です。

 合格したのは嬉しいですけど、本当に良いんでしょうか……。

 だからと言って、辞退するつもりはありません。

 ラッキーだとしても、拾ったチャンスは活かしましょう。

 開き直ったわたしは、丁寧に頭を下げました。


「有難うございます。 今後とも、よろしくお願いします」

「そうそう、それで良いのよ。 ……ごめんなさいね」

「え……? 何のことですか?」

「ほら、わざと無明家ってことを、皆に知らせたでしょう? 意地悪だと思わなかった?」

「そ、それは、その……。 す、少しは……思いましたけど……。 ですが……試験の一環だと思って、受け入れました」

「ふふ、そう言ってもらえると助かるわ。 でも一応、こっちにも考えはあったのよ」

「考え、ですか……?」

「えぇ。 周りを見てみなさい」


 そう言って、周囲をグルリと見渡した橘先生。

 何のつもりでしょう……?

 良くわからないまま、わたしも同じようにしてみると、驚くべき光景が目に映りました。


「やるじゃない、『無字姫』! 言魂なしでそこまで戦えるなんて、大したものよ!」

「一文字使いも、ヤベェな! 【刀】であんなに強い奴、初めて見たぜ!」

「ふん、俺は認めねぇけどな。 どんだけ強くても、言霊がないことに違いはねぇんだ」

「でも、実際強いしね。 それだけは事実なんじゃない? あたしたちも、負けてられないよ」

「そうだな。 言魂を持たない奴より弱いなんて、許されねぇよ。 おい! 訓練を再開するぞ!」


 完全にとは言いませんが、どうやらわたしと一色くんの力は、一定の評価を得たようです。

 もっと反発されると思っていたので、びっくりしましたね……。

 一色くんは言魂があるので別ですけど、わたしは違いますから。

 あ、もしかして……。

 橘先生の考えがわかった気がしたわたしは、彼女に何とも言い難い目を向けます。

 すると橘先生は、苦笑を漏らして種明かししてくれました。


「学院長やわたしがどれだけ言葉を並べるより、実際に見てもらった方が早いと思ったのよ。 期待通り……いえ、期待以上の実力を、貴女は見せてくれたわ。 これで、表立って入学に反対する人はいないでしょう」

「橘先生……。 そこまで、わたしのことを――」

「それに、最近の生徒たちはだらしなかったから。 これを機に、少しは気を引き締めて欲しいなって」

「……なるほどです」


 相変わらず、にこやかな笑みを湛えていますが、橘先生は見た目以上に厳しいのかもしれません。

 彼女の計画に利用されたのは若干不満ですが、助かったのも間違いないです。

 入学してから大変なことが待っているとしても、まずは入らなければ話になりませんからね。

 内心でわたしが折り合いを付けていると、それまで黙っていた一色くんが口を開きました。


「それで、俺たちはどうすれば良い?」

「もう、わたしはこれでも教員よ? そんな言葉遣いじゃ、他の生徒たちに示しが付かないんだけど?」

「俺に敬語を使って欲しいのか、歌奏?」

「……やっぱり良いわ。 気味が悪過ぎて、背筋が寒くなりそうだから」

「だろうな」


 淡々とした物言いの一色くんに対して、橘先生は心底嫌そうにジト目を向けています。

 名前で呼んでいましたけど、どう言った関係なんでしょうか……?

 少しだけ気になりますが……まさか、問い質す訳にも行きません。

 なんとなくモヤモヤするのは、謎を謎のままにしておくのが消化不良なだけであり、他意は一切ないです。

 ……本当ですよ?

 誰に対して言い訳しているのかわかりませんが、取り敢えずこの話はここまでです。

 わたしとしても今後のことは聞きたかったので、橘先生を見つめていると、彼女は咳払いしてから指示を出しました。


「コホン……貴女たちには、学院長室に行ってもらうわ。 そこで入学手続きをしてから、寮で荷物の整理をしてね。 今日の予定はそれで終わりだから、明日に備えて休んでても良いわよ。 遅刻したら罰則を与えるから、気を付けてね?」

「わ、わかりました」


 罰則を与えると言ったときの、橘先生の顔……。

 笑顔ではあったんですけど、とんでもない迫力を感じました。

 最初から遅刻するつもりなんかないですが、改めて気を引き締め直した方が良いかもしれません……。

 などと考えていると、一色くんが踵を返して校舎の方に歩み出しました。

 え……ちょっと待って下さい。

 胸の内で声を上げても聞こえるはずもなく、彼の足は止まりません。

 慌てたわたしは橘先生に向き直り、急いで頭を下げました。


「そ、それでは失礼します。 試験を受けさせて頂き、有難うございました」

「気にしないで、それが仕事だったんだから。 透真……一色くんは雑過ぎるけど、無明さんは硬過ぎるところがあるから、もう少し肩の力を抜きましょうね」

「えぇと……は、はい、気を付けます」

「ふふ、そう言うところなんだけど……まぁ良いわ。 じゃあ、行ってらっしゃい」

「い、行って来ます」


 ヒラヒラと手を振って、わたしを送り出してくれた橘先生。

 本質が見え辛いですが、決して悪い人ではないと思います……たぶん。

 振り返った先では、一色くんがどんどん先に進んでいました。

 だから、待って下さい……!

 一緒に行く必要はないかもしれませんが、置いて行かなくても良いじゃないですか……!

 不服に思ったわたしは、足早に彼を追い掛けます。

 こうして無事に……かどうか怪しいですが、言魂学院に入学することが決まりました。

ここまで有難うございます。

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